上 下
23 / 32

22 彼女の秘密【レオン視点】

しおりを挟む
 俺はレベッカさんのことを何も知らなかった。知らないまま彼女の優しさと、彼女の愛にずっと守られていたんだ。

 人生に絶望していたあの日、彼女に頭を撫でてもらい『泣いていいよ』と言ってもらった瞬間に心が救われた。魔法をかけてもらったから、レベッカさんが好きなんじゃない。彼女の優しい微笑みに、一目惚れしたんだ。

 ああ、俺はどうして彼女がずっと抱えていた哀しい秘密に気が付かなかったのだろう。大好きなレベッカさんと付き合えたと浮かれていた自分が嫌になる。

 ――結婚して欲しいなんて。

 彼女から様々な物を奪った俺。どの口がそんなことを言うのか。

 婚約したい結婚したい……と言う俺に良い返事をしてくれないのは、自分がまだ彼女に相応しい大人の男になれていないだけだと思っていた。

 彼女に苦労をかけない金と地位が欲しい。そしてレベッカさんの隣にいても恥ずかしくないように、魔法使いとして一人前になりたいと思って必死に頑張ってきた。


「ごめん、レベッカさん」


 俺は自分のことばかり考えていた。彼女はどんな気持ちで俺の言葉を聞いていたのだろう。

 知らぬ間にずっと傷付けていたこと……謝っても許されることじゃない。






♢♢♢



「団長、これお土産です」

 俺は旅行から帰った翌日レベッカさんと一緒に買ったかなり良い酒を、団長の執務室に届けた。

「おっ、いいじゃねぇか。さすがレベッカ嬢!酒の味をわかってるな。センスがいい」

「どうせ俺はまだ酒のことわかりませんよ」

 彼女のチョイスだとすぐに気が付かれたことが悔しくて、唇を尖らせた。

「くっくっく、お前はまだまだガキだからな。大人の味はまだ早いだろうよ」

 だめだ。このまま団長のペースに乗せられたら、揶揄われて終わってしまう。

「団長のおかげで旅行とっても楽しかったです。ありがとうございました」

 俺はレベッカさんに言われた通り、冷静に淡々と団長にそう告げた。すると、団長は少し驚いた顔をした後……ニィッと意地悪く微笑んだ。

 ――なんか嫌な予感。

 その予感は的中していた。団長は俺の肩を強引に抱き寄せた。

「悪かったな、ガキ扱いして。お前はもうだもんな?」

「……?」

 一体何の話をしているのか?俺は生まれてからずっと男だ。

「ちゃんと優しくできたんだろうな?だけど、ずっと惚れてた女が初めてなんて、お前も幸せじゃねぇか」

 バシバシと肩を叩かれて、初めてその意味がわかった。

「なっ……!してませんよ。そういうことは結婚してからって決めてますから」

 俺は真っ赤になりながら、団長に怒りの声をあげた。

「はあぁ!?お前……俺が何のために気を利かせて同じ部屋にしてやって、金まで払ってやったと思ってんだ!それでも男か、このへタレ!!」

「知りませんよ。団長が勝手にしただけでしょう!俺達はこれからずっと一緒ですから、ゆっくり関係を深めます。時間はいくらでもあるんですから、焦る必要なんてありませんしね」

