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後編

30 初めての感情

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 ユリウスは自分の部屋でルビーが来るのを待っていた。

 二人が身体を重ねるようになって三カ月が経過した。最初は慣れないその行為に苦しそうにしたり、涙を流すこともあったルビーだったが……最近は幸せそうな表情を見せてくれるのでユリウスは嬉しかった。

 閨の知識が全くなかったルビーは、ユリウスが一から丁寧に教えることで少しずつ女性として開花していった。

「ど、どうしてそんなことをするのですか? しょ……小説ではこんなことしていませんでしたよ?」

 最初は相変わらずこんなことを言ってたが「それはフィクションです」と何度も言い聞かせ、時間をかけてやっと間違った知識を捨てさせることができた。

 一生懸命愛に応えようとするルビーは、とても健気で可愛らしくて……ユリウスは毎回堪らない気持ちになるので困っている。暴走してしまいそうな感情をグッと我慢するのも一苦労だ。もちろん、それは幸せで贅沢な悩みなのだが。

「ユリウス好き。大好きです」

 いつでもきちんと言葉にして気持ちを伝えてくれるルビーのことが、ユリウスはただただ愛おしかった。

 以前のユリウスは年齢的にちゃんとできるのかと心配していたこともあったが、今のところ問題はない。むしろ、年甲斐も無く……ルビーに夢中になっている自分がいることにも気が付いていた。




「ルビーです」
「どうぞ」

 寝室にルビーが来てくれたというだけで、嬉しくてにやけそうになる顔をユリウスはきゅっと引き締めた。だらしない顔をルビーには見せるわけにはいかないからだ。

 ユリウスが扉を開けると、なぜかルビーは眉を顰めて不機嫌そうな顔をして立っていた。

「ルビー? どうしたのですか」
「……別に何もありません」
「なにか怒っていますか?」

 さっきまで良好な関係だったのに、一体どうしたのかとユリウスはルビーの頬を大きな手でそっと包み込んだ。

 すると、ルビーは勢いよくユリウスの胸に飛び込んできた。

「うわっ!」

 危ないと思って慌ててユリウスが抱きとめると、ルビーはいきなりくんくんと匂いを嗅ぎだした。

「なっ……! 何をしているのですか」

 あからさまに匂いを確認されるのは、なんとも言えない恥ずかしさがある。ルビーの突拍子もない行動に、ユリウスは戸惑っていた。

「……消えましたね」
「消えた? なんの話ですか」

 意味がわからないユリウスは首を傾げると、ムッとしたままのルビーはベッドまで強引に手を引っ張って行った。

 魔法が使えない今、ユリウスの方が何十倍も力が強い。だからもちろん振り払えないことはないのだが、不機嫌なルビーの好きにさせた方がいいだろうと考え素直に従うことにした。

