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第9章
集う想い3
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暫く二人で無言で……涼の撮影風景を眺めていた。
「あのさ、涼には話したのか。ニューヨークで起きたあのことを」
「いや話してないし……あえて話そうと思わない」
「そうか」
涼は知らなくてもいいことだ。あの天使のような涼の笑顔を守ってやりたい。スタジオで一生懸命モデルの仕事をこなす涼の様子を見ていると、再びそう強く思った。
俺のことでこれ以上、涼を煩わせたくない。
そんな決意を込め、唇をきゅっと噛みしめた。
すると隣に立っていた陸さんが、俺の頭を突然くしゃっと撫でた。
「なっ何?」
怪訝に思って見上げると、陸さんが何故だか泣きそうな表情を浮かべていた。こんな表情をする人だったのかと、はっと見入ってしまう。
「陸さん?」
「洋……ありがとな。辰起のことだが……訴えられてもしょうがない。警察沙汰になってもしょうがないこと仕出かしたのに」
「あ……うん」
確かにされたことは酷いことだったし、もし本当にあのまま最後までされていたら……こんな風に許せたかどうか分からない。
でも寸でのところで助けられたし、守ってもらった。もうそれだけで十分だ。
俺のために駆けつけてくれた人達のことを思えば、訴えるとかそういう気持ちにはならない。それが本音だった。
「なぁちょっと時間あるか」
「えっあぁ」
「なら来てくれ」
突然陸さんに腕を掴まれ、階段へ連れていかれた。なんだ?急に……待って…焦って涼のことをちらっと振り返ると、ちょうどカットの声がかかったようで、俺の方を見ていた。すぐに目があって怪訝そうに顔を曇らせた。
「どっどこに?」
「しっ静かに」
階段をそのまま引っ張られるように降りて、地下へ辿り着いた。こういう強引な動きは相変わらずだな。陸さんは力加減が分かっていない。でももう前のように怖くはなかった。
「ここは?」
「撮影で使う衣装や小道具などを保管している物品倉庫だ」
階段側のドアからそっと中を覗くと、確かに倉庫のようだった。カバーに掛かった衣装がずらりとハンガーに吊ってあり、椅子などの大型家具も置いてある。流石大きな事務所で自前のスタジオを持っているだけある。何もかも大がかりだ。でも何でここに?
その時、誰か急ぎ足で入って来る気配がしたので、慌てて陸さんと一緒に物陰に隠れた。
「えっと……次はこれとこれだな。よしっ」
どこかで見たような後姿が、倉庫の荷物の間に見え隠れしていた。
青いジーンズに白いTシャツ姿で汗を腕で拭いながら、手に持ったシートをチェックして
抱えきれない程の衣装を担いで歩いているのは……
「あれは……」
その男性は辰起くんだ。
「なんで?」
あまりに風貌が違うので息をのんでしまった。彼は子役上がりのモデルで、いつもお洒落な洋服を着こなして、髪の毛だってあんなにグシャグシャじゃなくて、いつも格好良くセットして、オーデコロンの香りを漂わせているような年よりもずっとませた感じの綺麗な子だったはず。
「辰起だよ。あいつさ……モデルやめたよ。今はこの事務所で衣装を揃えたり大道具小道具のセットをしたりといろんな雑用をしている」
「なんで?あんなにモデルにぴったりの容姿でいつも輝いていたのに。もしかして俺のせいなのか」
不安になった。俺の存在がまた誰かを不幸にしてしまったのかと……
「馬鹿、そんな顔させるために連れて来たんじゃねーよ」
「陸さん」
「辰起はな、擁護するつもりじゃないが、もともと孤児でな、引き取ってもらった先で酷い扱いを受けて……売春みたいなことをずっとさせられ必死に生きて来た奴で……どうしても放っておけなかった」
「うん……」
なんとなく感じていた。辰起くんの根が深く誰かに歪まされてしまったのではないかと……まさかそんな重たい生い立ちがあったとは……そこまでは知らなかったので胸が痛んだ。
