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21 真実を知る時

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 あの旅行から一週間ほど経過したある日……事務室のドアがノックされ、見知った顔が入ってきたことに私は驚いた。

「レベッカ、お前に話がある」

「お、お兄様……!?どうして魔法省に?」

「どうしてもなにも理由はお前が一番よくわかっているだろう?忙しいと言って一向に家に帰って来ぬから、王宮への用事ついでに心配して来たのだ」

 私は急に職場に現れたお兄様にとても動揺してしまった。

「フェルナンデス事務長、アリシア嬢……いつも私の妹が世話になっていて申し訳ない」
「いえ、こちらこそレベッカ嬢にいつも助けられています」
「私もレベッカさんにいつも大変お世話になっています」

 お兄様が頭を下げるので、二人も丁寧にそんな挨拶を返してくれている。

 ――まずい。お兄様が来ていることをレオンさんに知られたら、挨拶がしたいと言うに決まっている。

「少し早いけど、兄君と一緒にお昼休憩に行ったらどうだい?久しぶりに積もる話もあるだろうし」

 事務長の優しさに甘えて、そうさせてもらうことにした。

「二人きりで話したいことがある。人目につかない場所がいい」

 お兄様はギロリと私を睨んだ。なんだか、話がありそうだ。

「……わかりました」

 私は使われていないミーティングルームを借りることにした。今日一日誰も使う予定がなかったはずだから。

「お兄様、お話とはなんですか?」

 私より三歳上のヴィンスお兄様は、水属性の優秀な魔法使いだ。嫡男なので魔法省には入っていない。真面目で少し頭が固いがとても面倒見が良く、髪の魔力を持っている私をいつも心配してくれている優しいお兄様。幼い頃は私をいつもいじめっ子達から守ってくれていた。

 婚約破棄された時も、相手に怒っていたのは私よりもお兄様だった。

「お前に恋人ができたと風の噂で聞いた。それは……とても喜ばしいことだと思ったんだ。なんでなんだ!?」

 お兄様はギリッと唇を強く噛み締め、拳を握ってドンと机を叩いた。

「お兄様、聞いて。あのね……」

「俺は絶対に認めない。お前がこんなことになったのはあの男のせいじゃないか!許せない……アイツがいなければお前は普通の貴族令嬢として一生を終えれたはずだ。それをアイツが全て奪ったんだ!なのになぜ……付き合うなんてこと」

 あの時髪を切ったのは私の判断だ。後悔なんてしていない。だけど、お兄様は全てレオンさんのせいだと思ってしまっているのだ。

「私、レオンさんのことが好きなの」

「ふざけるな。あの男にどう言いくるめられたか知らぬが、諸悪の根源を好きになるなどあり得ないだろう」

 お兄様がギロリと私を睨みつけた。どうやら本気で怒っているらしい。たぶん両親とお兄様はこのお付き合いを良く思わないであろうことは想像していた。

 だからこそ、彼を家族に紹介することができなかったのだ。

「大事な妹の命を奪った奴が恋人だなんて、私は絶対に認めない。きっと父上や母上も同じ気持ちだ」

 その時、廊下でバサバサと何かを落とす物音が聞こえた。

 ――まさか。誰かに話を聞かれていた?

 まずい。だが今の会話で、私の髪に魔力があるとまではわからないはずだ。

 誰に聞かれたのか心配になってドアを開けると、そこには一番最悪の相手が真っ青になって呆然と立っていた。


「レベッカ……さ……ん、どういう……意味?命を奪うって……どういう……」


 彼は虚な目のまま、ゆっくりと私を見つめた。私は真っ直ぐ彼を見ることができなかった。

「レオン……さ……ん」

 後ろにいたお兄様が、レオンさんの存在に気がつき胸ぐらを乱暴に掴んだ。

「レオンって言うのはお前か。どんな理由があったにしろ、私はお前を許さない。二度と妹に近付くな!」

「お兄様っ!やめてくださいませ」

 私は必死に止めようとするが、お兄様の怒りは収まらなかった。

「お前だけ幸せでいいよな?死にかけてたのを治してもらって、魔法省では次期団長候補だなんだと持て囃されて……将来安泰だもんな?いい条件の見合い話も沢山あるそうじゃねぇか。そんな奴が妹に近付いて何のつもりだ?今更詫び?同情のつもりか?レベッカはお前のせいで縁談だってうまくいかなかったのに」

「お兄様っ!」

 やめて、やめて、やめて。レオンさんは何も知らないのに。ずっと隠してきたのに……彼を傷つけないで欲しい。

 婚約破棄だってレオンさんのせいではない。髪が短くなったことを責められたことはきっかけにすぎず、元婚約者は私のことなど元々好きではなかったのだ。

「お前の幸せは私の妹の命と引き換えに手に入れたものだと、ちゃんとわかってるんだろうな?」

「命……と引き換え?髪が……伸びないだけじゃ……」

 レオンさんの目が大きく開かれ、苦しげに掠れた声を絞り出した。

「はっ、冗談も休み休み言え。お前も魔法使いならわかるだろう。魔法は対価がないと発動しない。死にかけてたお前を助けた対価が髪だけなわけないだろ!!」

「つまり……髪はレベッカさんの命と同じって……こと……ですか。じゃあ……あの時……俺のためにどれだけの……」

「お前知らずにレベッカの恋人でいたのか?テメエはどれだけ脳内お花畑なんだ。妹は優しいから言えなかっただけだ。それをまともに信じている時点で、お前は妹を任せるに値しない男だ」

