上 下
50 / 100

50 釘を刺す【デューク視点】

しおりを挟む
「お父様! 私ね……サムのことが好きなの」

 ある日、十歳になったリリーは少し頬を染めながら私にそう告げてきた。彼女の日頃の様子からサムへの淡い恋心に気付いてはいたが……娘から自分以外の男が好きだと面と向かって言われるのは父としては結構ショックだった。

 エヴァはすでに彼女から打ち明けられていたらしく、私のショックを受けた表情を見てくすっと笑っている。

「リリー……私よりもサムが好きなのかい?」
「もちろんお父様が一番好きよ! でも、家族以外で一番はサムなの! 格好良いもの」

 それは結局サムが一番ということじゃないか……と、私は大人気なくついついムッとしてしまった。

「好きでいてもいい?」

 どうして彼女はこんなことを私に聞いてくるのだろうか?

「どうして私に聞くんだい?」
「だって! お父様が認めてくれないと困るもの。私は自分が好きになった人と結婚して、みんなに祝福されて幸せなお嫁さんになりたいの」

 そう言って彼女は可愛らしく微笑んだ。私は堪らなくなり、リリーをぎゅっと抱き締めた。

 君には申し訳ないが……サムは結婚相手として認められない。彼には魔力がないからだ。

 騎士を好きになるなんて、どこまでも姉上に似ていて嫌になる。

 好きになった男を遠ざけたのが私だと知ったら……君は私を嫌うだろうな。だが、それでもいい。リリーが生きてさえいてくれれば。

「好きでいてもいいよ」
「本当っ?」
「でも、それはサムもリリーを好きな場合だけだ。彼は君が好きかい?」
「まだ子ども扱いよ……でも、私頑張ってサム好きになってもらうわ」
「もし……それが叶わなければ、私がリリーに似合う人を見つけてきてあげるから。それでいいね?」
「いいわ。だって絶対にサムと結婚するもの」

 リリーは嬉しそうに笑って「じゃあね、お父様大好きよ」と部屋にパタパタと音を立てて戻って行った。

「デューク、賛成してよかったの?」
「ああ。否定してもきっとリリーは言うことを聞きはしないさ。だが……姉上の二の舞にはさせない」
「唯の小さな頃の憧れだと思うけれど」
「そうだね。でもうちの家系の女性たちはなかなか一途でね……諦めが悪いと思うよ。だから、釘を刺すのはサムの方だ」
「でも、そこまでしなくてても」
「……念のためさ」

 娘を想い哀しそうな顔をするエヴァを見て見ないふりをして、使用人に護身術の訓練が終わったらサムに私の部屋に来るように伝えてもらうように指示を出した。

♢♢♢

「今日も訓練ありがとう。娘も楽しく頑張ってるようで私も嬉しいよ」
「いえ、俺はたいした事はしていません。リリーはとても素直で賢いから、教えたことをどんどん吸収していきます」

 そう話してくれる彼はとてもいい青年で、真面目で好感が持てる。私もサムのことは好きだ。

「今日呼んだのは……リリーは君のことが好きらしくてね。まあ、君も彼女の好意には気が付いているだろうが」
「それはきっと兄を慕うような感情です。俺たちは一回りも違いますから」
「そうだろうね、今は。でも……すぐに彼女も大人になる」
「俺、そんなつもりありません! リリーのこと可愛く思っていますけど、本当の妹のように接しています」

 それはそうだろう。彼が十歳の彼女を異性と思うはずはない。

「誤解なんてしていない。ちゃんとわかっているよ。君が家族のように可愛がってくれているのは」
「ではなぜこんなことを?」
「だけど彼女が適齢期になった時に、同じように好意を向けられて、家族のままの気持ちでいれる自信はあるかい?」

 私は真剣な顔で、サムを真っ直ぐ見つめた。

「ここからは馬鹿な父親の戯言と思って聞いてくれ。彼女は成長したらさらに美しい女性になるだろう。性格も少々お転婆だが、明るく素直に育っている。知識や教養、ダンスなど伯爵令嬢としてどこに出しても恥ずかしくない自慢の娘だ」
「……」
「そんな女性が君を好きだと言って、心が揺れないと断言できるかい?」
「リリーが俺を好きだと言ってくれるのは、今だけだと思っています。適齢期になればこんな歳の離れた男を好きになどなりません」

