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第4章
時を動かす 16
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「丈、これ……」
そっと俺はポケットから月輪の欠片を取り出し、丈の手の平に乗せた。
「これは、まさか! 」
「分かるか……俺の月輪の欠けた部分だ」
「あっあぁどこで見つけた? これは確か……あの日」
そう言いかけた丈が、しまったという顔をした。
「すまない。嫌なことを思い出させたな」
そうだよ……これは丈が思い出したくない、俺が義父に犯された日に壊されたものだ。
今から俺がアメリカで決断してきた事を、きちんと間違えずに丈に伝えられるだろうか。アメリカからは詳しいことは話せず、ただ父と会えた事と間もなく帰国する事しか伝えられなかった。
電話では話し難かった。丈の眼を見て、きちんと話したかった。
少し青ざめていていただろうか。俺は……丈がそっと俺の頬を、その温かい手の平で包んでくれる。
「大丈夫か。無理するな」
「大丈夫だ」
「話せるのか」
「あぁ話したい」
「じゃあ話して欲しい。アメリカで何があった? 」
「……欠片は父の胸ポケットに入っていて命の盾になったんだ。つまりこれが父の心臓を銃弾が貫くのを食い止めたそうだ。父は俺にこれを返したくて肌身離さず持っていたらしい。俺はこれを返してもらった時に、父のしたことを……許したいと努力しようと思った」
「そうだったのか」
「丈、怒っているか。俺が父を許そうとしていることを。もしかして……簡単に許そうとしていると思っているか」
「そんなことはないが、ただ……」
****
必死に話そうとする洋の様子が痛々しく感じる。
洋からは旅行中一度も連絡はなかった。私の声を聴くと決心が揺らぐから連絡はしないと言って旅立ったしな。
最初は親父さんに会う勇気がないと落ち込み部屋に籠っていたそうだ。でもある日を境に会うことができて、どうやら少なからず和解の方向に向かったらしいというざっくりとした話はkaiから聞いたが、kaiは洋が義父に犯されたことは知らないから単純に親子のわだかまりが取れて良かったと思っているようだった。
だから帰国するまで私は本当に心配していた。月輪のネックレスが冷たくなるたびに私は心配で不安で胃がキリキリと痛んだ。予定よりも一週間も遅れ帰国の連絡をもらった時は、嬉しくてほっとしてアメリカまで迎えに行きたい程だった。だから空港で元気そうに笑みを浮かべる洋を見た途端、人目も気にせず抱きしめたくなってしまった。
洋は成長している。もう私の背中に隠れて泣いているような弱い人ではなくなった。そのことが嬉しくもあり少し寂しくもある。そして今まさに過去の自分の傷に触れながら、私にアメリカでの出来事を一生懸命話そうとしている。
あの月輪のネックレスの欠片を手の平に乗せられ、洋の口から告げられたアメリカでの親父さんとのやりとりは衝撃的だった。もしも私が洋の立場だったら、同じ判断を下せただろうか。
洋は本当に強く前向きになった。
それが嬉しい反面、ドロドロとした感情が沸き起こるのも事実だ。
「それで、もう許せたのか……洋は」
「まだ完全ではない。完全なんてきっと一生無理かもしれない。だが確実に今も……許したいと願っているのは事実だ。とにかくそういう訳で結局、父のこともKentのことも前向きに考え歩み寄って……帰国した。丈は……丈はどう思った? この話」
「……」
すぐにうまい言葉が浮かばず少し間があくと、洋はますます不安そうな表情になっていった。
「やっぱり嫌だったよな。こんな話……俺の決断を簡単に受け入れられないよな」
確かに嫌がる洋を凌辱し、その後も執拗に脅して来た相手だ。私の中では正直そんなに簡単に許せる相手ではない。だが被害者だった洋が許したいと言っているのを、私が反対できるはずないじゃないか。
洋の判断は正しい。間違ってはいないはずだ。
でも私の中で何かがモヤモヤしてしょうがない。洋のこととなるとまるで物を盗られた子供みたいに嫉妬して、冷静でいられない自分がおかしくて、つい苦笑を漏らしてしまう。一緒にアメリカに付いていけなかった分、理解できないものが大きいようだ。
「洋も疲れているだろう。今日はもうここまでにしよう」
洋が手を伸ばせば届く距離で心配そうに震えているのに、抱きしめてやることが出来ない自分が嫌になる。
これは洋の決断への嫉妬か……洋の親父さんへの嫉妬なのか。この感情は何という醜い感情なんだ? こんな感情、私は知らなかった。私もこんなに人間臭いとはな。
とにかく少し頭を冷やさなくてはと思ってしまった。
****
「話は分かったよ。今日は長旅で疲れただろう、もう寝ろ。私はリビングで仕事をして来るから」
丈は俺の手を引いて、ベッドに寝かせてくれた。
「え? あぁ……おやすみ」
呆気なく振り向きもせずに、丈がドアを閉めて行ってしまった。
え……本当にそのまま行ってしまうのか。二週間ぶりなのに丈は平気なのか。俺はずっと我慢していたのに。
意外なほどあっさりとした丈の態度に拍子抜けしてしまった。冷たいベッドの中で、丈に会えて……恋しくて……求めている躰がどんどん勝手に熱を帯びてきてしまう。
それなのに丈が隣にいない。
抱きしめてくれない。
隣にいて欲しいのに、行ってしまうのか。
