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完結後の甘い話の章
『蜜月旅行 54』もう一つの月
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丈が浴衣の胸元から取り出したのは、初めて見るものだった。
ネックレスなのだろうか。焦げ茶色の革紐の先に乳白色の輪がついていた。陶器それとも象牙?いや大理石なのか。しっとりと冷たそうな質感の印象を受けると共に、手を伸ばさずにはいられない衝動に駆られていた。
「触れてもいいか」
「ええ、どうぞ」
手のひらに載せてもらいそっと触れてみると、すっと手の平に吸い付くようだった。
なんだ、これは一体。
俺は月影寺の庭に構えた工房でアクセサリーや小物などを作っているので、様々な素材に触れる機会は多いが、こんな質感のものには未だかつて出会ったことがない。
これはまるで、そうだ、あの夜空に輝く月のように白い。見ている時は冷たそうだったのに、触れると心に明りが灯るようにぽっと温かく感じた。
「一体これは…」
「これは私がソウルの市場で見つけたアンティークですが、本来ペアだったので洋と一緒に持っていたのです。まるで月のように控えめに光っているので、私たちはこれを月輪のネックレスと呼んでいたのですよ」
「月輪」
言われて見ればその通りだ。
「じゃあ洋くんも持っているのか?
丈が途端に、畏まった表情をした。
「兄さん…兄さんたちにはきちんと話していなかった事ですが……空想の世界のような話なので、信じてもらえないかもしれませんが……洋と私との間には、前世からの縁を確かに感じています。遠い昔から求め合っていた気持ちを、この月輪を手に入れてからは特に強く感じています」
「前世だって?」
翠が傍らでビクッと反応した。
「確かに夕凪のことを僕たちは知っているから。その魂の生まれ変わりが洋くんだったんじゃないかとは思っているけれども……本当にそんなことが?」
「月輪は私たちが離れ離れの時は呼応するように求め合い、私たちが再び一緒になれた時は二つの月輪が重なって綺麗な音をたててくれました。そう……まるでそれぞれの月輪が私達で、私たち二人で『重なる月』のようでした。あの美しい音色が今でも忘れられません」
「ちょっと待って、今なんと?『重なる月』と言わなかったか」
翠と俺の夢に出て来たキーワードは『重なる月』という言葉だった。
翠の方も激しくその言葉に反応していた。
「そうです。二つの月が重なった時に結ばれたのです。そして洋の月輪は、洋がしがらみから解放された時に、この世から消滅してしまいました」
「そうか……なんと……そうだったのか。君たちが『重なる月』だったなんて……」
翠の動揺が直に伝わって来る。
あの夢の暗示だと『重なる月』が俺達を結び付けてくれると言っていた。
ーーーーーーーーー
夜空に浮かぶ月のような人たちが、きっと導いてくれるだろう。
『重なる月』その言葉を忘れるな。
ーーーーーーーーー
「翠兄さん?どうしたんですか。真っ青ですよ」
「丈、その月輪を僕にもよく見せてくれ」
翠が震える手でそれを受け取ると、はっとした表情になって俺を呼んだ。
「流。さっきのあれは何処だ?」
「あっ……」
言わんとしていることが伝わってくる。翠の帯留めのことだ!
俺が錫で作った翠だけのための月を模った帯留めで、和装をするから、この旅行にもわざわざ持って来ていた。
「これのことですよね」
いつのまにか洋くんが、窓辺の絨毯に落ちていた帯留めを拾って見つめていた。
「なんで?」
「あ……実はさっきからこの月輪みたいに光っているものが落ちているので何かなって気になっていたのでえす。でもこの帯留めが光っているのではなく、月明りを静かに反射していたみたいですね」
「貸してくれ」
翠は慌てて帯留めの月の部分だけを取り外し、震える手で、その月輪の真ん中へと埋め込んだ。
スッ……
音がするかのようにそのまま吸い込まれていったような気がした。まるで最初からそこに入るために作られたかのようにしっくりと収まった。
「あぁこれでようやく満月ですね……月が満ちたみたいだ」
意味ありげな洋くんの言葉。
錫の月が、乳白色の月輪に抱かれるように収まっている。
「丈……この月輪を翠兄さんに譲ってくれないか」
「え……」
「お願いだ。そうして欲しい」
翠も一緒になって頼むと、丈の答えは望むものだった。
「実はちょうどさっき洋とこの月輪について話していた所なので驚きました。この月輪はもう私たちに不要で、次のところへ行きたがっていると。そうか……行先は翠兄さんの元だったのですね、もちろん翠兄さんのものにしてください。洋、それでいいよな」
「丈、もちろんだよ。こんなにしっくりとしているんだ。月輪が大事そうに錫の月を抱いているようだよ」
『重なる月』に出逢い、俺達の想いが繋がり満ちたのか。
こんな夢物語のようなことが起きたのは、人生で初めてだ。
ずっと長い年月……俺は生々しく兄さんを追い求めていた。
その行為と想いに、遂に意味が出来た。
俺と兄さんは、この世界で結ばれるために存在していた。それで間違いない。
今宵、月は満ちた。
そして俺の長年の想いも満ちた。
そう捉えても許されるだろうか。
翠……どう思う?
