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第3章
※安志編※ 面影 6
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飛行機の中で、ふと熱い視線を感じた。
誰? 僕のことをじっと見るのは……
それは、いつも浴びるようないやらしい陰湿なものではなく、懐かしそうに僕を見る視線だった。感じる視線を辿ると、いかにも実直そうな健康的なスーツ姿の男性から発せられるものだった。
その男性の心底驚いた表情が気になった。そして、その次の瞬間には、とてもがっかりした哀し気な表情を浮かべ、座席に戻って行った。
今……確かに僕のことを見ていたよな。
何だろう?一体……
秋から日本の大学に入学するために、マンションの手続きや学校の手続きで一時帰国し、準備も一通り終わったので、ニューヨークの親元へ戻るところだった。
彼は僕を通して一体誰のことを見ていたのだろう。
僕が僕の顔を通して、いつも思い出すのはあの人のことだけなのに……なんだかふわふわと不思議な気持ちだ。
そんなことに考えを巡らせているうちに、眠気に襲われてしまった。到着まではまだずいぶん時間があるから、もうひと眠りしよう。
****
「まもなく着陸いたします。シートベルトを……」
機内アナウンスでようやく目覚めた。ようやくニューヨークに戻って来た。小学生の時からずっとここに住んでいるから、やっぱりほっとするな。
「はぁ~長かった」
背伸びをしながら到着ロビーに行くと、またさっきの彼が僕をじっと眺めているのに気付いた。本当に一体何だろう。
あんなに懐かしそうに切なく……
彼は到着ゲートで通訳の人に囲まれていたので、仕事の出張で来たのかな? 僕の方も何故だか少しだけ名残惜しく感じて、出来るだけ近くを通って別れてみようと思い、横をすれ違った。
その時、彼と偶然にも肩が軽く当たってしまった。
その瞬間……ドクン!
心地良い温もりが、一瞬僕の躰にしみ込んだようなそんな感じだった。
「すみません」
僕の方がかえって慌てて、逃げるようにその場を去ってしまった。
その彼とまさかまた会えるなんて!
二度目はセントラル・パークに行こうと休日に思い立ち、ふらりと道を歩いていると、人の良さそうな日本人が道の端で地図を広げているのが遠目に見えた。
道、教えてあげようかな?と近づこうとしたら、スリの方が先に彼にアクションを起こしたので、僕も反射的に駆け出していた。
彼もなかなか足が速かったので、途中競い合うような感覚が楽しくも感じた。財布を奪い返した後、振り返って驚いた!飛行機で見かけた彼だったから。もう会えないと思ったのに……こんな偶然ってあるのか。嬉しさを押し隠し、公園への道案内を願い出てしまった。
そしてまさかの今日。
今日は会いたくなかった。
こんな姿見せたくなかった。
男なのに男に襲われる姿なんて……せっかく前回はいいところ見せることが出来たのに最悪だ。それに心配そうに見る安志さんの目線の先には違う誰かがいるのを感じてしまった。それでも、僕の心の奥底をなぐさめてくれるような優し言葉をかけてもらうと心地良かった。
年上の会社員の安志さんと僕は、こんな風に出会った。
****
「どうぞ入って」
安志さんのホテルの部屋に案内される。よく考えたらろくに知りもしない相手の部屋に入るって、どうなんだろう? いつもは警戒するのに、彼は温かみと誠実な空気しか纏っていないので、ついホテルの部屋まで着いてきてしまった。
「……」
それでもやはり躊躇してしまう。それを見越したように、安志さんは人懐っこい笑顔を浮かべてくれた。
「だよね? いきなりよく知らない男のホテルの部屋なんて引くよな。俺が誘っておいて悪いけど……実は同じこと考えていたんだ。ここで待っていろよ。シャツを持ってくるから」
「あっはい」
僕は土壇場で躊躇してしまった。これじゃ僕の方が意識しているみたいで恥ずかしい。
そんな安志さんから手渡されたのは清潔な濃いブルーのTシャツだった。
「悪い。これしかなくて……これ返さなくていいから、君にあげるよ。ホテルのトイレとかで着替えて帰れる? 家まで送ろうか」
そんな風にどこまでも気を遣ってもらえるのが心地良くて、思わず微笑んでしまった。
「クスッ」
「えっ?俺またなんか変なこと言った?」
「いいえ!安志さんの方が心配で!またスリに遭いそうだ」
「言ったな!」
思わずお互い笑みが零れてしまった。
「あの……日本にはいつ戻るのですか」
「来週末だよ」
「あっじゃあ次の休みはいつですか」
「明日だよ」
それを聞いて目の前が開けるような気がした。
「明日って空いていますか。この借りたTシャツも返したいし、僕で良かったら案内しますよ」
「いいのか。じゃあお願いしようかな」
やった!なんだかデートの約束を取り付けたような高揚感を感じてしまった。
「じゃあ、明日このホテルの下に来ますよ。何時がいいですか」
「十時でどうだ?」
「はい!了解です!僕、今日はここで帰りますけど、明日楽しみにしています」
「ふふっ涼くんさ、もっと気軽に話せよ。俺も涼って呼んでもいいか?」
「あっはい……っと、そうしてもいいの?」
