上 下
93 / 100

93 卒業式③

しおりを挟む
 ブライアンは寂しそうな表情で、こちらをチラリと見た。

「君はもう普通の女の子だ」
「え?」
女神ヴィーナスじゃなくなった君と私が一緒にいる理由がない」
「どうしてそんなことを言うの? 女神ヴィーナスじゃない私はいらないってこと? 能力のなくなった私の傍にいる価値はないかしら」

 私は目に涙を溜めて彼を見つめた。

「逆だよ。一緒にいたいが、もう君に私は必要がない。君が女神ヴィーナスなら……守るという理由をつけて傍にいられたがもう無理だ」
「……」
「だが、リリアンはずっと君が普通の女の子になるのを望んでた。だから私もそうなってくれてとても嬉しい」
「そう」
「嬉しいはずなのに……辛いんだ」

 彼は私をギュッと強く抱きしめた。

「君と離れるのが辛い。君が生きていて幸せならそれだけでいいと思っていたのに、一緒にいたいと思ってしまった」
「ブライアン……」
「だから私は君の前から姿を消す。だが、私はリリーに忠誠を誓った。君を守りたい気持ちは変わっていないし、リリーが困った時には必ず駆けつけるよ」

 彼は体を離し、跪いて小さな箱を開けた。

「デュークに預けようと思っていたんだが……」

 中には漆黒に輝く石でできた美しいブローチが入っていた。

「これは魔石だ。私の魔力が込められている……君がこれを握って私の名を呼べば移動魔法で強制的に、リリーの元に飛んで行く仕組みにしてある」

 私はそっとブローチを手に取った。

「何か危ないことがあれば遠慮なく呼んでくれ」
「ありがとう」
「この髪紐のお礼だよ」
「危険な時しか呼んじゃだめなの?」
「え?」
「寂しくなったら……貴方に会いたくなったら呼んでもいい?」

 私がポロポロと涙を流すと、彼は唇を噛み締め怒ったような顔をした。

「こっちは必死に我慢してるのに、君は……悪い子だな」

 彼は立ち上がり、私の頬にキスをした。しかも一回では終わらず、愛おしそうに首元にもちゅっちゅと沢山口付けられる。私は驚いて彼の体を押し返そうとするが、びくともしない。

「ブライアン、やめて!」
「リリー……何度言ったらわかるんだ? 男を煽るとこんな風に危険だよ」

 耳元で甘い声で囁かれて、くたっと力が抜けてしまう。

「真っ赤になって可愛いな。このまま攫ってしまいたいが……タイムリミットだ。君の王子様が迎えにきた」

 ザクザクと乱暴な足音と共にザックが現れた。

「すぐにリリーを離せ。じゃないとお前を……許せなくなりそうだ」
「別れの挨拶をしてただけだよ」
「もう充分だろ? 返してもらう」
「ああ」

 ザックはギロリと睨んで彼から私を乱暴に引き剥がして、自分の腕の中にギュッと腕に閉じ込めた。

「私は明日この国を去る」
「そう……か。今まで世話になったな。リリーのことは、お前の分まで俺が幸せにするから安心しろ」
「彼女を頼んだよ」
「ああ」

 ザックは力強くそう返事をした。

「そうだ、君にも伝えておこう。リリーに魔石を渡したんだ……困ったことがあれば私をすぐに呼べるように」
「魔石を?」
「リリー! 結婚してアイザックがだったら呼ぶんだよ。代わりに私が満足させてあげるから」

 ブライアンは悪戯っぽくニヤリと笑い、私に向かって色っぽくウィンクをした。

「……下手?」

 一体何が下手なのだろうか? ザックが下手でブライアンは上手なものってなんなのだろう。私には意味がわからなくて首を傾げるが、ザックは真っ赤になって怒っている。

「ふ、ふざけんなよ! なんて事言ってるんだ。お前なんか呼ばれるわけないだろ」
「くっくっく、それはお前次第だな」
「リリーに下世話な話してんじゃねぇ!」
「必死になっちゃって」
「お前、やっぱり許さねえ!」
「せいぜい暴走しないように頑張んな」
「殺す」

 ブライアンはゲラゲラと腹を抱えながらひとしきり笑った後、私の頭をポンポンと撫でて「じゃあな。アイザックと幸せに」と言った瞬間、移動魔法で消え去った。

 まるで彼は最初からいなかったかのようだ。ザックは私をギュッと抱きしめて「消毒」とブライアンに触れられた場所と同じところにキスをした。

「会場にいないし、デューク様がブライアンに君を任せたとか言うから心配した」
「ごめんなさい。彼が急に明日いなくなるって言うからお別れを言いたくて」
「あいつがいなくなって寂しい?」
「……え?」
「リリーには俺がいる。ブライアンがいなくても寂しい思いなんてさせない。俺が一生守るし、俺がこの世で一番君を愛してる」