手のひらの満月……翠を抱くのは俺でいいか。
ネックレスなのだろうか。焦げ茶色の革紐の先に乳白色の輪がついていた。陶器それとも象牙?いや大理石なのか。しっとりと冷たそうな質感の印象を受けると共に、手を伸ばさずにはいられない衝動に駆られていた。
「触れてもいいか」
「ええ、どうぞ」
手のひらに載せてもらいそっと触れてみると、すっと手の平に吸い付くようだった。
なんだ、これは一体。
俺は月影寺の庭に構えた工房でアクセサリーや小物などを作っているので、様々な素材に触れる機会は多いが、こんな質感のものには未だかつて出会ったことがない。
これはまるで、そうだ、あの夜空に輝く月のように白い。見ている時は冷たそうだったのに、触れると心に明りが灯るようにぽっと温かく感じた。
「一体これは…」
「これは私がソウルの市場で見つけたアンティークですが、本来ペアだったので洋と一緒に持っていたのです。まるで月のように控えめに光っているので、私たちはこれを月輪のネックレスと呼んでいたのですよ」
「月輪」
言われて見ればその通りだ。
「じゃあ洋くんも持っているのか?
丈が途端に、畏まった表情をした。
「兄さん…兄さんたちにはきちんと話していなかった事ですが……空想の世界のような話なので、信じてもらえないかもしれませんが……洋と私との間には、前世からの縁を確かに感じています。遠い昔から求め合っていた気持ちを、この月輪を手に入れてからは特に強く感じています」
「前世だって?」
翠が傍らでビクッと反応した。
「確かに夕凪のことを僕たちは知っているから。その魂の生まれ変わりが洋くんだったんじゃないかとは思っているけれども……本当にそんなことが?」
「月輪は私たちが離れ離れの時は呼応するように求め合い、私たちが再び一緒になれた時は二つの月輪が重なって綺麗な音をたててくれました。そう……まるでそれぞれの月輪が私達で、私たち二人で『重なる月』のようでした。あの美しい音色が今でも忘れられません」
「ちょっと待って、今なんと?『重なる月』と言わなかったか」
翠と俺の夢に出て来たキーワードは『重なる月』という言葉だった。
翠の方も激しくその言葉に反応していた。
「そうです。二つの月が重なった時に結ばれたのです。そして洋の月輪は、洋がしがらみから解放された時に、この世から消滅してしまいました」
「そうか……なんと……そうだったのか。君たちが『重なる月』だったなんて……」
翠の動揺が直に伝わって来る。
あの夢の暗示だと『重なる月』が俺達を結び付けてくれると言っていた。
ーーーーーーーーー
夜空に浮かぶ月のような人たちが、きっと導いてくれるだろう。
『重なる月』その言葉を忘れるな。
ーーーーーーーーー
「翠兄さん?どうしたんですか。真っ青ですよ」
「丈、その月輪を僕にもよく見せてくれ」
翠が震える手でそれを受け取ると、はっとした表情になって俺を呼んだ。
「流。さっきのあれは何処だ?」
「あっ……」
言わんとしていることが伝わってくる。翠の帯留めのことだ!
俺が錫で作った翠だけのための月を模った帯留めで、和装をするから、この旅行にもわざわざ持って来ていた。
「これのことですよね」
いつのまにか洋くんが、窓辺の絨毯に落ちていた帯留めを拾って見つめていた。
「なんで?」
「あ……実はさっきからこの月輪みたいに光っているものが落ちているので何かなって気になっていたのでえす。でもこの帯留めが光っているのではなく、月明りを静かに反射していたみたいですね」
「貸してくれ」
翠は慌てて帯留めの月の部分だけを取り外し、震える手で、その月輪の真ん中へと埋め込んだ。
スッ……
音がするかのようにそのまま吸い込まれていったような気がした。まるで最初からそこに入るために作られたかのようにしっくりと収まった。
「あぁこれでようやく満月ですね……月が満ちたみたいだ」
意味ありげな洋くんの言葉。
錫の月が、乳白色の月輪に抱かれるように収まっている。
「丈……この月輪を翠兄さんに譲ってくれないか」
「え……」
「お願いだ。そうして欲しい」
翠も一緒になって頼むと、丈の答えは望むものだった。
「実はちょうどさっき洋とこの月輪について話していた所なので驚きました。この月輪はもう私たちに不要で、次のところへ行きたがっていると。そうか……行先は翠兄さんの元だったのですね、もちろん翠兄さんのものにしてください。洋、それでいいよな」
「丈、もちろんだよ。こんなにしっくりとしているんだ。月輪が大事そうに錫の月を抱いているようだよ」
『重なる月』に出逢い、俺達の想いが繋がり満ちたのか。
こんな夢物語のようなことが起きたのは、人生で初めてだ。
ずっと長い年月……俺は生々しく兄さんを追い求めていた。
その行為と想いに、遂に意味が出来た。
俺と兄さんは、この世界で結ばれるために存在していた。それで間違いない。
今宵、月は満ちた。
そして俺の長年の想いも満ちた。
そう捉えても許されるだろうか。
翠……どう思う?
手のひらの満月……翠を抱くのは俺でいいか。
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