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46 発動条件

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「リリアンは俺の婚約者になるはずだったが、彼女は別に好きな男がいた」
「それが私の実父?」
「ああ。何の能力もない剣が少し使える程度のありきたりで凡庸な男だ……あんな男を選ぶなどリリアンは愚かだった」
「……能力で人を好きになるわけじゃないわ」

 そう言った私を彼はふんっ、と馬鹿にしたように鼻で笑った。

「彼女がただの貴族令嬢ならそれでよかっただろう。だが、リリアンは女神ヴィーナスだ。なんの力もない男を選ぶのは破滅への道だ」
「ねえ、そもそもその女神ヴィーナスって何なの?」

 そう質問した私に彼は「本当に何にも知らないんだな」とため息をついた。

「お前も持ってる力だ」
「私も? 私は魔力なんてほとんどないわよ」
「あるさ。それも膨大な量の魔力がな。おそらくデュークが隠していただけだ」
「え……それはどんな力なの?」

 『女神ヴィーナスの祝福』

「お前が愛する者への加護だ。簡単に言うと頬や唇に口付けしたり体を重ねると君から祝福を受ける。祝福とは魔力の回復や魔力の増強など効果は様々だか、魔法使いにとっては良いことばかりだ」

 口付けたり……体を重ねたり……?

 それを聞いた私の体はブワーっと真っ赤に染まり、下を向く。これは本当のことだろうか? 揶揄われているのではないだろうか。

「フッ……初心な反応だな」
「揶揄わないで! う、嘘よ!! そんな変な魔法聞いたことないわ」
「嘘じゃないさ。お前、この前アイザックに唇にキスされただろう?」

 そう指摘をされ、またボボボッと顔が赤くなる。

「な、な、なんでそんなことわかるの?」
「すぐにわかるさ。唇へのキスは魔力強化だ。あいつの魔力が不自然に上がっていたからな。まあ、せっかくの力を使いこなせず、暴走して怪我してた……あの男も大した魔法使いじゃないってことだ。君に勝手に手を出しやがって許せない」
「じゃあ、あの暴走は私のせいなの?」
「君ので力が増えたと言うべきだな。暴走したのは使いこなせないあいつの力不足だ。そんな男がリリーを手に入れようだなんて……宝の持腐れだ」


「根性のないあいつはもう少し動かないと予想してたんだが……案外早く君に想いを告げたから私の計画が狂った」
「計画……?」
「そうだ。本当は私は君に本来の姿を見せずに、見合いをして結婚するつもりだったのに。私はこの数年はずっとマックスとして生きてきた。魔力は適当に抑えてアイザックと同程度に調整していたがな。同級生というポジションは、お前のこともアイザックのことも見張れるしちょうど良かった」
「ええ! 特進クラスのマックス?」

 パチン、と指を鳴らすと見知った顔のマックスの姿になった。

「わざわざ女が好きそうな優男の姿に変化してやったのに、君は全く私の容姿に興味がなさそうで完全に無駄になった。しかも、そのせいで鬱陶しい女どもが群がってきて……何度も殺したくなったが、足がつくから我慢した」
「はは……殺さないでいてくれてよかったわ。あの、私は男っぽい人の方が好きみたいで」
「お前はセンスが悪い」

 私は苦笑いをする。確かにマックスは爽やかで優しくて御令嬢方にとても人気があったが、私は見向きもしていなかった。

「デュークは君の相手に強い魔法使いを望んでいた。だから平民でも将来性のある、魔力の強いマックスも婚約者候補になっていたのに……お前が見合い自体を断った!」
「あー……断りました」

 まさかそんな計画があったとは知らないし……悪いことした……いや、いやいや! 私からしたら良かったのよね? 危険なこの人と婚約せずに済んだのだから。私の選択はむしろ正解じゃないか。

「お前にわざわざサムと恋人の逢瀬まで見せて、失恋させて見合いまで辿り着いたのに。お前に関しては上手くいかないことばかりだ」
「じゃあ、あの舞踏会でのことも貴方が犯人?」
「ああ、そうだ。君がいつまでたってもあの男を諦めないから仕方なくな。君はなかなかしつこい」
「う、うるさいわね。一途と言ってよ」
「ただの騎士を好きになったり、一途だったり……そんなところまでリリアンと似ていて憎らしい」

 彼はじっと私を睨みつけた。

「つまり……色々と計画が狂って、強引にこんなことをする羽目になったんだ」

 彼は怒ったようにそう言い、パチンと指を鳴らしてまた本来の姿に戻った。

 なんかブライアンの方が被害者みたいに言っているけどそれはおかしい。私なんて貴方に拘束されて閉じ込められているのに……私の方が被害者だ。

「女神の相手は強い男じゃないとだめだ。君の能力が知られれば魔法使いはみんな君を欲しがる。その時に奪いにくるやつから守れる男でないと。だから……ただの騎士を選んだリリアンは死んだんだ」

 リリアンが死んだことを話す時、ブライアンはとても哀しそうな顔をする。

「ちなみに……『女神ヴィーナスの祝福』はレアで効果が高い分、発動条件がかなり面倒だ」
「発動条件?」

 ――魔法に発動条件なんてあることすら知らなかったわ。

女神ヴィーナス……つまりリリーが『愛する人』にしかこの能力は発動されない。愛の種類は問わないがな。恋人の愛でも家族愛でもなんでもいい。ただ、君の好意の感情の有無に関わらず、この力を発動させる術が一つだけある」
「それは?」
「体を重ねることだ」
「……は?」
「例え無理矢理だったとしても、発動には問題はない」
「そんな」

 私はその発動を聞いて眉を顰めた。

「だから、リリー私の物になれ。私は君の能力でさらに力を得られるし、襲ってくる魔法使いたちは私が全て倒してやる。君の命は必ず守る」
「そんな理由で……好きじゃない人とするなんてあり得ません」
「リリー、君はこの状況を理解できているのか? 拒否権はなどない。それに一度抱けば女神の『愛する者』として認定される」

 そう言って彼は私の頬や首にちゅっちゅ……とキスを落としていく。

「嫌っ……やめ……て!」
「育ての親より年上の私など君は嫌だろう。だから、最初は変化で好きな男を選ばせてやろうと思っていた。だが、私はリリーと直接話して君を気に入ってしまった……許せ。このままの姿で抱くぞ」

 彼は私に無理矢理キスをした。アイザックとした時と全然違う……嫌だ!

「や……めて……」
「拒否しても無駄だ。何も知らない君に私が全てを教えてあげよう。女神ヴィーナスに怪我をさせたくない。リリー、怖いのは最初だけだ……諦めて私に身を委ねなさい」

 彼が私の服を脱がそうと手をかけた。嫌だ……怖い。

「助けてっ! アイザック!!」

 私はいるはずのない彼の名前を大声で叫んだ。その時、バーンと扉の開く音が聞こえ拳に炎を込めて恐ろしい顔でこちらを見ているアイザックが立っていた。

「変態野郎、リリーから離れろ」
「……君には私たちが取り込み中なのが見えないのかい?」
「離さないならお前の腕ごと焼き落とすぞ」
「口だけは一人前だな」

 ブライアンとアイザックはお互い睨み合っていた。


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