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第9章
集う想い6
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それから流さんは無言になった。でもそれは決して重たく嫌な沈黙ではなかった。
車を運転する流さんの横顔が対向車に照らされる度に、今の状況に納得していることが分かるような……満ち足りた優しい笑顔を浮かべているのが見え隠れしていたから。
流さんはとても優しい人だ。
お兄さんにも弟に対しても……本当に魅力的な人だ。
この素晴らしい人が、もうすぐ俺にとっても兄になる。それが今はとても嬉しい。
「流、洋くんお帰り」
月影寺の玄関で出迎えてくれたのは、白地に藍色の模様の入った浴衣を美しく着こなした翠さんだった。こうやって二人が並んでいる姿を見ると、改めて思う。
二歳差の兄弟は背丈は多少違うが背格好はよく似ている。だが本当にタイプが違う二人だ。顔も性格も……仕草も言葉遣いも何もかも対照的だ。
落ち着いて寡黙な翠さんは、切れ長の目をしていて色も白い方だ。男性なのに綺麗で真っすぐな黒髪で、端正で品のあるストイックな顔立ちをしている。
一方流さんはいつも作務衣を緩く着流し長髪のくせ毛を後ろで無造作に束ねて、肌はいつも庭仕事をしているせいか浅黒く精悍だ。顔立ちは華やかで人懐っこい笑顔を浮かべている。
「んっどうした?洋くんそんなにじっと見つめて……」
翠さんに怪訝そうな顔をされて、慌てて目を逸らしてしまった。さっきの話のせいだ。流さんとの会話が頭に残っているせいで、じっと見過ぎてしまった。でもこんなにも美しい兄がいたら、見てしまうのも当然だ。流さんの気持ちが分かるような気がした。
「ぷぷっおいおい洋くん、兄さんのこと見過ぎだ!どうした惚れちゃったか。丈はやめて兄さんにするか」
「なっ!流さんっ」
「流、お前はまた馬鹿なこと言ってないで、早く入りなさい」
「はいはい。兄さん飯食った?ちゃんと」
「あぁ今日の鰈の煮付けも美味しかったよ」
「本当に?」
からかうような流さんの態度に、場が和んだ。でも少しだけ寂しかった。
流さんは、もしかして翠さんのことを?でもそれは険しい道だから……このままがいい…このままでいいと?
人の世は難しい。
そんな難しい世で、俺は丈と巡り合った。
それは奇跡にも近いこと。
遠い昔からの願望だったこと。
****
一人で離れに行くと、部屋の中からぼそぼそと話声が聞こえて来た。そういえば来客って誰だろう。耳を澄ますと、丈と女性の声だった。笑い声が混じり何か相談しているような、仲睦まじそうな様子にドキリとした。一体誰だ?
そういえば丈はもともと、よく女性にもてていた。それは同じ会社に勤めている時、嫌っていう程見た光景。何故だか久しぶりにテラスハウスで同居していた当時のことを、思い出してしまった。
そうだよな。俺とこうなる前は普通に女性と付き合い、女性を抱いていたんだよな。医務室の張矢先生が素敵だというたぐいの噂は、社食でも部署でもよく耳にした。
なんだかそのまま部屋に入るのが少し躊躇われて、庭に出てみた。
見上げると夜空には、月が見えなかった。
そうか……新月か。新月には願い事をするとよいと言われている。
無事にその日を迎えられるように。幸せにまだ慣れていない俺は、そう願わずにいられない。
皆、集まってくれるのだろうか。
出来たらその中で新しい人生を始めたい。
ずっとひとりで生きて来た俺の願い。
それは今度は人に囲まれて、生きたいということだった。
車を運転する流さんの横顔が対向車に照らされる度に、今の状況に納得していることが分かるような……満ち足りた優しい笑顔を浮かべているのが見え隠れしていたから。
流さんはとても優しい人だ。
お兄さんにも弟に対しても……本当に魅力的な人だ。
この素晴らしい人が、もうすぐ俺にとっても兄になる。それが今はとても嬉しい。
「流、洋くんお帰り」
月影寺の玄関で出迎えてくれたのは、白地に藍色の模様の入った浴衣を美しく着こなした翠さんだった。こうやって二人が並んでいる姿を見ると、改めて思う。
二歳差の兄弟は背丈は多少違うが背格好はよく似ている。だが本当にタイプが違う二人だ。顔も性格も……仕草も言葉遣いも何もかも対照的だ。
落ち着いて寡黙な翠さんは、切れ長の目をしていて色も白い方だ。男性なのに綺麗で真っすぐな黒髪で、端正で品のあるストイックな顔立ちをしている。
一方流さんはいつも作務衣を緩く着流し長髪のくせ毛を後ろで無造作に束ねて、肌はいつも庭仕事をしているせいか浅黒く精悍だ。顔立ちは華やかで人懐っこい笑顔を浮かべている。
「んっどうした?洋くんそんなにじっと見つめて……」
翠さんに怪訝そうな顔をされて、慌てて目を逸らしてしまった。さっきの話のせいだ。流さんとの会話が頭に残っているせいで、じっと見過ぎてしまった。でもこんなにも美しい兄がいたら、見てしまうのも当然だ。流さんの気持ちが分かるような気がした。
「ぷぷっおいおい洋くん、兄さんのこと見過ぎだ!どうした惚れちゃったか。丈はやめて兄さんにするか」
「なっ!流さんっ」
「流、お前はまた馬鹿なこと言ってないで、早く入りなさい」
「はいはい。兄さん飯食った?ちゃんと」
「あぁ今日の鰈の煮付けも美味しかったよ」
「本当に?」
からかうような流さんの態度に、場が和んだ。でも少しだけ寂しかった。
流さんは、もしかして翠さんのことを?でもそれは険しい道だから……このままがいい…このままでいいと?
人の世は難しい。
そんな難しい世で、俺は丈と巡り合った。
それは奇跡にも近いこと。
遠い昔からの願望だったこと。
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一人で離れに行くと、部屋の中からぼそぼそと話声が聞こえて来た。そういえば来客って誰だろう。耳を澄ますと、丈と女性の声だった。笑い声が混じり何か相談しているような、仲睦まじそうな様子にドキリとした。一体誰だ?
そういえば丈はもともと、よく女性にもてていた。それは同じ会社に勤めている時、嫌っていう程見た光景。何故だか久しぶりにテラスハウスで同居していた当時のことを、思い出してしまった。
そうだよな。俺とこうなる前は普通に女性と付き合い、女性を抱いていたんだよな。医務室の張矢先生が素敵だというたぐいの噂は、社食でも部署でもよく耳にした。
なんだかそのまま部屋に入るのが少し躊躇われて、庭に出てみた。
見上げると夜空には、月が見えなかった。
そうか……新月か。新月には願い事をするとよいと言われている。
無事にその日を迎えられるように。幸せにまだ慣れていない俺は、そう願わずにいられない。
皆、集まってくれるのだろうか。
出来たらその中で新しい人生を始めたい。
ずっとひとりで生きて来た俺の願い。
それは今度は人に囲まれて、生きたいということだった。
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