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第8章
交差の時 4
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「どうして部屋にいない? 確かに部屋に戻ったって聞いたのにっ」
調べ上げたホテルの部屋に、あいつはいなかった。
いつまで経っても戻ってこなかった。
くそっ、このままじゃすまない! 僕のこと散々コケにしやがって!
沸々と沸き起こる怒りが収まらない。監督やカメラマンの手前、こあれ以上荒立てることが出来なくて、その場を退いたが、どうしても許せなかった。
時間が経てばたつほどSoilさんに殴られた傷がズキズキと痛み、その痛みはあの屈辱を思い出させる原動力となって僕を駆り立てる。
あいつ……あの月乃 涼にそっくりな洋と名乗るあの男は、ルーチェの編集部の空さんが連れて来たのは分かった。あの編集部には懇意にしている人がいるから、あの男が泊まっているホテルを割り出すのは簡単だった。
それにしても気に食わない。素人の癖に撮影現場にあんなに冷静に割り入り、僕の仕事を奪った。涼の従兄弟だからなのか、あまりに似ている二人の顔。そうだ……あの顔が僕の邪魔をする。きっとこの先も、じわじわと僕の仕事を奪っていくだろう。
孤児だった僕がどんな苦労をして何を犠牲にしてきたのか。養子になり子役になり、どうやって今の地位を築いたかは、誰も知らない。それは外からは絶対に見えないように、何重にも隠していることだから。僕は進む道を邪魔をする奴は徹底的に排除して、ここまでのし上がって来た。
だけど……ここ最近の僕は確かに少し変かもしれない。
今までだったら猫を被って通り過ぎることも出来たのに、我慢できなくなっている。ポケットに忍ばせたカッターナイフを指先でなぞると体がぞくっと震えた。
きっと本来の性格は攻撃的で排他的なんだろう。僕自身が少しずつ綻び始めているのを感じる。それならそれでいい。それならば僕の行く手を邪魔する奴を、攻撃して倒して行けばいいのだから。
「おい、タツキ? で、今日のデザートはどこだ? かなりの美人だって聞いたぜ。あぁもう待てない。早く寄こせ。好きにしていいって言っていただろう、躰が疼いてしょうがねぇ」
「っつ……五月蠅いな。……今日はなしだ」
「おいっ! それじゃ話が違うぜ」
「分かったよ。今日は僕が相手してやるよ……ねっ、その代り見つけた時はしっかり働いてよ」
「よしっ部屋はどこだ、早く行こうぜ」
僕にとって、こんなことは少しも苦痛じゃない。
だが、あの男にとってはどうだろう?
あの綺麗な顔を歪ませて……滅茶苦茶にしてやりたい。
絶対に見つけてやる。今度こそ邪魔が入らない場所で。
「くっ……くく…」
「おい、何がおかしい? 」
「いや、さぁ来て……抱かせてあげるよ」
****
「あの……それじゃ……おやすみなさい」
「洋くん、いい夢を。明日は私達と出かけましょうね」
「はい、あの……本当にありがとうございました」
朝さんが作ってくれた夕食を伯父さんと一緒に食べた。テーブルにはチキンパイやローストビーフなど、温かい手のこんだ料理がずらりと並んでいた。
立ち上がる香ばしいパイの香り。
ローストビーフを切り分ける湯気。
グラスに注がれた赤ワイン。
たわいもない会話をしながら、ごくありふれた日常の光景を見つめていると、遠い昔……まだ俺が本当に小さかったあの頃の記憶がふわりと蘇った。
まだ幼稚園の頃だったか。
『パパ~ママが呼んでるよぅ』
あれは確か……書斎にいる父を呼びに行って、広くて大きな父の背中に後ろから抱き着くと、そのまま軽々と俺を抱き上げてくれ母が用意した食卓に運ばれた。
背が高かった父の目線から見下ろした食卓には、鮮やかなご馳走が並んでいた。
『今日は洋の誕生日だもんな。ほらママがこんなにご馳走を用意してくれたんだぞ』
『わぁすごい!』
『おっと!暴れるな。落ちてしまうよ』
陽だまりのような色の想い出。
これは、とてもとても懐かしい……心の奥底にしまっていた大切な記憶だ。
もう忘れていた遠き日の想い出と、同じ色とにおいのする憧れていたこんな時間に、思わず涙が出そうになるほど感激した。
「ふぅ……今日は眠れるかな」
涼がつかっていたベッドに潜り込んでも、興奮状態がなかなか冷めなかった。今日は本当にいろいろあったから。トイレで突然切り付けられそうになったのを陸さんが助けてくれて……それで俺が陸さんと一緒にモデルをして、その後伯母が迎えに来てくれてこんな幸せな時間を過ごせたなんて。
なんだか幸せすぎて怖いくらいだ。
これが夢じゃありませんように……明日になっても続いていますように。
調べ上げたホテルの部屋に、あいつはいなかった。
いつまで経っても戻ってこなかった。
くそっ、このままじゃすまない! 僕のこと散々コケにしやがって!