 サムは困ったような顔をして、首を左右に振った。

「そうかな? 君は充分に魅力的な男だ。それに彼女はなかなか諦めが悪い。護身術の先生は最長で彼女が十六歳になるまでにしよう。大人になった彼女の傍に君がいるのは、私は許可できない」
「はい。ちゃんとわかっています。私は貧乏な子爵家で、彼女とは釣り合わないことくらい。それに次男の俺では『結婚』自体難しい」

 ――私にとっては金や身分など問題ではないのだが、そういうことにしておいた方がいいだろうな。

「嫌なことを言ったね。本当にすまない」
「いえ、親として当たり前のことです。それに、デューク様には感謝しかありません。我が家にも金銭的に支援していただいて、リリーのような可愛い妹までできて……本当にありがとうございます」

 彼は私に頭を下げてくれた。

「頭を上げてくれ。これからも娘を頼むよ」
「ええ、これからも大事な妹として接します」

 私の予想通り、リリーはずっとサムが好きだった。成長し少女から大人の女性へ変わっていく彼女の様子を、サムは最初は嬉しそうに微笑ましく眺めていたが……だんだんと彼が切なく、苦しそうになってくるのが目に見えてわかった。

 やはり、あの時釘を刺しておいて良かったと私は思った。

 彼女が十五歳になった頃「デューク様の言う通りでした。そろそろ……彼女と距離を取らせてください」と正直に打ち明けられた。

 大人になったリリーに真正面から好きだと言われ続けて、並の男の気持ちが揺らがないわけがない。でもやはり彼は誠実で、嘘のつけない青年だった。

 そこで、私はすぐに彼に相応しい縁談を組んだ。裕福な商家だった者が男爵家の爵位を買った成金貴族……と社交界では揶揄されている家だが、娘しかおらず婿が欲しいと望んでいた。家格はサムより下だが、余りある財力がある。

 社交界で言われる噂は、ただの金持ちへのやっかみでありこの男爵はとても人間的に優れているのを私は知っていた。娘への教育もしっかりしており、御息女もとても品の良い清楚な御令嬢だった。

 私はそれとなくサムの生家の懐事情も話しておいたが「問題ありません。いい男で婿に入ってくれるなら次男でも三男でも構わないし、金なら山程あるからいくらでも出します」と言ってくれた。ならば、問題はない。

 彼は彼女とお見合いをし……お互い気に入ったと連絡があり、いい縁談をありがとうございましたと両家から感謝された。

 サムも次男で貧乏な家の自分が結婚できると思わなかったと喜んでおり、しかも素敵な女性なので今は彼女だけを愛していると照れながら報告してくれた。

 こんなことをしておいて言えた義理ではないが、私はサムにも幸せになって欲しかったのだ。

 可哀想なのは……何も知らぬリリーだけだ。私は目を閉じて、彼女の初恋を無理矢理終わらせた事を心の中で詫びた。

 だから、あの舞踏会でリリーが見た女性は私が紹介した婚約者だ。そして君は辛い失恋をし……自らサムを諦めると言ってくれて、心から安堵した私を許して欲しい。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

性悪という理由で婚約破棄された嫌われ者の令嬢~心の綺麗な者しか好かれない精霊と友達になる~

黒塔真実
恋愛
公爵令嬢カリーナは幼い頃から後妻と義妹によって悪者にされ孤独に育ってきた。15歳になり入学した王立学園でも、悪知恵の働く義妹とカリーナの婚約者でありながら義妹に洗脳されている第二王子の働きにより、学園中の嫌われ者になってしまう。しかも再会した初恋の第一王子にまで軽蔑されてしまい、さらに止めの一撃のように第二王子に「性悪」を理由に婚約破棄を宣言されて……!? 恋愛&悪が報いを受ける「ざまぁ」もの!! ※※※主人公は最終的にチート能力に目覚めます※※※アルファポリスオンリー※※※皆様の応援のおかげで第14回恋愛大賞で奨励賞を頂きました。ありがとうございます※※※ すみません、すっきりざまぁ終了したのでいったん完結します→※書籍化予定部分=【本編】を引き下げます。【番外編】追加予定→ルシアン視点追加→最新のディー視点の番外編は書籍化関連のページにて、アンケートに答えると読めます!!