「その方が気楽だ」
「OK!」
誰? 僕のことをじっと見るのは……
それは、いつも浴びるようないやらしい陰湿なものではなく、懐かしそうに僕を見る視線だった。感じる視線を辿ると、いかにも実直そうな健康的なスーツ姿の男性から発せられるものだった。
その男性の心底驚いた表情が気になった。そして、その次の瞬間には、とてもがっかりした哀し気な表情を浮かべ、座席に戻って行った。
今……確かに僕のことを見ていたよな。
何だろう?一体……
秋から日本の大学に入学するために、マンションの手続きや学校の手続きで一時帰国し、準備も一通り終わったので、ニューヨークの親元へ戻るところだった。
彼は僕を通して一体誰のことを見ていたのだろう。
僕が僕の顔を通して、いつも思い出すのはあの人のことだけなのに……なんだかふわふわと不思議な気持ちだ。
そんなことに考えを巡らせているうちに、眠気に襲われてしまった。到着まではまだずいぶん時間があるから、もうひと眠りしよう。
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「まもなく着陸いたします。シートベルトを……」
機内アナウンスでようやく目覚めた。ようやくニューヨークに戻って来た。小学生の時からずっとここに住んでいるから、やっぱりほっとするな。
「はぁ~長かった」
背伸びをしながら到着ロビーに行くと、またさっきの彼が僕をじっと眺めているのに気付いた。本当に一体何だろう。
あんなに懐かしそうに切なく……
彼は到着ゲートで通訳の人に囲まれていたので、仕事の出張で来たのかな? 僕の方も何故だか少しだけ名残惜しく感じて、出来るだけ近くを通って別れてみようと思い、横をすれ違った。
その時、彼と偶然にも肩が軽く当たってしまった。
その瞬間……ドクン!
心地良い温もりが、一瞬僕の躰にしみ込んだようなそんな感じだった。
「すみません」
僕の方がかえって慌てて、逃げるようにその場を去ってしまった。
その彼とまさかまた会えるなんて!
二度目はセントラル・パークに行こうと休日に思い立ち、ふらりと道を歩いていると、人の良さそうな日本人が道の端で地図を広げているのが遠目に見えた。
道、教えてあげようかな?と近づこうとしたら、スリの方が先に彼にアクションを起こしたので、僕も反射的に駆け出していた。
彼もなかなか足が速かったので、途中競い合うような感覚が楽しくも感じた。財布を奪い返した後、振り返って驚いた!飛行機で見かけた彼だったから。もう会えないと思ったのに……こんな偶然ってあるのか。嬉しさを押し隠し、公園への道案内を願い出てしまった。
そしてまさかの今日。
今日は会いたくなかった。
こんな姿見せたくなかった。
男なのに男に襲われる姿なんて……せっかく前回はいいところ見せることが出来たのに最悪だ。それに心配そうに見る安志さんの目線の先には違う誰かがいるのを感じてしまった。それでも、僕の心の奥底をなぐさめてくれるような優し言葉をかけてもらうと心地良かった。
年上の会社員の安志さんと僕は、こんな風に出会った。
****
「どうぞ入って」
安志さんのホテルの部屋に案内される。よく考えたらろくに知りもしない相手の部屋に入るって、どうなんだろう? いつもは警戒するのに、彼は温かみと誠実な空気しか纏っていないので、ついホテルの部屋まで着いてきてしまった。
「……」
それでもやはり躊躇してしまう。それを見越したように、安志さんは人懐っこい笑顔を浮かべてくれた。
「だよね? いきなりよく知らない男のホテルの部屋なんて引くよな。俺が誘っておいて悪いけど……実は同じこと考えていたんだ。ここで待っていろよ。シャツを持ってくるから」
「あっはい」
僕は土壇場で躊躇してしまった。これじゃ僕の方が意識しているみたいで恥ずかしい。
そんな安志さんから手渡されたのは清潔な濃いブルーのTシャツだった。
「悪い。これしかなくて……これ返さなくていいから、君にあげるよ。ホテルのトイレとかで着替えて帰れる? 家まで送ろうか」
そんな風にどこまでも気を遣ってもらえるのが心地良くて、思わず微笑んでしまった。
「クスッ」
「えっ?俺またなんか変なこと言った?」
「いいえ!安志さんの方が心配で!またスリに遭いそうだ」
「言ったな!」
思わずお互い笑みが零れてしまった。
「あの……日本にはいつ戻るのですか」
「来週末だよ」
「あっじゃあ次の休みはいつですか」
「明日だよ」
それを聞いて目の前が開けるような気がした。
「明日って空いていますか。この借りたTシャツも返したいし、僕で良かったら案内しますよ」
「いいのか。じゃあお願いしようかな」
やった!なんだかデートの約束を取り付けたような高揚感を感じてしまった。
「じゃあ、明日このホテルの下に来ますよ。何時がいいですか」
「十時でどうだ?」
「はい!了解です!僕、今日はここで帰りますけど、明日楽しみにしています」
「ふふっ涼くんさ、もっと気軽に話せよ。俺も涼って呼んでもいいか?」
「あっはい……っと、そうしてもいいの?」
「その方が気楽だ」
「OK!」
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