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第4章
時を動かす 18
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PCの前でうたた寝をしてまったので、もう夜更け過ぎだ。
洋は眠ってしまっただろうが構わない。洋の温もりに今すぐ触れたくて部屋を訪ねる。
ートントン
ノックをしても返事がないので、そっと部屋に入ると、洋はすやすやと安定した寝息をたてながらベッドに丸まるような体勢で眠っていた。その美しい寝顔に洋と初めて会った夜を思い出す。あの日天使のような寝顔を見た途端、すぐに全身の血が逆立つほどの既視感を感じた。あれから随分の時が過ぎた。
洋と過ごすうちに少しずつ明らかになってくる事実に最初は頭が付いていかなかった。だが私の躰の奥深いところが覚えていた。
私達は遠い昔、運命のように出逢い躰を重ね、想いを分かち合った仲だった。
謎が解け、暫くの間は想いを重ね合う幸せな時間だった。だがそんな幸せを裂くように降りかかった忌々しい事件が起こり、一旦は洋からの別れを切り出されもした。そして二人で逃避行の末この国に辿り着いた。
私達は二人で運命に弄ばれながらも、しっかり乗り越えて来たのだ。そのことに自信を持とう。
私はそっと洋に添い寝をするような形で布団に潜りこんだ。そして横を向いて躰をまるで赤子のように丸めて眠る洋を抱きしめた。きゅっと腕に力を込めれば、相変わらず折れそうな位細い躰だ。
こんな華奢な躰で、アメリカでひとりで頑張って来たんだな。黒いくせ毛の長めの襟足を手で掻き分け、ほっそりとしたうなじが探し、そこに口づけを落とす。
ちゅっ……ちゅっ。
寝ている洋に、心を込めて口づけする。
「んっ」
洋が夢現で反応し出す。その甘い声に誘われるように洋の顎を掬い、形の良い唇を舐める。そして薄く開いた口の中に舌を挿入し口腔を弄り唇を吸ってやる。
美味しくて可愛くて……とまらない。
息苦しくなった洋が睫毛を震わせ、うっすらと眼を開けた。まだ焦点の合わない顔でぼんやりとしている。
「洋、起きたか」
「んっ……何? じょ…う……」
「さっきはすまなかった」
「いや……俺こそごめん」
「洋が謝ることじゃない」
洋を私の腕の中にもう一度すっぽりと包み、手の平で躰のラインに沿って優しく愛撫しながら、私は心の声を外に出していく。世の中には、口に出して話さないと伝わらないことがあると、洋月が教えてくれた『言の葉』を信じて……愛する人への言葉は古来から歌に載せ、言葉に載せて語られた。
「洋、私は本当は寂しかったのだ。洋が一人でアメリカに行き、すべて一人で解決してしまって……それにやはり私は洋を泣かせた相手をそんなに簡単に許せない。たとえ洋が許しても……私はそんなにすんなり許せない。心が狭い人間なんだ。私は洋に嫉妬していた。どんどんしっかり自分の道を歩みだしていくのが、私の手元から離れて行くようで怖かった。洋、どこにも行かないよな? まだ傍にいてくれるよな」
話し出せば、心の声はどんどん止まることなく外に流れ出して行く。
「……丈、俺……ほっとした」
「ほっとした?」
「ん……丈は俺より年上でいつだって大人だったから、俺、いつまでも甘える子供みたいな気分でいて。丈をね、好きになれば好きになるほど、俺も丈を対等に愛したくなったんだ。今みたいに丈の弱い部分を話してもらえて凄く嬉しい。初めてだな、こういうの」
「弱い部分か……確かに今まで外に出したことはなかったな」
「うん……だから嬉しい、いつも俺の不安ばかり聞いてもらっていたから。俺だって少しは頼りになるって思われたい。だから丈の気持ちをこんな風に自然に話せてもらえて嬉しいよ。凄く」
洋が腕の中で、ふんわりと花が咲くような優しい笑顔になっていく。楚々とした上品な笑顔はいつ見ても、見惚れてしまうほど穢れなく美しい。
「洋……」
「それから、俺がアメリカで一人で頑張れたのは、丈がいるからだよ。丈がまるで港のように俺をいつでも受け止めてくれるという安心感があるから、俺は勇気を出せたんだよ。一人だったら解決なんて出来なかった。みんな丈のお陰だよ。丈の存在が俺を強くしてくれている」
心を素直に話してみれば、わだかまりなんてあっという間に解けていく。
