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第8章
光線 7
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気が付いたらロビーに呆然と立っていた。かなり動揺していたのだろう。あの部屋に入ってきた男に言われるがままに立ち去り、気が付いたらエレベーターに乗っていた。
疲れた……
ロビーの大きな柱に躰をドンっと委ねて、頭を抱え込んだ。喉が締め付けらるたように、ぎゅっと息苦しかった。
さっき聞いたことは一体なんだ? 洋が叫んだ言葉が頭から離れない。
(やめて……義父さん……もう…俺を抱かないで。もう二度としないっていったじゃないか…)
まさか俺の父親がそんな野蛮な行為を……仮にも息子として一緒に暮らしていた相手にするなんて、信じられない。
だが、信じられる。
洋に会った時、想像していた奴とどこか違ったんだ。あいつを知れば知るほど、自分の身を犠牲にしたことのある悲痛な叫びみたいなものを何故か感じていた。
そういえば、空も似たようなこと言っていたな。
俺は十年以上も洋のことを敵として憎んでいた。滅茶苦茶にしてやろうと思っていたことが、今となっては消え入りたい程恥ずかしい。
俺なんかより、苦しんでいた。あいつは……父に犯されていた。義父に無理矢理抱かれ。その秘密を抱えて生きて来たんだ。
「陸っ! 良かった! ここにいたんだね」
その時澄んだ優しい声がした。あぁ……この声は空だ。
「空……どうして? 」
「酷い顔をしているな。何かあったのか。洋くんはどうした? 」
一緒にいるはずの人物は今ここにいない。俺はあいつにどの面下げて会えばいいんだ。今更、今後……あいつにとって俺は、自分を凌辱した憎い相手の血が通った息子でしかない。
自分でもコントロールできないほどの負の感情の渦に巻き込まれそうになっていたのに、空の顔をみたらほっとして、一気に気が緩んだ。本当にこいつはいつだってこうやって俺が一番苦しい時に黙って傍にいてくれる。
「空……俺……とんでもないことを」
「陸? どうした、落ち着けよ。とりあえずラウンジで温かいものを飲もう。君の顔色がひどくて、見ていられないよ」
****
Kaiが部屋のカーテンを開けてくれると、暗黒の世界は消え、何事もなかったような澄み切った青空が窓の外に広がっていた。
「よしっまずは手首をちゃんと見せろ」
「……」
Kaiがあんまりにも心配そうに言うので、観念して手首を差し出した。
「うわっ酷いな。縄みたいなものできつく縛られたなんだな。こんなに抵抗して、痛かっただろう?」
確かに手首はじんじんと痛んでいた。だが、それよりも無理矢理こじ開けられた下半身に鈍く重い痛みが広がっていた。
「あぁ……沁みるな」
「……あとはどこが痛い? 」
「うん……それが……」
いくらKaiが治療を目的として接しているとしても、場所が場所だけに流石に躊躇してしまう。そんな戸惑いをKaiは察知してくれたのか、バスローブを持って来てくれた。
「洋、とりあえずシャワー浴びて来い。このシャツ、ズタズタに切られてもう着られないだろう。着替え持っているか」
「スーツケースに入っているよ」
「よしっ! 俺は荷造りをしているから、さぁ」
Kaiに促されて、俺はバスローブを羽織った。
「ありがとう……あっ」
「ほらっ掴まれよ」
「うん……」
全く情けないことに、立ち上がった瞬間に下半身にズキンと痛みが走り、思わずよろめいてしまった。無理矢理受けた暴力、一刻も早く洗い流したかった。躰の内部に残る卑猥な指の感覚を忘れ去りたかった。熱いシャワーを浴びて、さっき起きたことをすべて忘れたい、そう願った。
だが脳裏にちらつくのは……
狂ったように暴力をふるった辰起くんの顔。
衝撃をうけてよろめいた陸さんの顔。
心配そうなkaiの顔。
どうして俺はいつもこうやって人の恨みを買ってしまうのか。
どうして俺はいつも誰かを傷つけてしまうのか。
どうして自分の身ひとつ守れないで、いつも助けられて……
「どうして……」という疑問ばかりが膨らんでいってしまう。
熱いお湯ですべて流せればいいのに、何もなかったことにできたらいいのに。今後のことを思うと暗い溜息が漏れてしまった。
