重なる月

志生帆 海

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完結後の甘い話の章

完結後の甘い物語 『蜜月旅行 43』

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 部屋に戻ると、丈も洋くんもいなかった。

「どこに行った?」

「流、ここに何かメモ書きがあるよ」

 リビングテーブルの上に置かれたメモには、ホテルの貸し切り露天風呂へ二人で行く旨が書かれていた。

 離れの露天風呂だって?それはさっき俺と一緒に、フロントで予約したものじゃないか。

 なかなか離れの貸し切り露天風呂には空きがなく、たまたまタイミングよくキャンセルが出たのものを、速攻で手に入れた貴重な予約だったのに。

 まぁ……そりゃ俺だって、新婚の二人に譲ってもいいとは思っていたが、断りもなしに行ったのか。ふっ流石、丈だ。

 あいつは本当に昔から我が道をいく男だ。だが、そもそもこの旅行は彼等にとっての新婚旅行なんだ。いつまでも兄達が邪魔していては悪いし、俺も潔く譲ろう。

「流……窓から月が綺麗に見えるよ」

「あぁ本当だ」

 兄に誘われ、客室の大きな窓から夜空を見上げた。

 海上には大きな月がぽっかりと浮かんでいた。

 きっと今頃、二人も離れの露天風呂で、この大きな月を見上げていることだろう。月明りに照らされた洋くんは、さぞかし美しいことだろう。だが、それよりももっと美しいのは……今俺の隣に立っている兄の横顔だ。

 月光を浴びて、ぞくっとする程美しく整った横顔。

 本当にどうしてこうも俺と顔立ちが違うのか。
 同じ親から生まれたとは思えない差だった。

 その差は中学に上がる頃から、大きく開いたことを思い出す。

 見上げていた兄の背を追い越した日のこと。
 兄が俺を初めて見上げた朝。

 背も高く男らしい父に似たのが俺と丈。特に丈の奴、昔は根暗でひ弱なイメージだったのに、洋くんを連れて戻って来たあいつは、そんなイメージを払拭するほど逞しく成長していた。外科医という仕事柄、体力もつけねばいけなかったのだろう。下手すりゃ俺よりいい躰をしているかもしれないな。憎たらしい奴だ。

 一方……翠兄さんは、喋らなけらば美人な母親似。

 楚々とした面持ちの和風美人だが、凛とした立ち姿も清々しく、けっして女みたいになよなよしているわけではない。澄んで張り詰めた空気を纏う綺麗な男で、袈裟姿が本当によく似合う寺の若住職だ。

 洋くんがフランス人形だとしたら、翠兄さんは日本人形さ。

「翠兄さん、もう大丈夫ですか」

 それにしても、さっきラウンジにいたあいつのことを思い出すと腹が立つ。

 あいつと俺は、中学の一時期親友だったこともある間柄。しかもあいつの兄の達哉さんは、翠兄さんの親友だ。鎌倉と北鎌倉の寺の息子同士ということもあり、その縁は今でも続いている。俺とアイツはとっくに途絶えたが。

「え……あぁ……もう忘れよう。流、僕はもういい大人だよ。いつまでもあんな昔のこと引きずっていないから安心しろ」

 本当にそうだろうか。あいつに頬を触れられた時、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていたのに。

「それならいいですが……」

 兄さんがそうして欲しいと願っていることに、俺は深い入りはしない。でもこんな時は、兄さんが心の奥底で深く傷ついている時だ。

 長年一緒にいれば手に取るように分かるよ、兄さんの心の動き。でも、唯一分からないのは俺への気持ち。

「なぁ、そろそろワインを飲みたいな。買って来てくれたのだろう?」

「ええ、兄さんの好みのものを揃えましたよ」

「ブルゴーニュもあるのか」

「もちろん」

 兄さんが話を逸らすように促すので、急いでルームサービスで食事を頼んだ。

 そして今から、二人で乾杯だ。

 兄さんとの関係が、この旅行で進んでしまった。俺の中では確実に大きく進んでしまった。

 岩場で偶然見てしまった兄さんの自分を慰める姿。そしてベッドで制御出来ず、とうとう味わってしまったつぶらな実の甘い味。

 そのことに罪悪感を覚えながらも、同時に嬉しさも感じていた。

 一体、いつになったら報われるのか。

 ここ数年は、ずっとその答えを探していた。

 長年抱き続けた想いの終着点を、そろそろ探したい。

 探しちゃ駄目か。翠兄さん……





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