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第5章
太陽の影 6
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「ただいま電話に出れません。メッセージのある方は…」
丈、頼む……出てくれ。
何度目かの電話もやはり通じなかった。
願いは届かない。
オペ中かもしれないな。俺は時計にちらりと目をやる。もう家を出ないと今日のニューヨーク行きの便には間に合わない。仕方がない。一人で行こう。もともと無理だったんだ。丈には医師としての仕事があるのだから……俺のこんな私的ことに付き合って欲しいなんて、おこがましいよな。
ー
丈、悪い。
急用が出来て、今日からの六日間の夏休みはアメリカの父に別荘に行くことにした。帰ってきたらちゃんと理由を話す。向こうにはKentもいるし大丈夫。
もう何も起こらないし起こすつもりもないから、心配するな。
ー
あの手紙で俺の想いはちゃんと伝わっただろうか。離陸していく飛行機の窓の外を見下ろすと、眼下には仁川空港の夜景が広がっている。まるで空港の空港滑走路誘導灯は煌く星のようだ。
向こうに着いたらすぐに義父と会って涼から目を離すように促して……涼を守ってやる。涼には俺のような辛く哀しい人生を歩んで欲しくない。
俺は五年前に丈という星を見つけた。だから大丈夫。もう一人じゃないから……大丈夫。きっと出来るはずだ。
いやそれは嘘だ。
本当は不安で怖い。一人で義父のもとへ行くのは怖い。
自問自答しながら俺は目を閉じる。
考えても無駄だ。俺はもう一人で飛行機に乗って移動している。
丈……必ずそこへ戻るから待っていて欲しい。
****
「丈先生オペお疲れさまでした!相変わらすのすごい腕ですね!今日は特に気合いはいっていましたね」
「ははっ明日から夏休みだからな」
「あっそうでしたね。ゆっくり休養してきてください。恋人と旅行にでも行かれるのですか?」
「まぁな」
「わぁいいですね。羨ましいです」
オペが終わり後輩と雑談をしながらロッカールームに戻り、シャワーを浴びた。
今日から洋が仕事が六日間オフになることは少し前に教えてもらっていた。だから、私もサプライズで慌てて夏休みを同時期に取った。今朝、洋が熱を出してしまっていたから言いそびれたが、帰ったら驚くだろう。明日熱が下がっていたら、洋が行きたいところへ連れて行ってやろう。そう考えると楽しい気分になってくる。
着替えながらスマホを開くと、電話が何件も入っていた。何事だ?
「洋?」
全部、洋からだった。一体どうした? 熱が上がって苦しいのか。
だが留守番電話に、メッセージは残されていなかった。
どうした?
不安な気持ちを沸いてくる。とりあえず急いで、洋の待つ丘の上の一軒家へ戻ることにした。
「丈先生お疲れさまでした」
「あぁ」
「運転お気をつけて、よい夏休みを!」
洋はこの五年間で随分逞しくなった。前のように儚げなところや他人に冷たいところはずっと少なくなり、心穏やかに過ごしていた。
だが……何故だか今回は嫌な胸騒ぎがする。洋、君はまた勝手なことをしていないよな?
いつでもどんな時でも、まず私を頼れ。
頼ることは恥ずかしいことではないと、何度も言っているだろう。
まったく、洋は一人で頑張りすぎてしまうんだ。危なっかしくて見ていられない。
丈、頼む……出てくれ。
何度目かの電話もやはり通じなかった。
願いは届かない。
オペ中かもしれないな。俺は時計にちらりと目をやる。もう家を出ないと今日のニューヨーク行きの便には間に合わない。仕方がない。一人で行こう。もともと無理だったんだ。丈には医師としての仕事があるのだから……俺のこんな私的ことに付き合って欲しいなんて、おこがましいよな。
ー
丈、悪い。
急用が出来て、今日からの六日間の夏休みはアメリカの父に別荘に行くことにした。帰ってきたらちゃんと理由を話す。向こうにはKentもいるし大丈夫。
もう何も起こらないし起こすつもりもないから、心配するな。
ー
あの手紙で俺の想いはちゃんと伝わっただろうか。離陸していく飛行機の窓の外を見下ろすと、眼下には仁川空港の夜景が広がっている。まるで空港の空港滑走路誘導灯は煌く星のようだ。
向こうに着いたらすぐに義父と会って涼から目を離すように促して……涼を守ってやる。涼には俺のような辛く哀しい人生を歩んで欲しくない。
俺は五年前に丈という星を見つけた。だから大丈夫。もう一人じゃないから……大丈夫。きっと出来るはずだ。
いやそれは嘘だ。
本当は不安で怖い。一人で義父のもとへ行くのは怖い。
自問自答しながら俺は目を閉じる。
考えても無駄だ。俺はもう一人で飛行機に乗って移動している。
丈……必ずそこへ戻るから待っていて欲しい。
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「丈先生オペお疲れさまでした!相変わらすのすごい腕ですね!今日は特に気合いはいっていましたね」
「ははっ明日から夏休みだからな」
「あっそうでしたね。ゆっくり休養してきてください。恋人と旅行にでも行かれるのですか?」
「まぁな」
「わぁいいですね。羨ましいです」
オペが終わり後輩と雑談をしながらロッカールームに戻り、シャワーを浴びた。
今日から洋が仕事が六日間オフになることは少し前に教えてもらっていた。だから、私もサプライズで慌てて夏休みを同時期に取った。今朝、洋が熱を出してしまっていたから言いそびれたが、帰ったら驚くだろう。明日熱が下がっていたら、洋が行きたいところへ連れて行ってやろう。そう考えると楽しい気分になってくる。
着替えながらスマホを開くと、電話が何件も入っていた。何事だ?
「洋?」
全部、洋からだった。一体どうした? 熱が上がって苦しいのか。
だが留守番電話に、メッセージは残されていなかった。
どうした?
不安な気持ちを沸いてくる。とりあえず急いで、洋の待つ丘の上の一軒家へ戻ることにした。
「丈先生お疲れさまでした」
「あぁ」
「運転お気をつけて、よい夏休みを!」
洋はこの五年間で随分逞しくなった。前のように儚げなところや他人に冷たいところはずっと少なくなり、心穏やかに過ごしていた。
だが……何故だか今回は嫌な胸騒ぎがする。洋、君はまた勝手なことをしていないよな?
いつでもどんな時でも、まず私を頼れ。
頼ることは恥ずかしいことではないと、何度も言っているだろう。
まったく、洋は一人で頑張りすぎてしまうんだ。危なっかしくて見ていられない。
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