「待って……行かないで欲しい」
やっと声が出たときには、もう丈はいなかった。
そっと俺はポケットから月輪の欠片を取り出し、丈の手の平に乗せた。
「これは、まさか! 」
「分かるか……俺の月輪の欠けた部分だ」
「あっあぁどこで見つけた? これは確か……あの日」
そう言いかけた丈が、しまったという顔をした。
「すまない。嫌なことを思い出させたな」
そうだよ……これは丈が思い出したくない、俺が義父に犯された日に壊されたものだ。
今から俺がアメリカで決断してきた事を、きちんと間違えずに丈に伝えられるだろうか。アメリカからは詳しいことは話せず、ただ父と会えた事と間もなく帰国する事しか伝えられなかった。
電話では話し難かった。丈の眼を見て、きちんと話したかった。
少し青ざめていていただろうか。俺は……丈がそっと俺の頬を、その温かい手の平で包んでくれる。
「大丈夫か。無理するな」
「大丈夫だ」
「話せるのか」
「あぁ話したい」
「じゃあ話して欲しい。アメリカで何があった? 」
「……欠片は父の胸ポケットに入っていて命の盾になったんだ。つまりこれが父の心臓を銃弾が貫くのを食い止めたそうだ。父は俺にこれを返したくて肌身離さず持っていたらしい。俺はこれを返してもらった時に、父のしたことを……許したいと努力しようと思った」
「そうだったのか」
「丈、怒っているか。俺が父を許そうとしていることを。もしかして……簡単に許そうとしていると思っているか」
「そんなことはないが、ただ……」
****
必死に話そうとする洋の様子が痛々しく感じる。
洋からは旅行中一度も連絡はなかった。私の声を聴くと決心が揺らぐから連絡はしないと言って旅立ったしな。
最初は親父さんに会う勇気がないと落ち込み部屋に籠っていたそうだ。でもある日を境に会うことができて、どうやら少なからず和解の方向に向かったらしいというざっくりとした話はkaiから聞いたが、kaiは洋が義父に犯されたことは知らないから単純に親子のわだかまりが取れて良かったと思っているようだった。
だから帰国するまで私は本当に心配していた。月輪のネックレスが冷たくなるたびに私は心配で不安で胃がキリキリと痛んだ。予定よりも一週間も遅れ帰国の連絡をもらった時は、嬉しくてほっとしてアメリカまで迎えに行きたい程だった。だから空港で元気そうに笑みを浮かべる洋を見た途端、人目も気にせず抱きしめたくなってしまった。
洋は成長している。もう私の背中に隠れて泣いているような弱い人ではなくなった。そのことが嬉しくもあり少し寂しくもある。そして今まさに過去の自分の傷に触れながら、私にアメリカでの出来事を一生懸命話そうとしている。
あの月輪のネックレスの欠片を手の平に乗せられ、洋の口から告げられたアメリカでの親父さんとのやりとりは衝撃的だった。もしも私が洋の立場だったら、同じ判断を下せただろうか。
洋は本当に強く前向きになった。
それが嬉しい反面、ドロドロとした感情が沸き起こるのも事実だ。
「それで、もう許せたのか……洋は」
「まだ完全ではない。完全なんてきっと一生無理かもしれない。だが確実に今も……許したいと願っているのは事実だ。とにかくそういう訳で結局、父のこともKentのことも前向きに考え歩み寄って……帰国した。丈は……丈はどう思った? この話」
「……」
すぐにうまい言葉が浮かばず少し間があくと、洋はますます不安そうな表情になっていった。
「やっぱり嫌だったよな。こんな話……俺の決断を簡単に受け入れられないよな」
確かに嫌がる洋を凌辱し、その後も執拗に脅して来た相手だ。私の中では正直そんなに簡単に許せる相手ではない。だが被害者だった洋が許したいと言っているのを、私が反対できるはずないじゃないか。
洋の判断は正しい。間違ってはいないはずだ。
でも私の中で何かがモヤモヤしてしょうがない。洋のこととなるとまるで物を盗られた子供みたいに嫉妬して、冷静でいられない自分がおかしくて、つい苦笑を漏らしてしまう。一緒にアメリカに付いていけなかった分、理解できないものが大きいようだ。
「洋も疲れているだろう。今日はもうここまでにしよう」
洋が手を伸ばせば届く距離で心配そうに震えているのに、抱きしめてやることが出来ない自分が嫌になる。
これは洋の決断への嫉妬か……洋の親父さんへの嫉妬なのか。この感情は何という醜い感情なんだ? こんな感情、私は知らなかった。私もこんなに人間臭いとはな。
とにかく少し頭を冷やさなくてはと思ってしまった。
****
「話は分かったよ。今日は長旅で疲れただろう、もう寝ろ。私はリビングで仕事をして来るから」
丈は俺の手を引いて、ベッドに寝かせてくれた。
「え? あぁ……おやすみ」
呆気なく振り向きもせずに、丈がドアを閉めて行ってしまった。
え……本当にそのまま行ってしまうのか。二週間ぶりなのに丈は平気なのか。俺はずっと我慢していたのに。
意外なほどあっさりとした丈の態度に拍子抜けしてしまった。冷たいベッドの中で、丈に会えて……恋しくて……求めている躰がどんどん勝手に熱を帯びてきてしまう。
それなのに丈が隣にいない。
抱きしめてくれない。
隣にいて欲しいのに、行ってしまうのか。
「待って……行かないで欲しい」
やっと声が出たときには、もう丈はいなかった。
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