重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
115 / 1,657
第3章

明けない夜はない 5

しおりを挟む
「ただいま」
「お帰り安志」
「母さん、洋は?」
「寝ているわ。なんだか凄く疲れていたみたいで、熱もまだずいぶん高いの」
「そうか。ちょっと俺見てくるよ」
「あっ起こさないように静かに入るのよ」
「分かってるって」

 今、洋が俺の家にいて俺の部屋で寝ている。それが現実だと思うと、心が高まってしまう。それにしてもさっきの電話は一体何だったのか。どうして洋は家に帰っていないのか。それも1週間も。じゃあ今何処に住んでいるのか。どうしてあんなに壊れそうなほど辛そうな顔をしていたんだ。

 また何かあったのか。
 俺には話してくれないのか。

 そう思いながらドアを開けると、洋が俺のベッド寝ていた。ぐっすり寝ているようだが、熱のせいか寝息が荒い。俺は洋の横にしゃがんで、久しぶりに会えた洋の顔をじっと見つめてみると、目元には涙の乾いた跡があった。

 馬鹿だな……またひとりで泣いていたのか。

 唇が渇いていることから、熱が高いことが分かる。額にはうっすら寝汗をかいて酷く辛そうだ。病んでいても、ずっと間近で見ていたいと思える美しい顔は変わらない。

 洋……高校時代よりさらに美人になったな。

 ずっとずっと見守ってきた俺の大切な幼馴染だ。こんな風にまた俺のベッドで寝ている姿を見守ることが出来るのが、不謹慎だが嬉しい。

「んっ」

洋がうなされたような声を出す。

「どうした?」
「み……水……欲しい」

 熱が高いので喉が渇いているのだろう。

「ほら飲んで」

 傍に置いてある水を渡すが、洋はうつらうつらしたままで、寝たままその小さくて可愛い口をパクパクするだけだ。

 ゴクッ──

 俺の喉が鳴る。いいか、これは病人に水を飲ませるための行為で、やましいことなんて何もないんだ。

「洋……水を飲ませてやるから」

 そっと洋の背中に手を回し上半身を少し起こしてやる。それでも洋は覚醒しないで、無意識に水を求めて口を開けている。俺は意を決して水を自分の口に含み、そっと洋の唇に近づいた。男なのに洋の唇は小さく引き締まっていて桜貝のように上品に染まっていて、一度でいいからここに触れてみたいと思っていた。

 恐る恐る唇を重ねてみると、洋の唇は熱のせいで火照るように熱かった。そっと水を流し込んでやると、コクッっと洋の喉が鳴った。

「……もっと」

 うわ言のように水を求めてくるので、俺の心臓は早鐘のように鳴り、変な汗が出てしまう。いつしか俺は水を飲ますためということを忘れ、洋の唇を吸い続けていた。

「んっ……苦し」

 洋は息が苦しくなったようで、肩で息をしている。それでも止まることない俺の口づけ。美味しい。洋の唇はなんでこんなに美味しいのか。

「んっ……丈……」

 洋の綺麗な唇から発せられた「丈」という言葉にドキリとした。

 お前が何故……その名前を呼ぶ?

 俺が口づけを慌てて離すと、洋はそのままベッドにドサッと倒れ込み、その閉じた眼から涙が溢れ、そのまま頬を伝って零れ落ちた。

「……どうして? 丈……俺を離さないで……ここにいて」

 そう確かに呟いた。

 なんてことだ……俺はかける言葉が見つからなかった。
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
────妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの高校一年生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の主人公への好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?

処理中です...