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59 ちょっと待って

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「リリーはアイザックと婚約させる。アイザックは強いから彼女を守る力は申し分ない……それにお互い想い合っているのであれば、きっと一緒にいるのが一番良いだろう」
「ありがとうございます! 必ず幸せにします」

 アイザックはお父様の言葉に深く頭を下げ、とても喜んだ声をあげた。私は恥ずかしくて俯いてしまう。

「ちょっと待って」

 ずっと静かに話を聞いていたアーサーが、急に大きな声をあげた。姉ではないと聞いた時、彼は目が溢れるくらい大きく瞳を開き驚いていたが……何も言わずに黙っていた。

 ――ああ……そうよね。こんなに急に色々と言われて戸惑うに決まっているわ。

 私はアーサーを切ない表情で見つめ、彼の次の言葉を待った。

「父上、つまり姉様は僕の従姉弟になるってこと?」
「そうだ」
「そう……なんだ」

 彼はそう言って深く俯いてしまった。

「アーサー、驚いたわよね? その……本当の姉ではないけれど、私は貴方のことはこれからもずっと大切だし弟と思いたいの」
「嫌だよ。もう弟なんて思わないで!」
「アーサー……」

 覚悟はしていたのに、私はそう言われて哀しくなった。やはり思春期で難しい年頃の彼には……まだこの現実を受け入れられないのか。

「アーサー! なぜそんなことを言う」
「だって……」
「お父様やめて。アーサーは何も悪くないわ」

 私は怒っているお父様を止める。仕方がない……また徐々に仲良くなれれば嬉しいけど。

「だって! 従姉弟ってことは僕も結婚できるってことでしょう?」

「は?」
「え?」

 そう言った彼の言葉をその場にいる全員がすぐには理解できなかった。

「姉様……いや、違うな。もうこれからは名前で呼ぶね! リリーとは従姉弟なんだったら、僕と結婚してもおかしくないよね?」

 彼はニコニコと笑顔で話している。

「本当はずっと哀しかった。僕は姉様のことこんなに大好きなのに、どうして『姉』として生まれてきたんだろうって? 姉弟じゃなければ結婚できるのにって」
「いやいや。お前、ちょっと待て」

 アイザックの顔がみるみるうちに青ざめていくが、アーサーは構わずに話し続けた。

「だからさ、僕のことはもう弟なんて思わないで男として見て!」

 彼は嬉しそうに私の前に跪き、手の甲にチュッとキスをした。私はブワァーっと頬が染まる。今の彼は可愛い弟ではなく、立派な『男』の顔をしているから驚いてしまったのだ。

「照れてるリリーも可愛い。大好き」
「ア、アーサー……あの離して?」
「嫌だよ。あと三年で成人できるからお願い……リリーは待ってて? 僕は必ず体も魔力も強くなるから」

 彼はどこで覚えたのか、頬を軽く染め色っぽい上目遣いで私を見つめてくる。

「ふざけんな! 俺がリリーの婚約者だ。お前はただのだ!」

 アイザックがアーサーをボカッと頭を殴った。アーサーは「痛っ」と言って、やっと私の手を離した。

「ははは、まさか事実を知って喜ぶとは」
「まあ、昔からリリーのこと大好きですものね」

 両親は顔を見合わせて、呑気にくすくすと笑っている。

「父上、だって考えてみてよ! 僕とリリーが結婚したら、ずっとこのままスティアート家に四人で幸せに暮らせるよ?」
「……それはありだな」
「でしょう? ね、リリー決まり!」

 お父様とアーサーは二人でわいわいと盛り上がっている。

「いや! 申し訳ないけれど、アーサーのことは弟としか思えないわ」

 私は意を決して正直にそう告げた。姉と弟なんて……そんなイケナイ関係を望んではいない。

 アイザックは私の言葉を聞いて、あからさまにホッとしている。

「大丈夫だよ。今まで弟だったからそう思うだけだよ。成長したらきっともっといい男になるし、リリーに好きになってもらえる自信がある」

 アーサーは片目を瞑ってウィンクしながら、微笑み頬にチュッとキスをした。

「ひゃあ」

 驚いて変な声が出る私を、アーサーは満足そうに見ている。

「じゃあ、とりあえずしばらくはアイザックは婚約のままってことで。まあ、元から学校卒業するまでは結婚させないって思っていたしな」
「ええっ! そんな……普通、婚約したら半年後には結婚でしょう?」
「だめだ」

 お父様は厳しい顔で左右に首を振った。

「そうそう……だめだよ。その頃には僕がアイザックより強くなってるから、僕がリリーの旦那さんになる」
「なんだと、シスコン! お前なんかに負けるわけないだろ」
「残念だね。もう姉弟じゃないからじゃないもんね」

 ベーっと舌を出して「婚約者だからって、リリーに変なことしたら許さないから!」とアーサーが言い「ってなんだよ? 何をしちゃいけないのかはっきり言ってみろよ」とアイザックが揶揄う。

「それは私からも念を押しておくぞ。結婚するまではプラトニックだからな! 手を出したらすぐにわかるからな。よーく覚えておけ」

 お父様がギロリとアイザックを睨みつけた。
 
「……わかってますよ」

 アイザックはそう言ったが、あからさまにがっくりとしている。いやいや、結婚するまで清い関係でいるのは貴族社会では当たり前だからと私は若干冷めた目で様子をみていた。

「殿方はみんな大変そうね。私はリリーが幸せになるなら、相手はアイザック君でもアーサーでもどちらでもいいわ」

 お母様はそんなことを言いながら、うふふと笑っている。

「お母様……あの、血の繋がりがないのに私を愛して育てて下さってありがとうございます。しかも私を守るために、お母様が産んだことにしてくださったんですよね。そんな大変なことをさせてしまって……」
「そんなこと言わないで。誰がなんと言おうと貴方は私の可愛い娘。血の繋がりなんて関係ないわ」
「お母様……」
「リリーは私の自慢の娘よ」

 お母様と私は涙を流し、二人でぎゅっと抱きしめ合った。

「お母様、大好きです」
「私も大好きよ、リリー」

 私はお母様の子で本当に良かった。

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