重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
437 / 1,657
第7章 

上弦の月 1

しおりを挟む
 さてと、涼へのお見舞いに何を持っていこうか。涼も洋と同じで甘いもの好きだから、菓子パンとかがいいかな? パンといえばやっぱりクリームパンだよな。クリームパンといえば実家近くの『Moon』っていう店のが美味しいんだよな。

 よしっ可愛い涼のためだ。ちょっと寄り道して買いに行こう。

 そんな理由で、俺は涼の病院へ向かうために乗っていた電車を途中下車した。

「おー久しぶりだ! 懐かしい」

 駅から商店街へと抜けるごみごみとした道は、俺が中学生の頃から少しも変わっていない。商店街の中ほどにある赤レンガの外壁のパン屋に寄るのが目的だが、久しぶりの懐かしい風景につい歩く速度が遅くなってしまう。

 そんな俺のことを下校途中の学ランの少年たちが追い抜かして行く。笑い転げながら走り抜けていく学生の後ろ姿を眺めていると、かつての俺たちと記憶が重なっていく。

 俺達にもあんな屈託のない日々があった。

 中学生の頃だった。あれは……俺も洋もまだ学ランを着ていた頃のことだ。

****

「洋、もう帰るのか。俺も今日は部活ないんだ。一緒に帰ろうぜ! 」

 下校の仕度をしている洋を見つけ廊下から話しかけると、何故だか気まずそうに顔を反らされてしまった。

「どうしたんだよ、洋? 」
「……安志……いいよ。また揶揄われるよ。お前に悪い」
「何言ってんだよ。そんなの俺は気にしない」
「でも……」
「さぁ帰ろうぜ」
「あっうん」

 まったく洋の奴、最近ますます元気がない。覇気がないっていうのか。もうお母さんが亡くなって一周忌の法要も終えたのだから、そろそろもう少し元気になってもいいのに……本当にどうしたんだよ。変だぞ。俺たちが仲良すぎるのを冷やかす奴もいるが、そんなこと気にしない。それにしても……とぼとぼと重い足取りで俺の後ろをついてくる姿が、なんだか痛々しいよ。

「なぁずっと元気ないけど何かあったのか。もしかして、新しいお父さんとうまくいってない?」
「……いや、よくしてもらってるよ、血もつながらない俺なんかのこと、母が亡くなってしまったのにそのまま面倒みてくれて……感謝しているよ」
「そうか、ならいいけど。じゃあ他に何か気になることでもあるのか」
「そういえば……変なこと聞いてもいいかな」
「なんだ? 」
「安志はさ、お父さんとお風呂まだ一緒に入ることあるか。中学生になっても一緒に入るのって変なものか」
「はっ? 」
「あっいや……ほら、俺の本当の父さんは小さい頃に亡くなったから、そういう記憶がなくて……普通どうなのかなって急に思っただけだから、気にするなよ」

 言い訳がましく言葉を付け加えながら焦っている洋の様子を不思議に思いながら、随分唐突に変なこと聞くもんだと思った。

「まぁ流石に家の風呂じゃ狭いしもう入らないけど、銭湯にでもいきゃ今でも一緒に入るしな。はははそれは、当たり前か」
「そうだよね。銭湯か……」
「お坊ちゃまな洋は行ったことないのか」
「いや……そうか…そうだね。そう思うよ」
「何が? 」
「あいや、それより安志お腹空かない? 」
「おっ寄り道するか」

 これ以上この話を続けたくない素振りを洋が見せたので、俺も話を切り替えた。

 洋と俺の買い食いの定番は、地元のパン屋のクリームパンって決まっている。ここのクリームパンはカスタードがもったりしていてバニラビーンズの甘く香ばしい香りがぷーんとして、本当に美味しいんだ。店内で焼いているので焼きたては格別だ。ちょうど下校時間の四時過ぎが焼き上がり時間なので、店の前を通るとパンの良い香りで俺達を誘ってくる。

「んっ美味しそうなにおいだな」

 洋もその綺麗な顔をほころばせた。

 本当にこいつ同じ男なのかってたまに思ってしまうほど、俺の幼馴染の洋は皆に自慢したくなるほどの美人だ。まぁ、その……男に美人って表現は変かもしれないが、そう思うんだから仕方がない。クラスの女子なんかよりもずっと綺麗で優しいし、とにかく俺の大事な幼馴染だ。

 でも不幸続きで……お父さんを早くに亡くして、去年はお母さんまで。そのせいか儚げな雰囲気が更に増して……つい俺が守ってやりたくなってしまう。その気持ちが年々強くなってきて困ってしまう。

 校則で禁止されているので、寄り道が見つからないように手早くクリームパンを二個買って、洋とそのままダッシュした。商店街から小道に入った所の小高い丘の上に寺があって、その境内にちょうど見晴らしの良いとっておきの場所があるんだ。

 そこでそのまだ温かいクリームパンを二人で頬張ると、何とも言えない甘い味が口腔内に広がっていく。

「うまいな」
「うん」

 目を伏せてうっとりと味わうような仕草をする洋は、本当に可愛くて、ちょっと色っぽい。
そんな表情に俺もつい笑顔になってしまう。甘党の洋の小さい頃からの大好物がクリームパンだってことを俺は知っている。だから買い食いには、いつもクリームパンしか選ばない。

(新しいお父さんは買ってくれないのか)

 そんな言葉が出かかったが飲み込んだ。洋はあまり今の家庭のことを話したくないようだし、触れられたくないようだ。

 俺の視線に気が付いた洋が、じっとその黒目がちな目で俺のことを見つめ返してくる。その口の端に黄色いカスタードクリームがちょんっと付いているのが妙に艶めかしくて、心臓がドクンと飛び跳ねてしまった。薄く上品に整った、桜色に色づいた口元はいつみても色っぽい。
男に色っぽいとかって、やっぱり俺おかしいのかな。

「どうした? 」
「いっいや」

 小首を傾げてのぞき込まれて、なんとも言えない気持ちになって大きく一歩退いてしまった。本当はその口の端についたクリームをペロッと舐めてみたかった。

しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
────妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの高校一年生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の主人公への好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?

処理中です...