 怒りのままそう言うと、団長は急に真面目な顔になった。

「……時間が無限だと思ってるところがクソガキなんだよ」

「え?」

「魔法使いはいつ死ぬかわからない。俺達はそれくらいリスクのある仕事をしてる。大事な女だって事故や病気……急に死ぬことだってあるんだぜ?」

 静かなトーンで淡々と話す団長に揶揄いの色は全くない。

「俺はお前の何倍も生きてきて、色んな人間が死ぬ場面を何度も見てきた。だから一日一日後悔がないように生きろ」

「団長……?」

「時間は常に有限だ。それだけ忘れるな」

 いつもと違う雰囲気に戸惑っている俺に「さっさと任務に行け」としっし、と手で払われて執務室を追い出された。


 それがどういう意味かなんて……この時の俺はよくわかっていなかった。


 それから数日後、俺は書類を出すために事務室へ寄った。レベッカさんに逢えると、ご機嫌で向かったがそこに彼女はいなかった。

「あれ?あの……事務長、レベッカさん席を外しているんですか?」

 俺は必要な書類を、事務長に渡しながら彼女がどこにいるのか尋ねた。せっかく逢えると思っていたのに残念だ。

「レベッカ嬢の兄君が急にこちらに来られてね。話したいことがあるようだったから、早めの休憩に行ってもらったんですよ」

「えっ!?レベッカさんの兄上が来られているんですか!!」

 なんというチャンスだろう。本来なら先にご両親に会うべきなのはわかっているが、せっかくの機会なので彼女の兄上にご挨拶をしたい。

「どこへ行かれたかわかりますか?」

「ミーティングルームを使ってもいいかと聞かれましたので、そこで食べているかもしれませんね」

「なるほど!ありがとうございます」

「あ、レオン君。悪いけどこの書類を団長まで届けてくれるかな?」

 事務長から書類を渡されて「もちろんです」と受け取った。一度戻る時間も惜しく、俺はそのままミーティングルームへ向かった。

 行く前にピッと制服の襟を正して、身だしなみを整えた。そんなことで何が変わるわけではないだろうが、レベッカさんの家族に少しでも嫌われたくなかった。

 ミーティングルームに近付くと、言い争うような声が聞こえてきた。

 何を言っているかまでは聞こえないが、レベッカさんの声が聞こえる。いつも冷静な彼女が声を荒げるのは珍しい。

 ――喧嘩……?

 その時に、耳を疑うような言葉が聞こえてきた……話しているのはきっと彼女の兄上だろう。

「大事な妹の命を奪った奴が恋人だなんて、私は絶対に認めない。きっと父上や母上も同じ気持ちだ」

 一瞬意味がわからなかった。大事な妹はレベッカさんのこと、恋人とは俺のことだろう。

 ――命を

 とても嫌な予感がする。レベッカさんは切った髪が伸びないだけだと言っていた。でも……それが彼女の嘘だったら?

 俺は頭が真っ白になって、手に持っていた書類がバサバサと床に散らばった。

 物音に気が付いて、扉を開けたレベッカさんが酷く驚いているのがわかる。

「レベッカ……さ……ん、どういう……意味?命を奪うって……どういう……」

 レベッカさん、お願いだから違うと言ってくれ。お願いだから……。

 彼女の苦しそうな顔を見て、残念ながら事実なのだと血の気が引いていった。そして俺は後ろにいた男性に胸ぐらを乱暴に掴まれた。

「レオンって言うのはお前か。どんな理由があったにしろ、私はお前を許さない。二度と妹に近付くな!」

「お兄様っ!やめてくださいませ」

 やはりこの人はレベッカさんの兄上か。彼女が必死に止めようとしているが、彼は俺をギロリと睨みギリギリと首を絞めていく。

「それは私の妹の命と引き換えに手に入れた幸せだと、ちゃんとわかってるんだろうな?」

「命……と引き換え。髪が……伸びないだけじゃ……」

「はっ、冗談も休み休み言え。お前も魔法使いならわかるだろう。魔法は対価がないと発動しない。死にかけてたお前を助けた対価が髪だけなわけないだろ!!」

 そんな話は聞いていない。いや、本当に?俺は一度も疑問に思わなかったのか?自分に都合の悪い可能性をわざと考えないようにしてたのではないか。

 この国で片手ほどしかいないSランク級の魔力を持った人間を生き返らせるのに、対価が髪だけなんて安すぎる。

「お前知らずにレベッカの恋人でいたのか?テメエはどれだけ脳内お花畑なんだ。妹は優しいから言えなかっただけだ。それをまともに信じている時点で、お前は妹を任せるに値しない男だ」

