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第4章
時を動かす 2
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心臓がバクバクし出す。ニュースの見出しを震える手でクリックしてみると……
十月八日深夜、アメリカ・ニューヨーク市にて、日本人の現地法人社長 崔加 貴史さん(四十八歳)が拳銃で撃たれ意識不明の重体に。
「サイガ タカシ……だって……」
これは義父のことだ。あの日逃げてから、もう二度と会うまいと思っていた人なのに、こんな所で名前を目にするなんて驚いた。拳銃で撃たれ意識不明だなんて一体何があったのか。状態はどうなんだろう?
ふっ……あんな酷いことをされたというのに、俺も馬鹿だな。この期に及んで心配するなんて。こんな感情がまだ残っていたなんて自分でも驚いた。
「洋、何か嫌なことでもあったのか」
PCの前で固まってしまった俺を、洋月が心配そうに見つめていた。
「んっ……」
なんでもないと装いたかったのに表情が暗く沈んでしまう。洋月になら打ち明けてもいいか。甘えてもいいか。
「顔色が悪いね。何か悪い知らせ?」
「俺がずっと憎んでいた人が、殺されかけて死にそうだという知らせがあって」
「えっ! そうなのか。洋は……それで心配なんだね」
「いやっ俺はあいつにはとんでもないことをされたから、心配なんてするはずがない」
洋月に図星を刺されて、焦って否定する。
そんなはずない。あいつは無理やり俺を犯したんだ。
俺が心配する必要なんて、ひとかけらもないんだ。
「洋、その人は君の親族なの? 」
「あぁそうだ。俺の義理の父だ」
洋月がはっとした表情を浮かべる。
「もしかして洋は、その人に大切なものを奪われた? 俺には分かるよ。泣かないでいいんだよ。そして憎むべき相手を心配することを恥じなくてもいい。俺も同じ立場だから分かる。本当にそう思うよ」
「洋月……君も同じなのか? 」
そう問うと洋月は寂しい笑顔を作った。
「俺の話を少し聞いてくれるか」
「話してくれるのか」
コクリと小さく頷く、洋月の目はあの深い湖の底に様に暗く潤んで見えた。
「俺は十五歳の時、無理矢理父である帝に犯されたんだ。まだ何も知らない幼い躰だった。それから今までずっと関係が続いていた。しかも実の父だと信じていたのに、つい最近になって血がつながっていないことが分かった」
「なっ!なんてこと!」
絶句してしまった。白百合の花のように楚々とした佇まいの洋月が、そんなにも長い年月、苛まれていたなんて……
「最初は父でなかったことにショックを受けたよ。血がつながっているから、それまでは息子として母の身代わりを務めているいうことで、無理矢理自分を納得させていたから」
「……母の身代わり」
俺も同じようなもんだ。俺の義父にも婚約者だった母に裏切られた恨みや母への恋慕の情が渦巻いていた。ずっと知らなかったことだ。あのアメリカの船の中で母の双子の伯母に会うまでは。洋月とこんな境遇まで一緒だんなて輪廻転生というが、そんな負のものまで繰り返し訪れるなんて、なんと悲しい運命なのか。
「洋月は義父さんを憎んだ? 」
「あぁ憎んだよ。俺の人生を台無しにされたから。でも……」
「でも? 」
「もう一度会う機会があったら普通の親子としてもう一度最初からやり直したい。そう思う気持ちも本物だよ」
「えっ!やり直すだって? 」
「綺麗ごとだとも、叶わぬ夢だということも知っている。でもあのままじゃ嫌だ。ただそれだけなんだ」
「俺も同じだ……会うのは怖い、でもこのままずっと逃げているわけにもいかない」
「そうだね。今がその時かもしれないよ。洋、会っておいでよ。思い切って」
「……」
どうしよう……どうしたらいいんだ。
怖い、でも今会わないと一生後悔することになるかもしれない。
このまま義父さんは死んでしまうかもしれない。
行くべきか……やめた方がいいのか。
十月八日深夜、アメリカ・ニューヨーク市にて、日本人の現地法人社長 崔加 貴史さん(四十八歳)が拳銃で撃たれ意識不明の重体に。
「サイガ タカシ……だって……」
これは義父のことだ。あの日逃げてから、もう二度と会うまいと思っていた人なのに、こんな所で名前を目にするなんて驚いた。拳銃で撃たれ意識不明だなんて一体何があったのか。状態はどうなんだろう?
