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13 最後のデート②

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「あー食べたな」
「はい、お腹いっぱいです」

 二人はレストランを後にして、祭りを楽しむことにした。

「わっ……!」

 街には人が増えており、アイラはドンと人にぶつかってよろけてしまった。

「危ない」

 オスカーがすぐに肩を引き寄せてくれて、なんとか倒れずに済んだ。

「すみません」
「いや、人が多いな」

 そう言ってオスカーは、自然にアイラの手を握った。アイラはエスコートやダンス以外で、家族以外の異性と手を繋いだことがなかった。

 驚きと戸惑いで、ドキドキと胸が煩い。顔が熱いので、手にも汗をかいているかもと思うとアイラは恥ずかしかった。

「あ、あの……オスカー様。その……手を……」
「はぐれたら危ないから」
「……っ!」

 さらにギュッと手を握られて、アイラは下を向いてしまった。

「悪い。嫌だよな」

 オスカーは哀しそうな顔で笑い、パッと手を離した。温もりが急に離れて、アイラはなんだか寂しくなった。そして恥ずかしかっただけなのに、オスカーを傷つけてしまったと後悔した。

「でも心配だから見失わないように、前歩いてくれないか?」

 そうお願いされたが、アイラはくるりと後ろを向きオスカーの真横に移動した。

「……ア、アイラ?」

 アイラは勇気を出して、オスカーの手をギュッと握った。

「私はこういう場所に慣れておりません。だ……だから、きちんとエスコートしてくださいませ」

 真っ赤な顔で早口でそう伝えた。オスカーと逢えるのも今日で終わり……つまりは今日しかないのだ。自分の想いは伝えられないが、デートの間だけは恋人同士のように過ごしてみたかった。

「そうだな」

 オスカーは嬉しそうに目を細めて、そのまま二人で祭りをめいっぱい楽しんだ。

 少し離れたこの街では、知った顔もないためアイラもとてもリラックスしていた。笑顔の多いアイラを見て、オスカーは嬉しかった。

「オスカー様、見てください。コインが手を貫通しました!」

 大道芸をしているピエロが手品をしているのを、アイラは小さな子どもたちの中に混じって真剣な顔で見つめている。

「どんな仕掛けになっているのでしょうか」

 首を傾げながら悩んでいるアイラが可愛らしくて、オスカーは声を殺してくくくっと笑った。普段はしっかりと大人びて見えるアイラだが、こういうところは年相応の十七歳の少女だ。

「アイラ、おいで」
「え? でもまだ謎が解けていません」

 悩んでいるアイラは可愛らしいが、彼女の視線をピエロが独占するのは許せなかった。オスカーはアイラに見つめてもらえるまで、かなり時間がかかったというのに。

「手の中にある小さなイヤリング。これを手の甲に貫通させて見せましょう」

 ピエロと同じ手品を始めたオスカーに、アイラは目を丸くしていた。

「三、二、一……はいっ!」

 大げさに声をあげ、ゆっくりと重ねた手を取るとイヤリングは手の甲の上にのっていた。もちろん手の中には何もないため、アイラにわざと広げて『何もない』ことを見せつける。

「えぇ!」

 パチパチと目を瞬かせて驚いているアイラは、オスカーの手を触りどうなっているのか調べている。

「タネも仕掛けもございません。お嬢さん、これは記念にどうぞ」

 この手品はタネと仕掛けしかない。これくらいは、騎士団の宿舎で暇つぶしにみんながしている程度のものだ。オスカーはアイラが手品に夢中になっている隙に、出店で買ったバラのイヤリングをそっと耳に付けた。

「……あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
「まさかオスカー様がマジシャンだったなんて」

 ポツリと呟いたアイラに、オスカーはブハッと吹き出した。

「じゃあ俺はアイラ専属のマジシャンになろう」
「専属?」
「ああ。だから、他の男をそんなに熱心に見つめるな」

 オスカーは真顔でアイラを見つめ、そのまま手を握り直した。

「え……?」
「ピエロまでライバルになったら、さすがに俺は笑えない」

 大きなため息をつくオスカーに、アイラはくすくすと笑い出した。

「……ピエロと結婚はできるのかしら」
「アイラは知らないのか? ピエロは絶対に結婚してはいけない決まりがあるんだぞ」

 しれっとした顔で平気で嘘をつくオスカーの手を、アイラは軽くつねった。

「大嘘つきね」
「痛ててて。仕方がないだろ、ライバルは一人でも減らしておかないと」

 大袈裟に痛がるオスカーと笑い合い、二人で祭りをまわりながら他愛のないことを話し続けた。

 アイラはこの穏やかで幸せな時間がずっと続けばいいのにと、心の中で思った。

「暗くなってきたな」

 オスカーのその言葉を聞いて、アイラは急に哀しくなった。きっと『そろそろ帰ろう』と言われるからだ。

「心配かけてはいけないから、そろそろ……」

 アイラは進もうとするオスカーの手を引いて、そのまま深く俯いた。

「アイラ?」
「まだ。まだ……もう少しだけ」

 そう言ったアイラの声をかき消すように、街の中心からは音楽が聞こえてきた。

「なんだ?」
「気になりますわ。行ってみましょう!」

 オスカーの手を引き、アイラは音の方へ歩いて行った。

「わぁ、すごい人です」

 そこには街の人々が広場に集まっており、生演奏に合わせて楽しげにみんなが踊っていた。

「お嬢さんたち、この祭は初めてかい? 祭りの最後はみんなで夜通し踊って騒ぐんだよ」
「そうなのですね」
「ここで踊れば、花の女神の加護があるって信じられてるんだよ」

 親切な街の人がそう教えてくれた。アイラはニッと悪戯っぽく笑い、オスカーの手を引いた。

「ちょ、ちょっと待ってくれ。まさか」
「ええ、せっかくだし踊りましょうよ」
「俺は何年もダンスなんてしてないぞ」

 青ざめているオスカーを無視して、アイラは中心に進んで行った。

「私がリードします。それに、堅苦しいダンスじゃなくていいみたいですよ」
「そう言われてもな」
「心のままに踊りましょう。こんな機会はなかなかありませんから」

 可愛らしく笑うアイラを前にして、彼女に惚れているオスカーがダンスを断われるはずがなかった。



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