 ザックの瞳は心配気に揺れている。不安にさせてしまった……確かにブライアンのことは好きだが、恋愛感情ではない。

 私は彼の首にそっと手を回し、背伸びして優しく口付けをした。

「私が自らこうしたいのはザックしかいないわ」
「リリー! 大好きだ」

 その後私からのキスに尻尾を振って喜んでいるワンコのような彼から、熱烈なキスとハグの嵐を受けて会場に戻れたのは随分と時間が経過した後だった。

 こうして卒業式の長い夜は更けていった。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

果たされなかった約束

家紋武範
恋愛
 子爵家の次男と伯爵の妾の娘の恋。貴族の血筋と言えども不遇な二人は将来を誓い合う。  しかし、ヒロインの妹は伯爵の正妻の子であり、伯爵のご令嗣さま。その妹は優しき主人公に密かに心奪われており、結婚したいと思っていた。  このままでは結婚させられてしまうと主人公はヒロインに他領に逃げようと言うのだが、ヒロインは妹を裏切れないから妹と結婚して欲しいと身を引く。  怒った主人公は、この姉妹に復讐を誓うのであった。 ※サディスティックな内容が含まれます。苦手なかたはご注意ください。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王太子様お願いです。今はただの毒草オタク、過去の私は忘れて下さい

シンさん
恋愛
ミリオン侯爵の娘エリザベスには秘密がある。それは本当の侯爵令嬢ではないという事。 お花や薬草を売って生活していた、貧困階級の私を子供のいない侯爵が養子に迎えてくれた。 ずっと毒草と共に目立たず生きていくはずが、王太子の婚約者候補に…。 雑草メンタルの毒草オタク侯爵令嬢と 王太子の恋愛ストーリー ☆ストーリーに必要な部分で、残酷に感じる方もいるかと思います。ご注意下さい。 ☆毒草名は作者が勝手につけたものです。 表紙 Bee様に描いていただきました

このたび、あこがれ騎士さまの妻になりました。

若松だんご
恋愛
 「リリー。アナタ、結婚なさい」  それは、ある日突然、おつかえする王妃さまからくだされた命令。  まるで、「そこの髪飾りと取って」とか、「窓を開けてちょうだい」みたいなノリで発せられた。  お相手は、王妃さまのかつての乳兄弟で護衛騎士、エディル・ロードリックさま。  わたしのあこがれの騎士さま。  だけど、ちょっと待って!! 結婚だなんて、いくらなんでもそれはイキナリすぎるっ!!  「アナタたちならお似合いだと思うんだけど?」  そう思うのは、王妃さまだけですよ、絶対。  「試しに、二人で暮らしなさい。これは命令です」  なーんて、王妃さまの命令で、エディルさまの妻(仮)になったわたし。  あこがれの騎士さまと一つ屋根の下だなんてっ!!  わたし、どうなっちゃうのっ!? 妻(仮)ライフ、ドキドキしすぎで心臓がもたないっ!!

絶望?いえいえ、余裕です! 10年にも及ぶ婚約を解消されても化物令嬢はモフモフに夢中ですので

ハートリオ
恋愛
伯爵令嬢ステラは6才の時に隣国の公爵令息ディングに見初められて婚約し、10才から婚約者ディングの公爵邸の別邸で暮らしていた。 しかし、ステラを呼び寄せてすぐにディングは婚約を後悔し、ステラを放置する事となる。 異様な姿で異臭を放つ『化物令嬢』となったステラを嫌った為だ。 異国の公爵邸の別邸で一人放置される事となった10才の少女ステラだが。 公爵邸別邸は森の中にあり、その森には白いモフモフがいたので。 『ツン』だけど優しい白クマさんがいたので耐えられた。 更にある事件をきっかけに自分を取り戻した後は、ディングの執事カロンと共に公爵家の仕事をこなすなどして暮らして来た。 だがステラが16才、王立高等学校卒業一ヶ月前にとうとう婚約解消され、ステラは公爵邸を出て行く。 ステラを厄介払い出来たはずの公爵令息ディングはなぜかモヤモヤする。 モヤモヤの理由が分からないまま、ステラが出て行った後の公爵邸では次々と不具合が起こり始めて―― 奇跡的に出会い、優しい時を過ごして愛を育んだ一人と一頭(?)の愛の物語です。 異世界、魔法のある世界です。 色々ゆるゆるです。

処理中です...