沸々と沸き起こる怒りが収まらない。監督やカメラマンの手前、こあれ以上荒立てることが出来なくて、その場を退いたが、どうしても許せなかった。
時間が経てばたつほどSoilさんに殴られた傷がズキズキと痛み、その痛みはあの屈辱を思い出させる原動力となって僕を駆り立てる。
あいつ……あの月乃 涼にそっくりな洋と名乗るあの男は、ルーチェの編集部の空さんが連れて来たのは分かった。あの編集部には懇意にしている人がいるから、あの男が泊まっているホテルを割り出すのは簡単だった。
それにしても気に食わない。素人の癖に撮影現場にあんなに冷静に割り入り、僕の仕事を奪った。涼の従兄弟だからなのか、あまりに似ている二人の顔。そうだ……あの顔が僕の邪魔をする。きっとこの先も、じわじわと僕の仕事を奪っていくだろう。
孤児だった僕がどんな苦労をして何を犠牲にしてきたのか。養子になり子役になり、どうやって今の地位を築いたかは、誰も知らない。それは外からは絶対に見えないように、何重にも隠していることだから。僕は進む道を邪魔をする奴は徹底的に排除して、ここまでのし上がって来た。
だけど……ここ最近の僕は確かに少し変かもしれない。
今までだったら猫を被って通り過ぎることも出来たのに、我慢できなくなっている。ポケットに忍ばせたカッターナイフを指先でなぞると体がぞくっと震えた。
きっと本来の性格は攻撃的で排他的なんだろう。僕自身が少しずつ綻び始めているのを感じる。それならそれでいい。それならば僕の行く手を邪魔する奴を、攻撃して倒して行けばいいのだから。
「おい、タツキ? で、今日のデザートはどこだ? かなりの美人だって聞いたぜ。あぁもう待てない。早く寄こせ。好きにしていいって言っていただろう、躰が疼いてしょうがねぇ」
「っつ……五月蠅いな。……今日はなしだ」
「おいっ! それじゃ話が違うぜ」
「分かったよ。今日は僕が相手してやるよ……ねっ、その代り見つけた時はしっかり働いてよ」
「よしっ部屋はどこだ、早く行こうぜ」
僕にとって、こんなことは少しも苦痛じゃない。
だが、あの男にとってはどうだろう?
あの綺麗な顔を歪ませて……滅茶苦茶にしてやりたい。
絶対に見つけてやる。今度こそ邪魔が入らない場所で。
「くっ……くく…」
「おい、何がおかしい? 」
「いや、さぁ来て……抱かせてあげるよ」
****
「あの……それじゃ……おやすみなさい」
「洋くん、いい夢を。明日は私達と出かけましょうね」
「はい、あの……本当にありがとうございました」
朝さんが作ってくれた夕食を伯父さんと一緒に食べた。テーブルにはチキンパイやローストビーフなど、温かい手のこんだ料理がずらりと並んでいた。
立ち上がる香ばしいパイの香り。
ローストビーフを切り分ける湯気。
グラスに注がれた赤ワイン。
たわいもない会話をしながら、ごくありふれた日常の光景を見つめていると、遠い昔……まだ俺が本当に小さかったあの頃の記憶がふわりと蘇った。
まだ幼稚園の頃だったか。
『パパ~ママが呼んでるよぅ』
あれは確か……書斎にいる父を呼びに行って、広くて大きな父の背中に後ろから抱き着くと、そのまま軽々と俺を抱き上げてくれ母が用意した食卓に運ばれた。
背が高かった父の目線から見下ろした食卓には、鮮やかなご馳走が並んでいた。
『今日は洋の誕生日だもんな。ほらママがこんなにご馳走を用意してくれたんだぞ』
『わぁすごい!』
『おっと!暴れるな。落ちてしまうよ』
陽だまりのような色の想い出。
これは、とてもとても懐かしい……心の奥底にしまっていた大切な記憶だ。
もう忘れていた遠き日の想い出と、同じ色とにおいのする憧れていたこんな時間に、思わず涙が出そうになるほど感激した。
「ふぅ……今日は眠れるかな」
涼がつかっていたベッドに潜り込んでも、興奮状態がなかなか冷めなかった。今日は本当にいろいろあったから。トイレで突然切り付けられそうになったのを陸さんが助けてくれて……それで俺が陸さんと一緒にモデルをして、その後伯母が迎えに来てくれてこんな幸せな時間を過ごせたなんて。
なんだか幸せすぎて怖いくらいだ。
これが夢じゃありませんように……明日になっても続いていますように。
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