一途な皇帝は心を閉ざした令嬢を望む

浅海 景
恋愛
幼い頃からの婚約者であった王太子より婚約解消を告げられたシャーロット。傷心の最中に心無い言葉を聞き、信じていたものが全て偽りだったと思い込み、絶望のあまり心を閉ざしてしまう。そんな中、帝国から皇帝との縁談がもたらされ、侯爵令嬢としての責任を果たすべく承諾する。 「もう誰も信じない。私はただ責務を果たすだけ」 一方、皇帝はシャーロットを愛していると告げると、言葉通りに溺愛してきてシャーロットの心を揺らす。 傷つくことに怯えて心を閉ざす令嬢と一途に想い続ける青年皇帝の物語

【完結】都合のいい妻ですから

キムラましゅろう
恋愛
私の夫は魔術師だ。 夫はものぐさで魔術と魔術機械人形(オートマタ)以外はどうでもいいと、できることなら自分の代わりに呼吸をして自分の代わりに二本の足を交互に動かして歩いてほしいとまで思っている。 そんな夫が唯一足繁く通うもう一つの家。 夫名義のその家には美しい庭があり、美しい女性が住んでいた。 そして平凡な庭の一応は本宅であるらしいこの家には、都合のいい妻である私が住んでいる。 本宅と別宅を行き来する夫を世話するだけの毎日を送る私、マユラの物語。 ⚠️\_(・ω・`)ココ重要! イライラ必至のストーリーですが、作者は元サヤ主義です。 この旦那との元サヤハピエンなんてないわ〜( ・᷄ὢ・᷅)となる可能性が大ですので、無理だと思われた方は速やかにご退場を願います。 でも、世界はヒロシ。 元サヤハピエンを願う読者様も存在する事をご承知おきください。 その上でどうか言葉を選んで感想をお書きくださいませ。 (*・ω・)*_ _))ペコリン 小説家になろうにも時差投稿します。 基本、アルファポリスが先行投稿です。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

美しい公爵様の、凄まじい独占欲と溺れるほどの愛

らがまふぃん
恋愛
 こちらは以前投稿いたしました、 美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛 の続編となっております。前作よりマイルドな作品に仕上がっておりますが、内面のダークさが前作よりはあるのではなかろうかと。こちらのみでも楽しめるとは思いますが、わかりづらいかもしれません。よろしかったら前作をお読みいただいた方が、より楽しんでいただけるかと思いますので、お時間の都合のつく方は、是非。時々予告なく残酷な表現が入りますので、苦手な方はお控えください。 *早速のお気に入り登録、しおり、エールをありがとうございます。とても励みになります。前作もお読みくださっている方々にも、多大なる感謝を! ※R5.7/23本編完結いたしました。たくさんの方々に支えられ、ここまで続けることが出来ました。本当にありがとうございます。ばんがいへんを数話投稿いたしますので、引き続きお付き合いくださるとありがたいです。この作品の前作が、お気に入り登録をしてくださった方が、ありがたいことに200を超えておりました。感謝を込めて、前作の方に一話、近日中にお届けいたします。よろしかったらお付き合いください。 ※R5.8/6ばんがいへん終了いたしました。長い間お付き合いくださり、また、たくさんのお気に入り登録、しおり、エールを、本当にありがとうございました。 ※R5.9/3お気に入り登録200になっていました。本当にありがとうございます(泣)。嬉しかったので、一話書いてみました。 ※R5.10/30らがまふぃん活動一周年記念として、一話お届けいたします。 ※R6.1/27美しく残酷な公爵令息様の、一途で不器用な愛(前作) と、こちらの作品の間のお話し 美しく冷酷な公爵令息様の、狂おしい熱情に彩られた愛 始めました。お時間の都合のつく方は、是非ご一読くださると嬉しいです。 *らがまふぃん活動二周年記念として、R6.11/4に一話お届けいたします。少しでも楽しんでいただけますように。

麗しの王子殿下は今日も私を睨みつける。

スズキアカネ
恋愛
「王子殿下の運命の相手を占いで決めるそうだから、レオーネ、あなたが選ばれるかもしれないわよ」 伯母の一声で連れて行かれた王宮広場にはたくさんの若い女の子たちで溢れかえっていた。 そしてバルコニーに立つのは麗しい王子様。 ──あの、王子様……何故睨むんですか? 人違いに決まってるからそんなに怒らないでよぉ! ◇◆◇ 無断転載・転用禁止。 Do not repost.

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

誰にも言えないあなたへ

天海月
恋愛
子爵令嬢のクリスティーナは心に決めた思い人がいたが、彼が平民だという理由で結ばれることを諦め、彼女の事を見初めたという騎士で伯爵のマリオンと婚姻を結ぶ。 マリオンは家格も高いうえに、優しく美しい男であったが、常に他人と一線を引き、妻であるクリスティーナにさえ、どこか壁があるようだった。 年齢が離れている彼にとって自分は子供にしか見えないのかもしれない、と落ち込む彼女だったが・・・マリオンには誰にも言えない秘密があって・・・。

処理中です...