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16 違和感

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 デートの別れ際に、オスカーはアイラから口付けをされた。

 驚いて目を開けた時に見たのは、苦しそうな顔でボロボロと涙を流しているアイラだった。

 いくら女心に疎いオスカーでも、今回ばかりは『おかしい』とすぐにわかった。しかし、あまりの衝撃に身動きが取れずにいるとアイラから『さようなら』と別れの言葉を言われた。普通に考えれば今日は『さようなら』というただの挨拶だ。

 だけど、その哀しい響きはアイラから『もう二度と逢わない』と言われているような気がした。走り去っていくアイラの背中を見つめ続け、扉が閉まった音を聞いて我に返った。

「どういうことだ?」

 オスカーはものすごく嫌な予感がした。今日のデートはとても楽しかった。アイラも楽しんでくれていたはずだ。だが、ところどころでアイラは気分が沈んでいるような場面があった。でもそれは、教員試験の結果を気にしていたからだろうとオスカーは勝手に結論付けていた。

 オスカーはそっと唇を指で触った。アイラは恋人でもない男に、自分から口付けをするようなタイプの女性ではない。よっぽどの理由がなければ。

 つまりは、理由があるのだ。

 オスカーは、すぐにロッシュ家の扉を叩いた。こういう事は先延ばしにして良いことはない。オスカーは、今すぐアイラと話をするべきだと思った。

「オスカーです。アイラと話がしたい!」
「申し訳ありません。お嬢様はオスカー様に逢いたくないと言われていますので、お帰り下さい」
「頼む、開けてくれ!」
「……お帰り下さい」
「どうしてだ! さっきまで楽しく話していたのに」

 オスカーはドンと強く扉を叩いた。中から聞こえてくる使用人の反応は、とても事務的なものだ。きっとアイラが屋敷に入れないように指示をしているのだろう。

「お願いだ。もう一度アイラと話がしたい」

 その悲痛な叫びは、屋敷中に響くほどの大きな声だった。オスカーはアイラにも聞こえるように、あえて大声を出したのだ。

 しかし、扉が開くことはなかった。そしてアイラが出てきてくれることも。

 次の日もその次の日も、オスカーはアイラに逢いたいと屋敷まで行ったが反応は同じだった。それは一週間経った今も全く状況は変わっていない。

 手紙も何通も書いたが、返事は一通も返ってこない。恐らく読んでもいないのだろう。

「……アイラ」

 オスカーはどうしていいかわからなかったが、このまま同じことを繰り返してもアイラが逢ってくれないであろうことだけはわかった。





「顔色悪いぞ。少し休んだらどうだ?」
「いや、仕事をしている方が気が紛れる」
「そうか。ちなみに、アイラ嬢は今夜は不参加しらしい」
「予想通りだな。調べさせてすまない」
「……あんまり無理すんなよ」

 エイベルだけには、あの日起こった出来事を伝えていた。初めてのデートだと浮かれていたオスカーが、血の気の引いた顔で騎士団の寮に帰って来たところをエイベルにたまたま見られたからだ。

『お前、ついに振られたのか?』
『はっきりと振られたなら……まだ良かった』
『どういう意味だよ』
『俺にも何がなんだかわからねぇ』

 あまりに辛そうなオスカーを、誰にも見られないように自分の部屋に入れ夜通し話を聞いてくれた。

 しかしどれだけアイラのことが気がかりで心配でも、任務を放り出すわけにはいかない。

「隊長、異変はありません」
「わかった。俺はしばらく会場内を見回る」
「了解です」

 楽しそうな舞踏会の会場は、今のオスカーの気分とは真逆の雰囲気だった。

「きゃあ、ファビアン様よ」
「今夜も素敵ね! 私たちの理想の王子様よ」
「でも、珍しいわね。テレージア様と踊っていらっしゃるわ」
「でもあのお二人、お家柄は合ってらっしゃるでしょう? 婚約のお話もあるとか」
「えーっ!」

 貴族同士の噂話は、舞踏会ではよくあることだ。オスカーは聞き流していたが、ダンスフロアで優雅に踊るファビアンは目立っていてどうしても目を惹く。

「理想の王子様……か」

 ファビアンは貴族らしい線の細い身体に、さらさらのブロンド髪……そして鼻筋はスッと通っていてとても整った顔だ。物腰は柔らかで、常に笑顔を浮かべている。

 オスカーは、ファビアンもアイラが好きだと気が付いていた。舞踏会で二人が話しているところを見たことがあるし、他の貴族も『ファビアンとアイラはお似合いだ』と噂しているのを知っていたからだ。

 しかし、オスカーにはアイラにファビアンが合っているとは思えなかった。むしろ全然似合っていない。

 オスカーはファビアンの、貼り付けたような笑顔が好きではなかった。貴族は感情を露わにしない人が多いが、ファビアンは特に誰にでも同じ顔で接していた。

 それに比べてアイラは、オスカーの前では花が綻ぶように可愛く微笑んでくれる。それだけで……オスカーの胸がいっぱいになるほどに。

 だから、アイラはファビアンを好きになることはないだろうと内心思っていた。

「あの女は……!」

 ファビアンとダンスを踊っているのは、以前アイラを虐めていたテレージアだった。

 オスカーはそれを見て、強烈な違和感を感じた。

 アイラは高位貴族の御令嬢から、よく睨まれている。それは社交界では有名な話だ。むしろ『可愛いからこそ目をつけられる』なんて褒め言葉のように言われていることもあるくらいだ。

「……好きな女に嫌がらせしてる女と普通踊らないよな」

 家同士の付き合いもあるかもしれないが、ファビアンの立場なら嫌なら断われるはずだ。それなのに、二人は踊っている。

 嬉しそうな顔のテレージアとは対照的に、ファビアンはいつもの作られた笑顔だ。

 ダンスを終えると、ファビアンはすぐにその場を離れて顔を歪ませて服を手で払った。

「……っ!」

 そしてまた穏やかな表情で、周囲と談笑を始めた。なんだかわからないが、オスカーは心の中にもやもやとしたものを感じていた。

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