 胸に言葉が突き刺さる。俺のせいで……俺のせいでレベッカさんを苦しめていたんだ。

 兄上はレベッカさんを家に連れ戻すと言っていた。彼女が魔法省を辞めたら、二度と逢うことなど出来ないだろう。

 彼が出て行った後、レベッカさんは魔法のことを詳しく話してくれた。そして俺のことをすごく心配してくれているのがわかる。

 なんで俺なんかの心配するんだよ。自分の命が俺のせいで減っていて、明日生きていられるのかすらわからないのに。

 どうして人のことばかり考えるんだ。どうしてそんな優しいんだ。どうして……そんな……当たり前のように死ぬことを受け入れているんだ。

 俺はレベッカさんに八つ当たりをした。絶対に言ってはいけないことを彼女に言ってしまった。

『あのまま死ねばよかった』

 そんなことは口が裂けても言っていいはずがない。だけど、どうしてもやりきれなかった。

 彼女に思い切り頬を打たれ、正気を取り戻した。レベッカさんは怒りと哀しみの表情をしていた。

『死ねばよかったなんて二度と言わないで』

 彼女にこんな……こんな酷い顔をさせたいわけじゃない。レベッカさんにはいつだって笑っていて欲しい。そのはずだったのに。俺は彼女を抱き締めて、何度も何度も謝った。

 あなたの命を奪ってごめん。
 あなたの嘘に気が付かなくてごめん。
 あなたを好きになってしまってごめん。
 あなたとあの日出逢ってしまってごめん。

 いくら謝っても足りそうにない。いつもあなたに優しく守られて、俺ばっかり幸せで……まだ何も返せていない。



 ――俺が絶対にあなたを死なせたりしない。



 何を犠牲にしたとしても、彼女を助ける。それが俺の使命だと心に誓った。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族との白い結婚はもう懲りたので、バリキャリ魔法薬研究員に復帰します!……と思ったら、隣席の後輩君(王子)にアプローチされてしまいました。

ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
秀才ディアナは、魔法薬研究所で働くバリキャリの魔法薬師だった。だが―― 「おいディアナ! 平民の癖に、定時で帰ろうなんて思ってねぇよなぁ!?」 ディアナは平民の生まれであることが原因で、職場での立場は常に下っ端扱い。憧れの上級魔法薬師になるなんて、夢のまた夢だった。 「早く自由に薬を作れるようになりたい……せめて後輩が入ってきてくれたら……」 その願いが通じたのか、ディアナ以来初の新人が入職してくる。これでようやく雑用から抜け出せるかと思いきや―― 「僕、もっとハイレベルな仕事したいんで」 「なんですって!?」 ――新人のローグは、とんでもなく生意気な後輩だった。しかも入職早々、彼はトラブルを起こしてしまう。 そんな狂犬ローグをどうにか手懐けていくディアナ。躾の甲斐あってか、次第に彼女に懐き始める。 このまま平和な仕事環境を得られると安心していたところへ、ある日ディアナは上司に呼び出された。 「私に縁談ですか……しかも貴族から!?」 しかもそれは絶対に断れない縁談と言われ、仕方なく彼女はある決断をするのだが……。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

【完結】絶世の美女から平凡な少女に生まれ変わって幸せですが、元護衛騎士が幸せではなさそうなのでどうにかしたい

大森 樹
恋愛
メラビア王国の王女であり絶世の美女キャロラインは、その美しさから隣国の王に無理矢理妻にと望まれ戦争の原因になっていた。婚約者だったジョセフ王子も暗殺され、自国の騎士も亡くなっていく状況に耐えられず自死を選んだ。 「神様……私をどうしてこんな美しい容姿にされたのですか?来世はどうか平凡な人生にしてくださいませ」 そして望み通り平民のミーナとして生まれ変わった彼女はのびのびと平和に楽しく生きていた。お金はないけど、自由で幸せ!最高! そんなある日ミーナはボロボロの男を助ける。その男は……自分がキャロラインだった頃に最期まで自分を護ってくれた護衛騎士の男ライナスだった。死んだような瞳で生きている彼に戸惑いを覚える。 ミーナの恋のお話です。ミーナを好きな魅力的な男達も沢山現れて……彼女は最終的に誰を選ぶのか?

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

【完結】堅物な婚約者には子どもがいました……人は見かけによらないらしいです。

大森 樹
恋愛
【短編】 公爵家の一人娘、アメリアはある日誘拐された。 「アメリア様、ご無事ですか!」 真面目で堅物な騎士フィンに助けられ、アメリアは彼に恋をした。 助けたお礼として『結婚』することになった二人。フィンにとっては公爵家の爵位目当ての愛のない結婚だったはずだが……真面目で誠実な彼は、アメリアと不器用ながらも徐々に距離を縮めていく。 穏やかで幸せな結婚ができると思っていたのに、フィンの前の彼女が現れて『あの人の子どもがいます』と言ってきた。嘘だと思いきや、その子は本当に彼そっくりで…… あの堅物婚約者に、まさか子どもがいるなんて。人は見かけによらないらしい。 ★アメリアとフィンは結婚するのか、しないのか……二人の恋の行方をお楽しみください。

【本編完結】若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!

