重なる月

志生帆 海

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第2部 10章

引き継ぐということ 21

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「来てくれてありがとう」

 翠の声が本当にほっとしたものだったので、間に合って良かったと思った。

 俺達の月影寺よりもはるかに規模の大きい建海寺は、庭も広大で、山門が仰々しいほどに、そびえたっている。

 くそっ……相変わらず嫌な雰囲気で忌々しい寺だよ。

 それに達哉さんが悪いわけじゃないが、どうも兄さんと達哉さんが並んでいるのを見るのが、昔から気に食わない。

 それにしても、今日の葬式は憂鬱だ。

 まさか克哉の奥さんが事故で亡くなるなんて。つい先日克哉とは宮崎で会ったばかりじゃないか。なんだか後味が悪いな。

 克哉も重体と聞いたが命に別状はないらしい。もちろん今日の葬式には来られない。だから二人で揃って来たんだ。

 同じ鎌倉の寺同士の付き合いってものは想像より厄介だ。兄さんは住職という立場を正式に引き継いだわけだから、これからもっとこういう世間のしがらみが増えていくのだろう。

 はぁ……とにかく色々と心配だ。

 つつがなく葬式は終わった。

 克哉の子供たちが三人並んでいたが、皆俯いていたし大人に紛れ、遠目で顔がよく見えなかった。

 いずれにせよ、母親が子供を残して逝くのは辛い。

 克哉がしてきたことはともかく、奥さんには何の罪もない。ただただ、冥土での幸せを祈ることしか出来なかった。

「……」

 帰り道、俺達は無言だった。

 翠が気落ちしているのが、伝わってくる。

 慰めてやりたい。
 抱きしめてやりたい。
 もう一人で頑張らなくていいと耳元で囁いてやりたい。

 寺に戻ったら、人気のない場所へ連れて行こう。

 抱こう……

 翠が抵抗しても、今日はどうしても抱いてやりたい。

 そう心に誓った。

****

「薙、これ明日からの制服と教科書な」

 明日から通う中学校で転校の手続きをして部屋に戻るなり、流さんが荷物をどんどん放り投げて来た。

「ちょっと乱暴だな!」
「あと薙の荷物はそこの段ボールの中だから、俺達が帰るまでに開封して整理しておけよ」
「はぁ? そんなの出来ないよ」
「やっとけ!」

 頭をポンと叩かれたので、子供扱いすんなっと思いキッと睨むが、流さんは余裕の笑みだ。俺の方も、母さんに小言を言われた時のように、嫌な気持ちにならないのは何故だろう。

 流さんが出かけた後、重い腰をあげて段ボールを開封した。荷物の一番上に、見慣れない冊子みたいなのが載っていた。

「なんだ? これ」

 取り出してパラっと捲ると、写真が並んでいた。

 なんだアルバムか。つい見入ってしまった。家族写真なんて見るのは久しぶりだったから。

 生まれたばかりの俺。両親の間に抱かれ、写真館で撮ったもの。

 へぇ……こんな写真初めて見るな。

 それから更に次の頁には、父の若い頃の写真が並んでいた。

 大学生くらいなのかな。水族館で撮ったものらしく、ウミガメが背景に写っていた。それから江ノ島を背景に、流さんと並んで撮った写真もある。

 ふぅん、こうしてみても、やっぱり対照的な二人だよな。

 それに……なんだ父さん、こんな笑顔できるんじゃん。

 流さんも嬉しそうだし、本当に仲がいい兄弟だったんだな。

 まぁ今もそんな感じだ。

 二人の写真に、少しだけ胸の奥がモヤっとしたのは何故だろう。




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