 ドンっとベッドに押し倒されると、ルビーはユリウスの身体の上に乗った。

「……ルビー? これはどういう状況なのでしょうか」
「黙っていてください」

 質問をしただけなのに、ルビーにギロリと睨みつけられてしまった。

「今夜はわたしがします」

 そう言っていきなりユリウスの夜着のボタンを外し出し、首や鎖骨にちゅっちゅとキスを落としてきた。

「ル、ルビー! ちょ、ちょっと待ってください。あなたはこんなことしなくていいですから!!」

 今までは身体を重ねる時は完全に受け身だったルビーが、いきなり積極的になったことにユリウスは戸惑っていた。しかも、怒っている理由がわからない。

「どこで……こんなこと……覚えたんですか」
「全てユリウスの真似です」
「んっ……やめっ……!」
「やめません」

 ユリウスは魔法で拘束されて、初めてキスをされた時のことを思い出していた。あの時も、かなり強引で無理矢理だった。

「何に怒っているのか……教えてください」
「……」
「ルビー……お願いです。あなたと気持ちが通じ合わないのは……哀しいですから」

 無言で愛撫を繰り返すルビーの髪に優しく触れ、ユリウスは懇願するような弱々しい声を出した。

「……がしました」
「ん?」
「ユリウスから女の人の匂いがしましたっ!」

 ルビーは目に涙をためながらそう叫んだ後、唇をグッと噛み締めた。

「それが……わたしはとても嫌でした」

 哀しそうに呟いたルビーを、ユリウスは優しく抱き締めた。

「今日は隣国の王族が家族で来られていて、私は警備を任されていました。その時、姫が階段でバランスを崩されたので咄嗟に抱きとめたのです。その時に香りがついたのだと思います」
「……それだけですか?」
「ええ、それだけです。私があなた以外の女性を抱き締めるはずありません」

 逞しい腕にさらに強く抱き締められ、頬にキスをされたルビーはだんだんと冷静になってきた。

「……ちなみにその姫は十歳です」
「ええっ!」

 ルビーはその事実を知り、勝手に勘違いしていたことに気が付いてとても恥ずかしくなった。

「ううっ……さ、さすがお姫様。まだ十歳なのに、あんなに魅惑的ないい匂いがするなんて……恐ろしいです」

 ユリウスはルビーのその反応にくすりと笑ったが、すぐに真顔に戻りそっと身体を離して頭を下げた。

「あなたを傷つけていたことに気が付かず、申し訳ありませんでした」
「わ、わたしこそすみません。変な勘違いをしてしまいました」
「いいですよ。浮気を疑われたのは心外ですが、まさかルビーが妬いてくれるとは思いませんでした。案外、嬉しいものですね」

 つまらぬやきもちを焼いたルビーを責めることなく、笑って許してくれるユリウスはやっぱり大人だ。

 ルビーがこんな嫉妬をしたのは、生まれて初めてだった。前妻のナターシャの話を聞いても、嫌な気持ちになったことはなかった。それなのに、なぜか今回は姿の見えない女性の影に気持ちがぐちゃぐちゃになってしまったのだった。

「初めてこんなドロドロした醜い気持ちになったんです。今日、あなたに触れた女性がいると思ったら……嫌になりました。仕事をされていただけなのに、面倒なことを言って困らせて本当にすみませんでした」

 しゅんと項垂れながら謝るルビーが可愛らしくて、ユリウスは目を細めた。

「ルビーの初めてをもらえて光栄です」
「でも……なんだか自分が心の狭い嫌な人間になった気分です」
「そんなことありませんよ。私はもっとルビーに我儘を言って欲しいです。私に我慢など必要ありませんよ。不満なことがあれば、すぐに嫌だと声をあげてください」

 基本的にルビーは誰かに甘えたり、我儘を言ったり、自分の気持ちをはっきりと伝えることが苦手だった。

 あの余命の件がなければ、きっとユリウスに告白なんてしてくれていなかっただろう。

「でも、そんなことをしたら……ご迷惑がかかります」
「迷惑なはずありません。夫婦はお互い我儘を言い合うものですよ」
「そうですか。わかりました! ありがとうございます」

 やっとニコリと笑ったルビーの身体を、ユリウスはベッドに縫い付けた。

「しかしこの愛が充分に伝わっていなかったのは、私の落ち度です。なので、今夜はたくさん伝える事にしましょう」
「……え?」
「覚悟してください」

 優しく微笑んでいるのに、瞳はギラリと光っているのを見て、ルビーは本能でまずいと悟った。

「あの、わかってます!」

 必死にそう伝えながら後ずさったが、すぐにヘッドボードにぶつかってしまった。

「安心してください。ルビーをひたすら気持ちよくするだけですよ」

 熱っぽくジッと見つめてくるユリウスに、そのまま甘く深い口付けを何度も繰り返された。













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ここまでお読みいただきありがとうございます。
あと残り五話です。これからは朝晩の二話ずつ投稿します。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。

大森 樹



 





 






 
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