「洋、欲しい……今すぐ求めてもいいか」
洋は途端にぱっと顔を赤らめ、コクリと頷いた。
「丈……俺……待っていた」
洋は眠ってしまっただろうが構わない。洋の温もりに今すぐ触れたくて部屋を訪ねる。
ートントン
ノックをしても返事がないので、そっと部屋に入ると、洋はすやすやと安定した寝息をたてながらベッドに丸まるような体勢で眠っていた。その美しい寝顔に洋と初めて会った夜を思い出す。あの日天使のような寝顔を見た途端、すぐに全身の血が逆立つほどの既視感を感じた。あれから随分の時が過ぎた。
洋と過ごすうちに少しずつ明らかになってくる事実に最初は頭が付いていかなかった。だが私の躰の奥深いところが覚えていた。
私達は遠い昔、運命のように出逢い躰を重ね、想いを分かち合った仲だった。
謎が解け、暫くの間は想いを重ね合う幸せな時間だった。だがそんな幸せを裂くように降りかかった忌々しい事件が起こり、一旦は洋からの別れを切り出されもした。そして二人で逃避行の末この国に辿り着いた。
私達は二人で運命に弄ばれながらも、しっかり乗り越えて来たのだ。そのことに自信を持とう。
私はそっと洋に添い寝をするような形で布団に潜りこんだ。そして横を向いて躰をまるで赤子のように丸めて眠る洋を抱きしめた。きゅっと腕に力を込めれば、相変わらず折れそうな位細い躰だ。
こんな華奢な躰で、アメリカでひとりで頑張って来たんだな。黒いくせ毛の長めの襟足を手で掻き分け、ほっそりとしたうなじが探し、そこに口づけを落とす。
ちゅっ……ちゅっ。
寝ている洋に、心を込めて口づけする。
「んっ」
洋が夢現で反応し出す。その甘い声に誘われるように洋の顎を掬い、形の良い唇を舐める。そして薄く開いた口の中に舌を挿入し口腔を弄り唇を吸ってやる。
美味しくて可愛くて……とまらない。
息苦しくなった洋が睫毛を震わせ、うっすらと眼を開けた。まだ焦点の合わない顔でぼんやりとしている。
「洋、起きたか」
「んっ……何? じょ…う……」
「さっきはすまなかった」
「いや……俺こそごめん」
「洋が謝ることじゃない」
洋を私の腕の中にもう一度すっぽりと包み、手の平で躰のラインに沿って優しく愛撫しながら、私は心の声を外に出していく。世の中には、口に出して話さないと伝わらないことがあると、洋月が教えてくれた『言の葉』を信じて……愛する人への言葉は古来から歌に載せ、言葉に載せて語られた。
「洋、私は本当は寂しかったのだ。洋が一人でアメリカに行き、すべて一人で解決してしまって……それにやはり私は洋を泣かせた相手をそんなに簡単に許せない。たとえ洋が許しても……私はそんなにすんなり許せない。心が狭い人間なんだ。私は洋に嫉妬していた。どんどんしっかり自分の道を歩みだしていくのが、私の手元から離れて行くようで怖かった。洋、どこにも行かないよな? まだ傍にいてくれるよな」
話し出せば、心の声はどんどん止まることなく外に流れ出して行く。
「……丈、俺……ほっとした」
「ほっとした?」
「ん……丈は俺より年上でいつだって大人だったから、俺、いつまでも甘える子供みたいな気分でいて。丈をね、好きになれば好きになるほど、俺も丈を対等に愛したくなったんだ。今みたいに丈の弱い部分を話してもらえて凄く嬉しい。初めてだな、こういうの」
「弱い部分か……確かに今まで外に出したことはなかったな」
「うん……だから嬉しい、いつも俺の不安ばかり聞いてもらっていたから。俺だって少しは頼りになるって思われたい。だから丈の気持ちをこんな風に自然に話せてもらえて嬉しいよ。凄く」
洋が腕の中で、ふんわりと花が咲くような優しい笑顔になっていく。楚々とした上品な笑顔はいつ見ても、見惚れてしまうほど穢れなく美しい。
「洋……」
「それから、俺がアメリカで一人で頑張れたのは、丈がいるからだよ。丈がまるで港のように俺をいつでも受け止めてくれるという安心感があるから、俺は勇気を出せたんだよ。一人だったら解決なんて出来なかった。みんな丈のお陰だよ。丈の存在が俺を強くしてくれている」
心を素直に話してみれば、わだかまりなんてあっという間に解けていく。
「洋、欲しい……今すぐ求めてもいいか」
洋は途端にぱっと顔を赤らめ、コクリと頷いた。
「丈……俺……待っていた」
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