重なる月

志生帆 海

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完結後の甘い話の章

完結後の甘い物語 『蜜月旅行 38』

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 チュッ!

 丈に気を取られて固まっているうちに、小さな女の子の唇が俺の頬に触れていった。

「わっ!」

「ふふっ、おにいちゃん好き!」

 ふんわり可愛い笑顔だった。本当に無垢な心なんだ。こんな小さな女の子相手に、丈に気を取られて焦ってしまったのがなんだか恥ずかしい。

 もう一度丈のことを見ると、さっきより柔らかい表情だった。

 そのことに、ほっとした。良かった……流石にこんな小さな女の子に嫉妬したりしないよな。でも、もうそろそろ丈の元に戻った方が良さそうと判断した。

 ずっと前だ。まだ俺達が出逢って間もない頃のことが頭をよぎった。

 あれは安志と五年ぶりに再会した日のことだった。酒に酔ってしまた俺のことを安志が介抱してくれて、そのまま最寄り駅まで一緒に帰ってきたことがあった。駅まで心配して迎えに来てくれた丈と鉢合わせしてしまい、とても気まずかったんだ。

 あの後……丈は乱暴に俺を抱いた。
 止めてくれと懇願する程だった。

 そう……あの頃の俺は、まだ過去の縁の本当の意味を知らずに、ただ強引に奪われることにひどく怯えていた。

 そんな過去の出来事を思い出すと、ブルっと寒気がした。

「あの……俺そろそろ行かないと」

 そう切り出すと、女の子に強く引き留められた。

「駄目よぉ!お兄ちゃんは私と結婚したのに、なんで帰っちゃうの?」

「けっ、結婚って?」

 どうやら……おままごとは、まだ続いているようだった。

「誓いのキスまでしたのに~ひどいわぁ」

「ごっごめんね。でも俺……もう行かないと行けないんだ。君と遊べて楽しかったよ」

「えー行かないでぇ……グスッ」

 泣きべそをかき始めた女の子を、どうなだめたらいいのか、不慣れな俺には対処できず、困ってしまった。女の子の前にしゃがみ込んで目線を合わせ「ごめんね」と謝っていると、兄の玲くんがすぐ横にやってきた。

「ユイ、お前馬鹿だな!誓いのキスなんて効き目ないじゃん。あっそうか!やっぱり頬っぺたなんかじゃダメなんだな」

「えっそうなの?おにいちゃん、どうしたらいいの?ユイに教えて!」

「それは、こうするんだよ!」

 いきなり少年に後頭部に手をまわされ、唇を奪われた。

 ええっ!

 一瞬だったけど、確かに唇が触れてしまった。

 まっ、まさかこんな小さな少年からキスされるなんて思ってなくて、目を大きく見開いたまま固まってしまう。

「こらっ玲!そういうことはしちゃ駄目だって言ったでしょ!」

「なんで?外国じゃこんなの挨拶だってパパが言ってたよ。親しい人なら男同士でもしていいんだよね?パパもしてたし」

「なっ何言ってるの。ごっごめんなさい。この子が変なことして」

 母親によって、男の子は強引に俺の前から引きはがされていった。

「いっいえ、お子さんのしたことですから、大丈夫です。本当に俺、もう行かないと。失礼します」

「本当にごめんなさい!」

気が付くと、慌ただしく……まるで逃げるように、俺はキッズコーナーを飛び出していた。さっきは母親の手前、なんとか取り繕ったものの、実は結構焦っていた。心臓がバクバクしていた。
 
 全く、子どもだからって油断していた。いや、そんなつもりでしたキスじゃないと思うけれども、それでもやっぱり驚いた!

 思わず……そっと手の甲で唇を拭ってしまった。

 俺の唇を奪ってもいいのは、丈だけだ。
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