重なる月

志生帆 海

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第3章

星降る宿 8

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 無心で泳いだ。子供の無邪気な歓声や母親が子供を優しく呼ぶ声が心地良くて、魚の群れになったような心地で何度もプールを往復した。

「あぁ疲れた」

「洋、そろそろあがろう」

「そうだな」

 一体どの位泳いだのか。すっかり夏の夕陽がオレンジ色に染まっていた。子供連れも去り、広いプールにはいつの間にか俺と丈だけになり、静かな時間が流れていた。

 俺を真っすぐに見つめる濡れた丈の唇が色っぽい。逞しい胸板の筋肉の程よくついた躰を見ていると、その胸に抱かれている自分の姿を思い出し、一人赤面してしまう。

「何をじっと見ている?」
「いや、なんでもない」

 丈に見惚れていたなんて、バレたくない。慌ててプールサイドを走ったら、水たまりで滑ってしまった。

「あっ!」
「洋っ危ないっ!」

 ドボンっ

 プールに見事に落ちてしまった俺のことを、すかさず丈が飛び込んで支えてくれた。

「無事か」
「あっ」

 ドクンっ心臓が飛び跳ねるかと思った。そして誰からも見えないように、頬に張り付いた俺の濡れた髪を撫でながら、そっと丈の唇が近づいてくる。

 触れるか触れないかの、さりげない軽いキス。

「危ないな。溺れたらどうする?」

 水の中で丈が俺の腰を力強く抱き留める。

「丈っ……!」

 そんなことされたら、ますます力が抜けちゃうじゃないか。水の中で触れられる丈の手が、いつもと違う感触でぞくっとするよ。

 夕陽色の光がプールの水をオレンジ色に綺麗に染めあげ、溶けていく。
 俺の心も同じ色になって優しく染まっていく。
 満たされているな。
 そう、俺は今満たされている。

 こんなに疲れるまで、のびのびとプールで泳ぐことが出来て、俺の大事な人と抱き合ってプールにいる。こういう自由で開放された気分は一体いつぶりだろうか。

「丈、そろそろ部屋に戻ろう」
「もう?」
「うん……そろそろ、俺……」
「そろそろなんだ?」
「だから……その……」

 まさか早く抱いて欲しいなんて言えるはずないじゃないか。でもこの少し疲れた身体を丈に預けたら、さぞかし気持ち良いだろう。そんなことを考えてしまう自分に苦笑していると、丈が提案してきた。

「次は屋上の露天風呂に行ってみよう」
「それ無理。また変なことをする気だろう?他の人がいるから嫌だ」
「まぁそう言うな。この宿の展望露天風呂は星がよく見えるそうだよ」
「……星か」

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