重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
489 / 1,657
第8章

光線 3

しおりを挟む
「なんだもう意識飛んじゃったの? まぁ丁度いいや……ふふっそのまま眠っていてよ。ちょうど彼からホテルに着いたって連絡が来たよ。君のお相手を迎えに行ってくるね」

 遥か彼方から危険な声が聞こえているのに、俺の躰は暗闇の中で全く動かなくなっていた。
必死にもがくのに、どんどん暗闇の奥深くへと体が沈み込んでいくのを止められない。

 そうだ。遥か昔、遠い昔のヨウも、こんな辱めを受けた。洋月……君も宮中で理不尽に躰を弄られて、必死に堪え痛みに我を忘れそうな辛い思いをした。

 バタンー

 その時……残酷に、扉がしまる音が響いた。

 逃げ出さないと。そうしないと大変なことになってしまう。それは重々承知しているのに、身動き一つ出来ない自分が、ただひたすらに悔しかった。

****

「遅いな」

 時間や約束には几帳面な奴だと思ったが、腕時計を見ると待ち合わせの時間からすでに十分経過していた。

 確かに空からこのホテルだと聞いていた。だがこのホテルには宿泊せずに、涼の実家にいることも聞いていたので、俺はさっきからずっとロビーの柱にもたれながら、ホテルの入り口を伺っていた。

「……来ないな」

 父親と十五年ぶりに再会するのだから、俺の方だって今日はあまり余裕ないぞ。そんな中お前が来ないと話にならないじゃないか。そんなイライラをぶつける相手が欲しくて、空に連絡をした。

「おい空、あいつが来ない。今何処にいるか知っているか」

 すぐに空の既読が付いた。

「おはよう。陸。そうなの? 今朝まで涼くんの家にいて、朝早くにホテルに行って帰国の荷物をまとめるって連絡はもらっているよ。何でも今日帰国したいらしいから」
「……そうなのか」
「何かあった?」
「いや……あいつの部屋番号教えてくれないか」
「え……どうして? 」
「待ち合わせ時間を過ぎても来ないからさ」
「あっ本当だ、もう15分も過ぎているね、荷物整理に手間取っているのかな」
「いいから教えろよ」
「分かったよ。えっとね、2408だよ」
「OKありがとうな。また報告する」
「あ……陸、何かあったら手伝うから、僕を呼んで」
「あぁ分かった。ありがとうな」

 さてと、これ以上待っても来なかったら部屋に行ってみようか。だがいきなり部屋を訪ねるのは躊躇するもんだ。結局そのままイライラと待っていると、ロビーを横切る人混みの中によく知った顔を見つけた。

「あいつ……なんでこんな所に? 」

 それは辰起だった。まさか洋の所に来たのか。一抹の不安が胸に過った。声をかけようと近づいていくと、辰起は誰かを見つけたらしく手を振りながら違う方向へと近づいて行った。

****

「Hi! Simon. 」(やあサイモン!)
「TATUKI!Thank you for asking.Is it really good?」(タツキ、声かけてくれてありがとうな!本当にいいのか?)
「Of course. He can already prepare.This is a key.」(もちろん、彼はもう準備出来ているよ、ほら、これが鍵だよ)
「Thank you !」(ありがとうな)
「Please enjoy yourself.」(ふふっ楽しんで!)

****

 よく聞こえないが、辰起は大柄な黒人男性と親しげに話し何かを手渡し、そのままホテルから出て行こうとしていた。一方男はニヤニヤと含み笑いを浮かべながらエレベーターへと向かっていた。

「まさか……」

 どちらを追うべきか一瞬迷ったが、黒人の男の後を追って同じエレベーターに乗り込んだ。
そして嬉しそうにニヤニヤしている男の手元を見ると、ホテルの客室のルームキーが握りしめられていた。

 必死に目を凝らして部屋番号を確認した。

 そうだ、俺は嫌な予感をすでにこの時感じ取っていたのだ。

 そして目に入って来た部屋番号は……やはり案じていた通り『2408』だった。

 それは洋のルームナンバーだ。あいつは今そこにいるはずだ。

 その瞬間、かっとした。

 エレベーターの中でその男にくるりと突然正面から向き合い、肩を掴んで渾身の力で腹のあたりを蹴り上げてやった。

「ぐはっ!」

 醜い蛙が潰れた様な声と共に、エレベーターがガタガタと大きく横に揺れた。


しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

処理中です...