重なる月

志生帆 海

文字の大きさ
上 下
15 / 1,657
第1章

はじまり 7

しおりを挟む
 「それって、どういう意味?」
 「別に深い意味はない。吐いたり道でぶっ倒れたりしたのにスーツが汚れなかったなという意味さ」

 思わず真意を知りたくて尋ねてみると、丈はそれとなく目を逸らした。本当にそれだけだろうか?もっと違う意味が籠っているように感じたのに……いずれにせよ弱みを見せてしまって気まずいのと同時に、俺を純粋に助けてくれたことへ感謝の気持ちが芽生えた。

「迷惑かけてすまなかった。あの……俺、そろそろ職場へ行かないと」
「あぁ、君の上司には連絡してあるから、何か水分を取ってから行け。あとシャツが寝汗でびっしょりだろ。これに着替えろ」
「えっ!いい……このままで大丈夫だ」

 冗談じゃない。ここで着替えろっていうのか。

 俺の妙な戸惑いを読み取ったのか、丈はベットの上に新しいシャツを置くと、バタンとドアを閉め、隣室へ行ってしまった。

 もしかして気を遣ってくれたのか。俺は人前で肌を見せるのが極端に苦手だ。それに気づいてくれたのか。


****


 洋……君は青白い顔をして、ずいぶんとうなされていた。女みたいに綺麗な顔をしかめ、汗を額に浮かべる悩まし気な寝顔は、下手な女よりずっと艶めかしく、変な言い方だがそそられるものがあった。

 私はそんな邪の思考が自分に湧いてくること自体に驚きと戸惑いを覚えた。なのですぐに頭をふって、そんな思考を己の中から追い出すことに専念した。

 うなされている洋の額の汗をタオルでふいてやり「君は汚れてなんかいない」とそっと耳元で声をかけてやった。暗示のようなものだが、その言葉に反応して、洋は急にほっとしたような表情になり、呼吸も落ち着いて深い眠りに入ったのだ。

 呼吸が整うと、苦しそうな表情は消え去り、安らかな寝息を立て始めた。女と見まごうような深い影を落とす長い睫毛に、整った鼻筋、淡い桜色の唇が上品で美しかった。

 こんなに美しく生まれついたのに、こんなにもそのことで苦しんでいるなんて……君のその悩みをなんとかしてやりたい。安心させてやりたい。



****

 温かい紅茶を入れ、ドアをノックすると少し照れた声が帰ってきた。

「あ……どうぞ……」

 やっと私への警戒が少し緩んだみたいだな。洋の声からとげとげしさが和らぐと、何故か嬉しいものだ。

 身支度を整え俺に少しだけ微笑みを向けてくれた洋の綺麗な笑顔に、思わず私は心臓がきゅっとなり、鼓動が早まるのを感じ動揺してしまった。

 本気でやばいな、これは……相手は男なのに。
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

もう人気者とは付き合っていられません

花果唯
BL
僕の恋人は頭も良くて、顔も良くておまけに優しい。 モテるのは当然だ。でも――。 『たまには二人だけで過ごしたい』 そう願うのは、贅沢なのだろうか。 いや、そんな人を好きになった僕の方が間違っていたのだ。 「好きなのは君だ」なんて言葉に縋って耐えてきたけど、それが間違いだったってことに、ようやく気がついた。さようなら。 ちょうど生徒会の補佐をしないかと誘われたし、そっちの方に専念します。 生徒会長が格好いいから見ていて癒やされるし、一石二鳥です。 ※ライトBL学園モノ ※2024再公開・改稿中

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

貴方の傍に幸せがないのなら

なか
恋愛
「みすぼらしいな……」  戦地に向かった騎士でもある夫––ルーベル。  彼の帰りを待ち続けた私––ナディアだが、帰還した彼が発した言葉はその一言だった。  彼を支えるために、寝る間も惜しんで働き続けた三年。  望むままに支援金を送って、自らの生活さえ切り崩してでも支えてきたのは……また彼に会うためだったのに。  なのに、なのに貴方は……私を遠ざけるだけではなく。  妻帯者でありながら、この王国の姫と逢瀬を交わし、彼女を愛していた。  そこにはもう、私の居場所はない。  なら、それならば。  貴方の傍に幸せがないのなら、私の選択はただ一つだ。        ◇◇◇◇◇◇  設定ゆるめです。  よろしければ、読んでくださると嬉しいです。

処理中です...