重なる月

志生帆 海

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第5章

暁の星 9

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日本──

「あっやばいな、憲法の講義って一番遠い棟じゃなかったか」
「えっそうだった? 俺まだ校舎のこと把握してなくて」

 山岡が焦って言うので手帳に挟んでおいたキャンパスマップを確認すると、一コマ目の憲法の教室は確かに大学の正門から一番遠い棟にあった。

「まずいな。間に合うかな」
「月乃、走るぞ」
「OK! 」

 走るのは得意だ。リュックを肩に背負い、靴紐を締めて一気に加速していく。

「わっ! 速っ! 」

 後方で山岡の上ずった声が聞こえた。

「ほらっ!置いてくぞ」

 冗談っぽく告げると山岡もムキになったのか、かなりスピードを上げて来た。

「おっ山岡も結構やるな! 」
「お前こそっ速すぎだろっ」

 山岡もなかなかの俊足だ。俺と肩を並べるほど勢いよく加速してくるので驚いた。

 校舎の棟に着いて時計を見たら、まだ五分前だった。流石に朝からいきなり走ったので息が上がり、汗が噴き出た。

「はぁはぁ……お前足速いんだな。月乃は高校では何のスポーツをやっていたんだ?」
「陸上だよ」
「おーやっぱり、走り方がすごく綺麗だと思った。フォームが出来ているんだな」
「ありがとう、君は?」
「俺はバスケだよ」
「なるほど。背も高いしフットワーク軽そうだな」
「おっと遅刻するよ」

 階段をのぼりながら、ポンっと山岡に肩を組まれる。

「なぁ月乃~今日バスケ部の見学一緒に行こうぜ」
「バスケ? いいよ。いろんなところを見たいし」
「いやいや俺と一緒にバスケ部に入部しないか」
「えっ? 」
「俺さ、お前みたいに俊足の奴を探していたんだ。お前きっとバスケもうまいだろ? 」
「うーんどうかな。アメリカではよくやっていたけど」
「やっぱりな!決まりだな」
「おいっ僕は……勝手に決めるな」

 山岡とは気が合いそうだ。ちょっと強引だが、入学早々仲良くできそうな奴と知り合えてよかった。

****

 講義の合間にそっと手帳を開いた。

 安志さんが出張に行ってしまう日を丸で囲むと、思わずため息が漏れた。そして帰国日までの日数をシャープペンで横に線を引きながら数えてみた。

 ふぅ……やっぱり寂しいな。会えない日が六日もある。

 クラブにでも早く入れば、そんな寂しい気持ちを埋めることが出来るだろうか。そう思うとさっき山岡に誘われたバスケットボール部にも興味が出てきた。

 まぁ見学くらい、付き合ってやるか。

 でもやはり心は落ち込んだままだ。僕は日本に親戚もいないし、安志さんがいないと無性に心細い。せめて安志さんの写真でもあれば……

 あっそういえば僕は安志さんとまだ写真を撮っていない。写真が欲しい! そう思うと、心が幾分晴れてきた。今日は安志さん仕事忙しいかな? 会社の近くまで会いに行ってもいいだろうか。

 講義が終わったところで、早速僕は急いで安志さんにメールを打った。

ー 安志さん、今日仕事何時に終わる?会社の近くまで行ってもいい? -

 要件だけを急いで入力し、送信した。

「誰にメール?」

 突然頭上から声がして慌ててスマホの画面を消した。

「えっ? あ……なんだ山岡か」
「嬉しそうに打ってたな。彼女? 」
「そんなんじゃないよ、ちょっと野暮用」
「月乃って向こうでモテモテだっただろう。カッコイイもんな」
「僕が?」

 思わず苦笑してしまった。

 残念ながらカッコイイというのは、正直ほとんど言われたことがない。綺麗とか美人とか可愛いというのが圧倒的だった。それに女の子よりは男にモテたとは流石に山岡には言いたくない。

「次のコマいきなり休校だって、一コマ空いたから早速バスケ部の見学行こうぜ」
「了解!」

****

 ボールの弾む音がする。走り回る足音がドンドンっと響いてくる。

 バスケットボール部が練習をしている体育館に足を踏み入れた途端、部員の数人が大声で叫びながら近寄って来た。

「おおおおおお! 山岡じゃないか~待っていたぞ! 」
「やっとアメリカから戻ったんだな~バスケ部入るだろう」
「お前なら即戦力だ!」

 僕は、山岡が背が高い連中にもみくちゃに歓待される様子を隣で唖然と見ていた。へぇ山岡は有名なのか。随分と知り合いが多いな。ふとその中の一人が僕と目が合って話しかけてきた。何故か見下されているようなこの身長差やりにくいな。僕だって175cmあって小さい方じゃないのに……バスケやるやつはみんな190cm近いんじゃないか。

「ところで君は誰?」
「えっと」

 山岡が気が付いたようで、僕の横に来て背中をバンバン叩いてくる。

「あーこいつ。九月入学の同級生なんだけど足がすごく速いんだ。それにカッコいいから俺がスカウトしてきた!」
「ぷっ! カッコイイ? というより美人だな~」
「何? 美人? 」

 そんな声で山岡のところに群がっていた奴らが代わる代わる僕の顔を覗き込む。こんなことはいつものことだ。慣れているから僕も余裕の笑みで微笑み返し、とりあえず挨拶をする。

「月乃といいます。山岡くんに誘われて見学に来ました」
「へぇ山岡の推薦? こんな女みたいな細い奴が大丈夫か」

 その言葉に思わずむっとしてしまう。

「おい、月乃のこと馬鹿にすんなよ。こいつきっとバスケすごくうまいぜ」

 山岡がムキになってその侮蔑のこもった視線を遮った。そんな応戦が心地良かった。この女顔の第一印象で見下されるのは心外だから。

 僕は運動なら全般得意だし、バスケは本場仕込みだ。負けていないはずだ。

「へぇ~じゃあ一戦しようぜ」
「あぁいいよ、月乃やろうぜ。いいだろ? 」

 やれやれ、どうしてこういう展開なんだか。でも無性に躰を動かしたくなってきたから、応じることにした。

「OK!」
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