ふっ……あんな酷いことをされたというのに、俺も馬鹿だな。この期に及んで心配するなんて。こんな感情がまだ残っていたなんて自分でも驚いた。
「洋、何か嫌なことでもあったのか」
PCの前で固まってしまった俺を、洋月が心配そうに見つめていた。
「んっ……」
なんでもないと装いたかったのに表情が暗く沈んでしまう。洋月になら打ち明けてもいいか。甘えてもいいか。
「顔色が悪いね。何か悪い知らせ?」
「俺がずっと憎んでいた人が、殺されかけて死にそうだという知らせがあって」
「えっ! そうなのか。洋は……それで心配なんだね」
「いやっ俺はあいつにはとんでもないことをされたから、心配なんてするはずがない」
洋月に図星を刺されて、焦って否定する。
そんなはずない。あいつは無理やり俺を犯したんだ。
俺が心配する必要なんて、ひとかけらもないんだ。
「洋、その人は君の親族なの? 」
「あぁそうだ。俺の義理の父だ」
洋月がはっとした表情を浮かべる。
「もしかして洋は、その人に大切なものを奪われた? 俺には分かるよ。泣かないでいいんだよ。そして憎むべき相手を心配することを恥じなくてもいい。俺も同じ立場だから分かる。本当にそう思うよ」
「洋月……君も同じなのか? 」
そう問うと洋月は寂しい笑顔を作った。
「俺の話を少し聞いてくれるか」
「話してくれるのか」
コクリと小さく頷く、洋月の目はあの深い湖の底に様に暗く潤んで見えた。
「俺は十五歳の時、無理矢理父である帝に犯されたんだ。まだ何も知らない幼い躰だった。それから今までずっと関係が続いていた。しかも実の父だと信じていたのに、つい最近になって血がつながっていないことが分かった」
「なっ!なんてこと!」
絶句してしまった。白百合の花のように楚々とした佇まいの洋月が、そんなにも長い年月、苛まれていたなんて……
「最初は父でなかったことにショックを受けたよ。血がつながっているから、それまでは息子として母の身代わりを務めているいうことで、無理矢理自分を納得させていたから」
「……母の身代わり」
俺も同じようなもんだ。俺の義父にも婚約者だった母に裏切られた恨みや母への恋慕の情が渦巻いていた。ずっと知らなかったことだ。あのアメリカの船の中で母の双子の伯母に会うまでは。洋月とこんな境遇まで一緒だんなて輪廻転生というが、そんな負のものまで繰り返し訪れるなんて、なんと悲しい運命なのか。
「洋月は義父さんを憎んだ? 」
「あぁ憎んだよ。俺の人生を台無しにされたから。でも……」
「でも? 」
「もう一度会う機会があったら普通の親子としてもう一度最初からやり直したい。そう思う気持ちも本物だよ」
「えっ!やり直すだって? 」
「綺麗ごとだとも、叶わぬ夢だということも知っている。でもあのままじゃ嫌だ。ただそれだけなんだ」
「俺も同じだ……会うのは怖い、でもこのままずっと逃げているわけにもいかない」
「そうだね。今がその時かもしれないよ。洋、会っておいでよ。思い切って」
「……」
どうしよう……どうしたらいいんだ。
怖い、でも今会わないと一生後悔することになるかもしれない。
このまま義父さんは死んでしまうかもしれない。
行くべきか……やめた方がいいのか。
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