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第4章
リスタート 7
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****
いつの時代も、人は同じ月を見る。
俺はこの閉ざされた王宮で、悲しい月を独り見上げている。
もうすぐ時が満ちるようだ。
君の準備は出来たか。
迎える準備は、出来ているか。
あの光からやってくる大切なものを受け止めて欲しい。
****
夢の中で声が聞こえた。久しぶりに彼方からの声を聴いた気がする。
「んっ……眩しい」
開けっ放しにした客室のカーテンから差し込む朝日が眩しくて、手のひらで顔を思わず覆った。
「寒っ」
同時にむき出しの肩に肌寒さを感じ布団にもう一度潜りこんだ。布団の中でゆっくりと昨夜のことを思い出すと、恥ずかしさが込み上げてくる。
丈に求められている最中にルームサービスが来て、慌てて布団に隠れたけれども、変に思われなかっただろうか。あれは昨日の朝、俺が応対したルームサービス係の青年だったな。俺のことをどう思っただろう? 男同士だってバレてしまっただろうか……それとも気が付かなかっただろうか。少しだけ苦い思いが心に引っかかる。
それにしても昨夜あれからもう一度丈に組み敷かれ深く抱かれたせいで疲れ果て、夕食のルームサービスも、ろくに食べられなかったじゃないか。
丈の奴……全く。
まぁ……俺の方もそれを望んで求めたんだからお互い様だが。
「えっもう八時!?」
ふと時計を見るともうこんな時間だ。確か九時までに来てくれって言われていた。焦って飛び起きてシャワールームへ駆け込むと、丈がシャワーを浴びていた。
「丈っおはよう……」
湯気の中にすっと立つ、その割と細身だが逞しい胸板、力強い腕。男の俺が見ても惚れ惚れしてしまう体格だ。水滴を纏った躰が艶っぽくてドキドキする。
本当に精悍な男だ……丈は。
「洋起きたのか。おいで洗ってやるよ」
ぼーっと見惚れていたことが恥ずかしくて、顔を思わず背けてしまった。今、丈に触れられたら……平常心を保てる自信がないよ。
「無理っ! 丈、俺今日は九時まで語学学校へ行かないと! 」
「そうなのか」
「うん、ほら日本語を教えてくれっていう依頼があったみたいで」
「それなら私と一緒に出よう」
****
スーツ姿がビシッと決まっている丈とラフな軽装の俺では、並んで歩くとちぐはぐじゃないか。丈はこの国でも医師という肩書を生かして、新薬開発の研究のために立派に働いている。それに比べ俺は何もかも丈に頼り切った生活だ。いや、いつまでも自分を卑下するのはやめよう。得意な語学を生かして、この国でも何かの職につければよいのだが、今はまず目の前の現実からしっかりこなしていこう。
メトロに一緒に乗り込み吊り革に掴まりながら考えていると、丈が俺のことを優し気に見つめていることに気が付いた。
「どうかしたか」
「いや……洋が元気になってくれて嬉しいよ。今朝はすべて吹っ切れたような表情だ」
「そうかな、うん。そうかもしれない」
「じゃあ私はここ降りるよ。昼休みに不動産屋にも行ってみるから」
「あぁそうだね。ずっとホテル暮らしってわけにもいかないしな」
「洋、気を付けて、また夜に」
またテラスハウスみたいなところに住みたい。
俺はあそこが大好きだった。丈に初めて抱かれた場所だったから。
****
語学学校には、なんとか間に合った。
「すみません遅くなりました」
「あぁ君が崔加くんだね。生徒さんがもう待っているよ、九時から十一時までのプライベートレッスンだ。相手は少しは日本語は話せるから、君一人に任せるが良いかな?」
「はい。大丈夫です。何処の教室へ行けばいいですか」
「二階の204号室だ。ほらこれテキスト。相手が希望する内容をしっかり教えてやってくれ」
「了解しました」
どんな人に日本語を教えることになるのか。
期待と不安で満ちた気持ちで、扉をノックした。
いつの時代も、人は同じ月を見る。