「あいつの顔は整形なんだよ。何度も育ての親に無理矢理、綺麗にさせられたんだ。あいつは必死に隠して生きていたが、育ての親っていうのが酷い奴でさ、この事務所に売り込みに来た時、ぺらぺらと喋って行った」
「そんな……酷い。その育ての親っていうのは?今は…」
「何年か前に死んだよ。まぁ自業自得だな。で突然宙に浮いた辰起のこと、うちの事務所の社長が面倒みたってわけ。だから俺達はみんな辰起に甘かったんだ。まさか洋にあんなことするほど歪んでいるなんて気が付かない程、甘かった。許せ」
「そうだったのか……そんな彼が今どうしてあんな姿に?」
「アメリカで一旦捕まったんだよ。強がっていてもまだ幼いから、よっぽど向こうのポリスが怖かったんだろうな。林さんが迎えに行った時は、縋りついて……初めて人前で泣きじゃくったって聞いた」
林さんというのは、あの日俺を撮影したカメラマンだ。辰起くんは、信頼している人に迎えに来てもらえたのかもしれない。だからなのか……あんなに清々しい顔で汗を流して働いているのは。
「あいつさ、今いい顔してるだろ」
「うん、いい汗をかいていたね」
「悪かったな。そしてありがとう」
「なんで……そんな」
「あいつのこと見逃してくれて。涼にも言わないでいてくれて。あいつ人生をやり直したいって言ってた。間違いだらけの人生を……」
「うん分かるよ」
「ははっなんで俺こんな話を……洋、お前は不思議な奴だな」
我に返ったように、少し恥ずかしそうに陸さんは端正な顔を緩ませた。
辰起くんの気持ちが痛いほど分かる。
彼にも幸せになって欲しい。
みんな多かれ少なかれ、心を傷つけ生きている。
折れそうになる心、消えたくなる存在……そんな脆い想いを抱くのが人なんだ。
人は許しあって生きていること忘れてはいけない。
何もかも思いのままに進む人生なんてないのだから。
そうしみじみと思った。
その時、階段をドタバタと降りて来る足音が響いた。
「あー良かった!ここにいたの?心配したよ」
涼が汗だくになって倉庫に飛び込んで来た。
「あのさ、涼には話したのか。ニューヨークで起きたあのことを」
「いや話してないし……あえて話そうと思わない」
「そうか」
涼は知らなくてもいいことだ。あの天使のような涼の笑顔を守ってやりたい。スタジオで一生懸命モデルの仕事をこなす涼の様子を見ていると、再びそう強く思った。
俺のことでこれ以上、涼を煩わせたくない。
そんな決意を込め、唇をきゅっと噛みしめた。
すると隣に立っていた陸さんが、俺の頭を突然くしゃっと撫でた。
「なっ何?」
怪訝に思って見上げると、陸さんが何故だか泣きそうな表情を浮かべていた。こんな表情をする人だったのかと、はっと見入ってしまう。
「陸さん?」
「洋……ありがとな。辰起のことだが……訴えられてもしょうがない。警察沙汰になってもしょうがないこと仕出かしたのに」
「あ……うん」
確かにされたことは酷いことだったし、もし本当にあのまま最後までされていたら……こんな風に許せたかどうか分からない。
でも寸でのところで助けられたし、守ってもらった。もうそれだけで十分だ。
俺のために駆けつけてくれた人達のことを思えば、訴えるとかそういう気持ちにはならない。それが本音だった。
「なぁちょっと時間あるか」
「えっあぁ」
「なら来てくれ」
突然陸さんに腕を掴まれ、階段へ連れていかれた。なんだ?急に……待って…焦って涼のことをちらっと振り返ると、ちょうどカットの声がかかったようで、俺の方を見ていた。すぐに目があって怪訝そうに顔を曇らせた。
「どっどこに?」
「しっ静かに」
階段をそのまま引っ張られるように降りて、地下へ辿り着いた。こういう強引な動きは相変わらずだな。陸さんは力加減が分かっていない。でももう前のように怖くはなかった。
「ここは?」
「撮影で使う衣装や小道具などを保管している物品倉庫だ」
階段側のドアからそっと中を覗くと、確かに倉庫のようだった。カバーに掛かった衣装がずらりとハンガーに吊ってあり、椅子などの大型家具も置いてある。流石大きな事務所で自前のスタジオを持っているだけある。何もかも大がかりだ。でも何でここに?