 お兄様はそのままガンッとレオンさんを床に放り投げた。彼は力なく床に項垂れている。

「レオンさんっ、大丈夫ですか。お兄様が乱暴なことをして申し訳ありません。怪我はありませんか?」

「……」

 レオンさんはピクリとも動かず、無言のままだった。

「レベッカ、お前仕事を辞めて家に戻って来い。わたしは妹を養うくらいの甲斐性はある」

「お兄様っ!勝手なことを言わないで」

「お前のためだ。こいつといるのは精神的に良くない。二週間後にもう一度迎えに来る。辞める準備をしておけ」

 それだけ言ってお兄様は部屋を出て行った。早く自分から話さなかったばっかりに、最悪の状況で秘密をばらされてしまった。でもこれは私のせいだ。

「レベッカ……さん……さっきの……本当ですか」

「……はい」

「なんで……そんなこと」

 だけど、いつかバレる日がくるのではないか?と心の何処かでは思っていた。こうなった以上は隠すことはできない。私は髪の魔力のことを洗いざらい全て話した。

 髪を切ろうが切るまいが寿命は進んでいくが、切ると切った分だけ寿命が縮む代わりにどんな大怪我や病気も治せる万能な力だと。

 そして恐らく私は長くても四十歳くらいまで……もしかして元々が短命なら明日にでも命が尽きる可能性もあるということをなるべく冷静に話した。

 彼は悔しそうに口を引き結びながら、ぐしゃりと自分の髪を掴んだ。

「寿命は誰にもわかりませんから」

「俺、そんな頼りない……ですか。事実を言えないくらい……ガキですか?何も知らないままあなたの恋人だって浮かれて……この年齢までのうのうと生きて……馬鹿みたいだ」

「違うわ。だけどあなたにこのことで責任を感じて欲しくなかったの。私が私の意思でしたことなのだから」

「でも俺のせいだ!俺、あのまま死ねばよかった!!あの時の俺はあなたと何の関係もなかった。なのにどうして助けたんですか?大好きな……あなたの命を奪って生き長らえるなんて……そんなの生きてる意味がない」

 パチンっっ!!

 瞬間的に手が出てしまった。他人の頬を全力で打ったのは生まれて初めてだ。手がジンジンと痛い。殴った方も痛いのだと初めて知った。

 ――その発言だけはどうしても許せない。

「死ねばよかったなんて二度と言わないで。私が……私の命をかけてあなたを助けたことを……無駄だったなんて……絶対に……絶対に言わないで」

 私は彼を睨みつけた。そしてボロボロと大粒の涙が溢れて、止まらなくなってしまった。そんな私を抱き締めて、レオンさんは「ごめんなさい」とずっとずっと私に謝っていた。



「……死なせません。俺が絶対にあなたを死なせたりしない」



 レオンさんはものすごく強い力で、私を抱き締めた。彼の涙で私の背中が徐々に濡れていく。

「私こそごめんなさい。私は弱くて、自分から話す勇気がどうしてもなかったの。こんな形で知らせてしまって一番あなたを傷付けてしまったわ」

 私は謝りながら、落ち着かせるように彼の背中をゆっくりと撫でた。

「レベッカさんは、何も悪くない。俺が必ず救ってみせるから、安心してください」

「レオンさん……気持ちは有り難いけれど、これはどうしようもないの。だからね、もし私に何かあってもあなたは幸せに生きてください。それが私の唯一の望みだから」

 この『死』を阻止できないかと、両親は私のために様々な文献を読み漁り色々と調べていた。他国の治癒魔法使いにも会いに行ったりしたが、結局はどうしようもなかったし、不明な点が多すぎて何の手がかりも見つからなかったのだ。

 そして私と同じ能力を持っていた曽祖母は、やはり短命で亡くなっているそうだ。戦争で大怪我をした曽祖父……つまりは夫のために髪の力を使ったのではないかという話だった。

 この魔力は、私自身もよくわかっていないことの方が多い。

「……あなたがいない世界で、俺は幸せになんてなれない」

 低く抑揚のない声で彼はそう呟いた。

「レオンさん!」

「そうか。あの時……あの旅行の時……俺に言わせたんですね。酷いよ……レベッカさん」

 ――その通りだ。

 私は、何も知らない彼に『私が死んでも幸せに生きる』ことを『約束』させた。



「俺はあなたに守られてばかりだ」



 その苦しそうな声を聞いて、胸が締め付けられて苦しくなる。そんなことはない。私は何度レオンさんの存在に救われたことだろう。だけど、この時は上手く言葉にできなかった。


「愛しています」


 泣きそうな顔でそう言ったレオンさんは、ノロノロと立ち上がり「俺にそんなこと言う資格……ありませんけど」という言葉を残してその場から姿を消した。


 テレポーテーションで消えた彼は、最初からここにいなかったみたいだ。


「うっ……うう……ひっく……」


 私は力が抜けてずるずると床にしゃがみ込んで、涙が枯れるほど泣き続けた。





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