俺はこの閉ざされた王宮で、悲しい月を独り見上げている。
もうすぐ時が満ちるようだ。
君の準備は出来たか。
迎える準備は、出来ているか。
あの光からやってくる大切なものを受け止めて欲しい。
****
夢の中で声が聞こえた。久しぶりに彼方からの声を聴いた気がする。
「んっ……眩しい」
開けっ放しにした客室のカーテンから差し込む朝日が眩しくて、手のひらで顔を思わず覆った。
「寒っ」
同時にむき出しの肩に肌寒さを感じ布団にもう一度潜りこんだ。布団の中でゆっくりと昨夜のことを思い出すと、恥ずかしさが込み上げてくる。
丈に求められている最中にルームサービスが来て、慌てて布団に隠れたけれども、変に思われなかっただろうか。あれは昨日の朝、俺が応対したルームサービス係の青年だったな。俺のことをどう思っただろう? 男同士だってバレてしまっただろうか……それとも気が付かなかっただろうか。少しだけ苦い思いが心に引っかかる。
それにしても昨夜あれからもう一度丈に組み敷かれ深く抱かれたせいで疲れ果て、夕食のルームサービスも、ろくに食べられなかったじゃないか。
丈の奴……全く。
まぁ……俺の方もそれを望んで求めたんだからお互い様だが。
「えっもう八時!?」
ふと時計を見るともうこんな時間だ。確か九時までに来てくれって言われていた。焦って飛び起きてシャワールームへ駆け込むと、丈がシャワーを浴びていた。
「丈っおはよう……」
湯気の中にすっと立つ、その割と細身だが逞しい胸板、力強い腕。男の俺が見ても惚れ惚れしてしまう体格だ。水滴を纏った躰が艶っぽくてドキドキする。
本当に精悍な男だ……丈は。
「洋起きたのか。おいで洗ってやるよ」
ぼーっと見惚れていたことが恥ずかしくて、顔を思わず背けてしまった。今、丈に触れられたら……平常心を保てる自信がないよ。
「無理っ! 丈、俺今日は九時まで語学学校へ行かないと! 」
「そうなのか」
「うん、ほら日本語を教えてくれっていう依頼があったみたいで」
「それなら私と一緒に出よう」
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スーツ姿がビシッと決まっている丈とラフな軽装の俺では、並んで歩くとちぐはぐじゃないか。丈はこの国でも医師という肩書を生かして、新薬開発の研究のために立派に働いている。それに比べ俺は何もかも丈に頼り切った生活だ。いや、いつまでも自分を卑下するのはやめよう。得意な語学を生かして、この国でも何かの職につければよいのだが、今はまず目の前の現実からしっかりこなしていこう。
メトロに一緒に乗り込み吊り革に掴まりながら考えていると、丈が俺のことを優し気に見つめていることに気が付いた。
「どうかしたか」
「いや……洋が元気になってくれて嬉しいよ。今朝はすべて吹っ切れたような表情だ」
「そうかな、うん。そうかもしれない」
「じゃあ私はここ降りるよ。昼休みに不動産屋にも行ってみるから」
「あぁそうだね。ずっとホテル暮らしってわけにもいかないしな」
「洋、気を付けて、また夜に」
またテラスハウスみたいなところに住みたい。
俺はあそこが大好きだった。丈に初めて抱かれた場所だったから。
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語学学校には、なんとか間に合った。
「すみません遅くなりました」
「あぁ君が崔加くんだね。生徒さんがもう待っているよ、九時から十一時までのプライベートレッスンだ。相手は少しは日本語は話せるから、君一人に任せるが良いかな?」
「はい。大丈夫です。何処の教室へ行けばいいですか」
「二階の204号室だ。ほらこれテキスト。相手が希望する内容をしっかり教えてやってくれ」
「了解しました」
どんな人に日本語を教えることになるのか。
期待と不安で満ちた気持ちで、扉をノックした。
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