だがこのままでは駄目だ。俺はもう今までとは違う。前に前に進んで行きたい。どんなことがあっても負けたくない。もう……
疲れた……
ロビーの大きな柱に躰をドンっと委ねて、頭を抱え込んだ。喉が締め付けらるたように、ぎゅっと息苦しかった。
さっき聞いたことは一体なんだ? 洋が叫んだ言葉が頭から離れない。
(やめて……義父さん……もう…俺を抱かないで。もう二度としないっていったじゃないか…)
まさか俺の父親がそんな野蛮な行為を……仮にも息子として一緒に暮らしていた相手にするなんて、信じられない。
だが、信じられる。
洋に会った時、想像していた奴とどこか違ったんだ。あいつを知れば知るほど、自分の身を犠牲にしたことのある悲痛な叫びみたいなものを何故か感じていた。
そういえば、空も似たようなこと言っていたな。
俺は十年以上も洋のことを敵として憎んでいた。滅茶苦茶にしてやろうと思っていたことが、今となっては消え入りたい程恥ずかしい。
俺なんかより、苦しんでいた。あいつは……父に犯されていた。義父に無理矢理抱かれ。その秘密を抱えて生きて来たんだ。
「陸っ! 良かった! ここにいたんだね」
その時澄んだ優しい声がした。あぁ……この声は空だ。
「空……どうして? 」
「酷い顔をしているな。何かあったのか。洋くんはどうした? 」
一緒にいるはずの人物は今ここにいない。俺はあいつにどの面下げて会えばいいんだ。今更、今後……あいつにとって俺は、自分を凌辱した憎い相手の血が通った息子でしかない。
自分でもコントロールできないほどの負の感情の渦に巻き込まれそうになっていたのに、空の顔をみたらほっとして、一気に気が緩んだ。本当にこいつはいつだってこうやって俺が一番苦しい時に黙って傍にいてくれる。
「空……俺……とんでもないことを」
「陸? どうした、落ち着けよ。とりあえずラウンジで温かいものを飲もう。君の顔色がひどくて、見ていられないよ」
****
Kaiが部屋のカーテンを開けてくれると、暗黒の世界は消え、何事もなかったような澄み切った青空が窓の外に広がっていた。
「よしっまずは手首をちゃんと見せろ」
「……」
Kaiがあんまりにも心配そうに言うので、観念して手首を差し出した。
「うわっ酷いな。縄みたいなものできつく縛られたなんだな。こんなに抵抗して、痛かっただろう?」
確かに手首はじんじんと痛んでいた。だが、それよりも無理矢理こじ開けられた下半身に鈍く重い痛みが広がっていた。
「あぁ……沁みるな」
「……あとはどこが痛い? 」
「うん……それが……」
いくらKaiが治療を目的として接しているとしても、場所が場所だけに流石に躊躇してしまう。そんな戸惑いをKaiは察知してくれたのか、バスローブを持って来てくれた。
「洋、とりあえずシャワー浴びて来い。このシャツ、ズタズタに切られてもう着られないだろう。着替え持っているか」
「スーツケースに入っているよ」
「よしっ! 俺は荷造りをしているから、さぁ」
Kaiに促されて、俺はバスローブを羽織った。
「ありがとう……あっ」
「ほらっ掴まれよ」
「うん……」
全く情けないことに、立ち上がった瞬間に下半身にズキンと痛みが走り、思わずよろめいてしまった。無理矢理受けた暴力、一刻も早く洗い流したかった。躰の内部に残る卑猥な指の感覚を忘れ去りたかった。熱いシャワーを浴びて、さっき起きたことをすべて忘れたい、そう願った。
だが脳裏にちらつくのは……
狂ったように暴力をふるった辰起くんの顔。
衝撃をうけてよろめいた陸さんの顔。
心配そうなkaiの顔。
どうして俺はいつもこうやって人の恨みを買ってしまうのか。
どうして俺はいつも誰かを傷つけてしまうのか。
どうして自分の身ひとつ守れないで、いつも助けられて……
「どうして……」という疑問ばかりが膨らんでいってしまう。
熱いお湯ですべて流せればいいのに、何もなかったことにできたらいいのに。今後のことを思うと暗い溜息が漏れてしまった。
だがこのままでは駄目だ。俺はもう今までとは違う。前に前に進んで行きたい。どんなことがあっても負けたくない。もう……
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