重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
726 / 1,657
第2部 10章

引き継ぐということ 6

しおりを挟む
「兄さん座って。今、温めますよ」
「うん、ありがとう」

 いつものように流が作ってくれた昼食が、食卓の上にずらりと並んでいた。出し巻き卵にきんぴらごぼう。焼き魚は今日は鮭か。暫く待っていると、流がお盆に味噌汁と炊き立ての白米をのせて暖簾をくぐってやって来た。

 作務衣姿の流の姿は、割烹屋の厨房男子のようでなかなか様になっている。こんな風にいつもの光景を目で追っていると、いつもの日常に戻ってきたことをしみじみと実感できた。

「ありがとう。いただきます」

 僕が食べ始めるのを見て、流もようやく箸を手に取る。僕たちは、ずっとこうやって過ごしてきた。

「そうだ、薙の部屋はどうします?」
「あっそうだね、そろそろ用意しないとね。僕の隣の部屋にしようか」
「隣というと、兄さんが物置として使っていた部屋ですか」
「うん、荷物が多いかな」
「あーまぁーぐちゃぐちゃにしていましたよね。でも、ちゃんと手伝ってあげますよ」

 その通り。僕自身の部屋がすっきりと片付いているのは、隣の空き部屋を物置代わりにしているからだ。

 薙はまだ中学生なのだから、広い寺の中でもちゃんと親の近くに居た方がいいだろう。僕は薙の父親なのだから、しっかり用意してあげないと。
 
 転校先の中学校への手続きに役所関係、それから後は何をしたらいいのだろう。薙と離れて暮らす年月が十年近くになり、僕の知っている幼稚園時の薙は、もうとうの昔なのに、ついあの頃のことばかり思い出してしまう。

 確か洋服は青い色が好きで……手先が器用な子で……あとは今は背はどの位伸びたのか。顔はまだ僕に似ている?

 知りたいことが、次々に溢れ出す。

****

 午後になって時間が空いたので、流と物置にしていた部屋を片付けだした。

「全く酷い有様だな。兄さんは何でも此処に置けばいいってもんじゃないですよ」
「うっ……ごめん」

 確かにそうだ。本当にいつから僕はこんなに無頓着になったのだか。

「写経に来る女性たちからの貢物も、全部ここに置きっぱなしじゃないか」
「でも、ちゃんとお礼状は書いたよ」
「まぁね。確かに、このシャツもネクタイも兄さんが好みの柄じゃないですしね…」

 前はいただいたものだって、もっとちゃんと扱っていたはずなのに、おかしいな。あぁそうか。流が選んでくれるものが心地良すぎて……きっとそれでなんだな。

 僕が好きな色合いのシャツ。
 肌触りの良い綿100%の生地。

 全部流が用意してくれるものは、僕のためだけに僕のことだけを考えてくれたもの。そう思うと胸が一杯になるよ。

 そんな風に甘やかされていたことが、一つ一つ明るみに出て来ると、僕の方も流に甘えたい気持ちが募ってきてしまう。

「なぁ流……そんな余所余所しい喋り方を、今はしなくてもいいんじゃないか」
「なっ何言ってるんですか。さっきだってお堂に事務員が急に来たでしょう。はぁ……もう兄さんはもっと気を付けてください」
「だが……あっこの箱は」

 流が喋りながら乱暴に紙包みの山を退けると、その下から古びた箱が出て来た。それは以前洋くんが以前夏休みに僕たちが子供部屋にしていた離れで見つけたと、持って来たものだった。

 本当は流のものだったけれども、僕のものでもあるような気がして、受け取ってしまったんだ。でもやっぱり中を開けることは出来ず、そのまま流に渡そうと思ってすっかり忘れていた。

「あぁそうか……こんな所にあったのか」
「なんです? それ」
「あっこれは流の小さい頃の宝箱だろ?」
「えっ!」

 途端に流の顔色が変わった。
 そんな様子に少し意地悪をしたくなった。

「何時も大事そうに抱えて、一体何を入れていたんだ? 見てもいい?」
「だっ駄目だっ」
「そんなに焦んなくても大丈夫だよ。どうせ昔のゲームとかカードとかだろう?」
「違うっ」

 流と取り合った拍子に、箱の蓋がずれ中身が散らばってしまった。

「ん?」

 古ぼけた写真や白くて長い布……これはなんだろう? 足元に落ちて来た写真を僕は一枚拾い上げて、窓辺の日の光へと透かしてみた。

「あっこれって……」

 写真の中で、まだ高校生の僕が笑っていた。

 しかも上半身……裸じゃないか。





しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

【完結】失いかけた君にもう一度

暮田呉子
恋愛
偶然、振り払った手が婚約者の頬に当たってしまった。 叩くつもりはなかった。 しかし、謝ろうとした矢先、彼女は全てを捨てていなくなってしまった──。

処理中です...