重なる月

志生帆 海

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第2部 10章

引き継ぐということ 11

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 羽田空港へは、首都高速湾岸線を通った。

 この道路から見える横浜の夜景が好きだ。

 今宵も海の向こうに見える、横浜の夜景はまるで宝石箱をひっくり返したように眩かった。みなとみらいの近未来的な夜景の中に、観覧車が時間を超えるようにゆっくりと回転している。

 翠にも見せてやりたいな。宮崎で過ごした日々のように、また何も考えず二人で出掛けたい。

 果てしない夢物語だと分かっているのに、手に入れたばかりの幸せは、心の奥底で未だキラキラと輝いている。

 おっと、危ない!

 視界に前の車の赤いランプが入ったので、俺も急ブレーキをかけた。どうやら急に渋滞が始まったようだ。こんば場所で珍しい、渋滞の表示なんて出ていたか。

 どうやら事故のようだ。まだ起きたばかりのようで、遠くから救急車の音が近づいて来るのが分かった。ちらっと時計を見ると、もう待ち合わせの時刻まで三十分を切っていた。

 通常ならここから20分もあれば余裕で着くはずなのに、これでは遅刻してしまう。

 まずかったな。もう少し余裕を持って出るべきだった。

 さっき丈に急かされて良かった。

 本当に俺は、薙よりも翠のことばかりに夢中になって駄目な男だ。

 このままでは、まだ14歳の少年を空港でひとりで待たせてしまうことになりそうだ。翠の奥さんだった彩乃さんのメールは登録してきたが、薙の連絡先を聞き忘れていたことに今更ながら気が付いた。

 自分の行いの不甲斐なさを悔い、小さな子供を不安にさせてしまうことが申し訳ない。

 早く動けっ!

 心の中でそう怒鳴るが、渋滞は酷くなる一方だった。
 じりじりとしか進まない車の列にイライラしてしまう。

 30分どころか1時間以上かかって、ようやく事故車両の横を通り過ぎた。事故現場なんてあまり見ないようにしているのに、この日はつい見てしまった。

 それは目を覆いたくなるほどの酷い事故だった。

 どうやら乗用車にトラックが突っ込んだようだ。

 大破した乗用車は見る影もない。サイレンがけたたましく、救急車にはようやく救出されたらしい人が担ぎ込まれている所だった。

 人間は明日どころか、一秒先のことだって分からない。

 悔いがないように生きたい。
 自分の人生に恥じることなく堂々と生きていきたい。

 無性に早く薙を迎えにいってやりたい想いが強まった。
 待っていろ。薙……


****

 母を見送ってからずいぶん経った気がする。

 最初は空港の時計の柱の下で待った。それから柱にもたれて、足が疲れてとうとうベンチに座った。それでも一向に現れない迎えに、流石の俺も心細くなってしまった。

 だんだんと人もまばらになってくる。飛行機が到着すれば一瞬人が溢れるのに、すぐに何処かへ散ってしまう。

 時計の針は、もう23時をさしているじゃないか。

 くそっなんで来ないんだよ!

 だいたい俺、流さんの連絡先を知らないし……

 だんだん無性に姿を現さない流さんに対して、腹が立ってくる。

 俺だけが待ち続けるなんて、そういうのは嫌いだ!

 かといって、俺は何処へいけばいい?

 住んでいたマンションの鍵は、出かけに不動産屋のおやじに渡してもうない。父のいる北鎌倉に電車で行けばいいのか。はっ……なんで俺がわざわざ。

 いつの間にか、心細さは悲しみから怒りへと変化して、投げつける相手を探し始めた。

 迎えに来ない父さんが悪い。
 迎えに来ない流さんが悪い。
 俺を置いて行く母さんが悪い。

 許さない!

 俺はいつのまにかエレベーターで6階まであがり、展望デッキに出ていた。

 広大な都心の夜景を背景に、離発着する航空機が間近に見えた。ふと滑走路を見ると、ちょうど離陸する直前の機体が通り過ぎて行った。

 夜空へ消えていく機体が、母をフランスへ連れて行く飛行機のような気がして、深い喪失感を味わった。

 行かないで。
 俺を一人にしないで……

 喉元まで出かかった甘えた言葉は、ぐっと力を込めて、そのまま呑み込んだ。

 こんな弱った姿は、誰にも見せたくない。


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