はづも
恋愛
本編完結済み。番外編がたまに投稿されたりされなかったりします。 伯爵家に生まれたカレン・アーネストは、20歳のとき、幼馴染でもある若き公爵、ジョンズワート・デュライトの妻となった。 しかし、ジョンズワートはカレンを愛しているわけではない。 当時12歳だったカレンの額に傷を負わせた彼は、その責任を取るためにカレンと結婚したのである。 ……本当に好きな人を、諦めてまで。 幼い頃からずっと好きだった彼のために、早く身を引かなければ。 そう思っていたのに、初夜の一度でカレンは懐妊。 このままでは、ジョンズワートが一生自分に縛られてしまう。 夫を想うが故に、カレンは妊娠したことを隠して姿を消した。 愛する人を縛りたくないヒロインと、死亡説が流れても好きな人を諦めることができないヒーローの、両片想い・幼馴染・すれ違い・ハッピーエンドなお話です。

【完結】記憶を失くした貴方には、わたし達家族は要らないようです

たろ
恋愛
騎士であった夫が突然川に落ちて死んだと聞かされたラフェ。 お腹には赤ちゃんがいることが分かったばかりなのに。 これからどうやって暮らしていけばいいのか…… 子供と二人で何とか頑張って暮らし始めたのに…… そして………

【完結】公女が死んだ、その後のこと

杜野秋人
恋愛
【第17回恋愛小説大賞 奨励賞受賞しました!】 「お母様……」 冷たく薄暗く、不潔で不快な地下の罪人牢で、彼女は独り、亡き母に語りかける。その掌の中には、ひと粒の小さな白い錠剤。 古ぼけた簡易寝台に座り、彼女はそのままゆっくりと、覚悟を決めたように横たわる。 「言いつけを、守ります」 最期にそう呟いて、彼女は震える手で錠剤を口に含み、そのまま飲み下した。 こうして、第二王子ボアネルジェスの婚約者でありカストリア公爵家の次期女公爵でもある公女オフィーリアは、獄中にて自ら命を断った。 そして彼女の死後、その影響はマケダニア王国の王宮内外の至るところで噴出した。 「ええい、公務が回らん!オフィーリアは何をやっている!?」 「殿下は何を仰せか!すでに公女は儚くなられたでしょうが!」 「くっ……、な、ならば蘇生させ」 「あれから何日経つとお思いで!?お気は確かか!」 「何故だ!何故この私が裁かれねばならん!」 「そうよ!お父様も私も何も悪くないわ!悪いのは全部お義姉さまよ!」 「…………申し開きがあるのなら、今ここではなく取り調べと裁判の場で存分に申すがよいわ。⸺連れて行け」 「まっ、待て!話を」 「嫌ぁ〜!」 「今さら何しに戻ってきたかね先々代様。わしらはもう、公女さま以外にお仕えする気も従う気もないんじゃがな?」 「なっ……貴様!領主たる儂の言うことが聞けんと」 「領主だったのは亡くなった女公さまとその娘の公女さまじゃ。あの方らはあんたと違って、わしら領民を第一に考えて下さった。あんたと違ってな!」 「くっ……!」 「なっ、譲位せよだと!?」 「本国の決定にございます。これ以上の混迷は連邦友邦にまで悪影響を与えかねないと。⸺潔く観念なさいませ。さあ、ご署名を」 「おのれ、謀りおったか!」 「…………父上が悪いのですよ。あの時止めてさえいれば、彼女は死なずに済んだのに」 ◆人が亡くなる描写、及びベッドシーンがあるのでR15で。生々しい表現は避けています。 ◆公女が亡くなってからが本番。なので最初の方、恋愛要素はほぼありません。最後はちゃんとジャンル:恋愛です。 ◆ドアマットヒロインを書こうとしたはずが。どうしてこうなった? ◆作中の演出として自死のシーンがありますが、決して推奨し助長するものではありません。早まっちゃう前に然るべき窓口に一言相談を。 ◆作者の作品は特に断りなき場合、基本的に同一の世界観に基づいています。が、他作品とリンクする予定は特にありません。本作単品でお楽しみ頂けます。 ◆この作品は小説家になろうでも公開します。 ◆24/2/17、HOTランキング女性向け1位!?1位は初ですありがとうございます!

処理中です...