その時、誰か急ぎ足で入って来る気配がしたので、慌てて陸さんと一緒に物陰に隠れた。
「えっと……次はこれとこれだな。よしっ」
どこかで見たような後姿が、倉庫の荷物の間に見え隠れしていた。
青いジーンズに白いTシャツ姿で汗を腕で拭いながら、手に持ったシートをチェックして
抱えきれない程の衣装を担いで歩いているのは……
「あれは……」
その男性は辰起くんだ。
「なんで?」
あまりに風貌が違うので息をのんでしまった。彼は子役上がりのモデルで、いつもお洒落な洋服を着こなして、髪の毛だってあんなにグシャグシャじゃなくて、いつも格好良くセットして、オーデコロンの香りを漂わせているような年よりもずっとませた感じの綺麗な子だったはず。
「辰起だよ。あいつさ……モデルやめたよ。今はこの事務所で衣装を揃えたり大道具小道具のセットをしたりといろんな雑用をしている」
「なんで?あんなにモデルにぴったりの容姿でいつも輝いていたのに。もしかして俺のせいなのか」
不安になった。俺の存在がまた誰かを不幸にしてしまったのかと……
「馬鹿、そんな顔させるために連れて来たんじゃねーよ」
「陸さん」
「辰起はな、擁護するつもりじゃないが、もともと孤児でな、引き取ってもらった先で酷い扱いを受けて……売春みたいなことをずっとさせられ必死に生きて来た奴で……どうしても放っておけなかった」
「うん……」
なんとなく感じていた。辰起くんの根が深く誰かに歪まされてしまったのではないかと……まさかそんな重たい生い立ちがあったとは……そこまでは知らなかったので胸が痛んだ。
「あいつの顔は整形なんだよ。何度も育ての親に無理矢理、綺麗にさせられたんだ。あいつは必死に隠して生きていたが、育ての親っていうのが酷い奴でさ、この事務所に売り込みに来た時、ぺらぺらと喋って行った」
「そんな……酷い。その育ての親っていうのは?今は…」
「何年か前に死んだよ。まぁ自業自得だな。で突然宙に浮いた辰起のこと、うちの事務所の社長が面倒みたってわけ。だから俺達はみんな辰起に甘かったんだ。まさか洋にあんなことするほど歪んでいるなんて気が付かない程、甘かった。許せ」
「そうだったのか……そんな彼が今どうしてあんな姿に?」
「アメリカで一旦捕まったんだよ。強がっていてもまだ幼いから、よっぽど向こうのポリスが怖かったんだろうな。林さんが迎えに行った時は、縋りついて……初めて人前で泣きじゃくったって聞いた」
林さんというのは、あの日俺を撮影したカメラマンだ。辰起くんは、信頼している人に迎えに来てもらえたのかもしれない。だからなのか……あんなに清々しい顔で汗を流して働いているのは。
「あいつさ、今いい顔してるだろ」
「うん、いい汗をかいていたね」
「悪かったな。そしてありがとう」
「なんで……そんな」
「あいつのこと見逃してくれて。涼にも言わないでいてくれて。あいつ人生をやり直したいって言ってた。間違いだらけの人生を……」
「うん分かるよ」
「ははっなんで俺こんな話を……洋、お前は不思議な奴だな」
我に返ったように、少し恥ずかしそうに陸さんは端正な顔を緩ませた。
辰起くんの気持ちが痛いほど分かる。
彼にも幸せになって欲しい。
みんな多かれ少なかれ、心を傷つけ生きている。
折れそうになる心、消えたくなる存在……そんな脆い想いを抱くのが人なんだ。
人は許しあって生きていること忘れてはいけない。
何もかも思いのままに進む人生なんてないのだから。
そうしみじみと思った。
その時、階段をドタバタと降りて来る足音が響いた。
「あー良かった!ここにいたの?心配したよ」
涼が汗だくになって倉庫に飛び込んで来た。
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