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40 元恋人と幼馴染

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「リリー様っ!」

 クロエ様はいきなり入ってきた私に驚き、握っていた彼の手をパッと離した。

「す、すみません。私……あの、怪我したアイザック様が心配で看病をと……」

 彼女は私に見られてまずいと思ったのか、目をうるうるさせたまま私に必死に話しかけている。

 ――アイザックに触れないで。

 そう言えたらいいが、今の私はただの幼馴染。クロエ様に何か言える立場にない。

 しかも私は子どもみたいに勝手に怒って、彼に八つ当たりをしてしまった。彼が怪我したのはもしかしたら私と喧嘩して動揺させたせいなのではないかと思ってしまう。

 それに比べて彼女は傷ついた彼に優しく付き添って……心配で泣いていたのだ。誰がどう見ても、彼女の方が素敵な女性ではないか。

「あの、アイザックは大丈夫なんですか?」
「アイザック様は魔法で軽い火傷をされてましたが、大丈夫だそうです。今は魔力の使い過ぎで眠られています」
「そうなのね。良かった」
「あ、あの。私、席を外しますので……」

 アイザックは私が傍にいて嬉しいだろうか? 意地っ張りで喧嘩している私より、起きた時に優しいクロエ様がいてくれた方が心が安らぐのではないか。

 別れたとはいえ、彼女は彼が唯一きちんと付き合った女性なのだから。

「いいの。私が帰るわ……クロエ様、彼をみていてあげて下さい」

 私は無理矢理、笑顔を作って医務室を出て、教室まで走って戻った。その時に、エミリーから声をかけられる。

「リリー! アイザックに会えた?」
「彼は寝てた。大丈夫みたい」
「起きるまで居てあげないの?」
「……クロエ様がいたの」
「ええ?」
「クロエ様がアイザックの手を握って泣いてた」
「……なんでリリーは部屋を離れたの? 別れた女がそんなことするのルール違反じゃない! 勝手に触れるんじゃないわよって言わないと」
「そんなの言えないわ」
「どうして?」
「まだただの幼馴染ですもの」
「リリー……」

 私は自分で言ってて哀しくなってきた。もうここに居たくない。「帰るね」と彼女に一言だけ言い、私は馬車まで走った。


♢♢♢
 
 あの後すぐに自宅に戻ってきた。しかし、この気持ちは一体何なのだろうか。アイザックが別の女の子と一緒にいると思うと胸がギュッと苦しい。こんな気持ちは初めてだ。

「アイザック……大丈夫かな」

 クロエ様がいた衝撃で逃げてしまったが、彼の意識は戻ったのだろうか。心配だな。家に行ってみようかな……でもな。

「やっぱり心配だわ」

 私は簡単に身支度を整えて、お母様にアイザックが学校で倒れたからお見舞いに行くとだけ伝え家を出た。

 アイザックの家に着くと、なんとアルファードおじ様が出迎えてくれた。

「リリー! あいつが心配で来てくれたのか?」
「ええ……アイザックは?」
「大丈夫だ。意識は一回戻ったんだが、魔力消費が激しかったみたいでまた寝てる」
「そうですか」
「でも、今更なんで魔力の暴走なんかしたのかが、さっぱりわからなくてな。あいつはすでに立派な魔法使いだ。力の使い方を間違えるわけがないのに」

 まだ時間が早いのにおじ様が家にいるのは、きっとそのことが心配で仕事を切り上げたからだ。

 おじ様から詳しく話を聞くと、それは魔法の実戦訓練中に起こったそうだ。なぜかアイザックの魔法が普段の倍くらいの威力になり、暴走した炎が生徒に当たりそうになったのを無理矢理庇った結果火傷をしたと。火傷は大したことはないが、その暴走のせいで魔力がほとんどなくなり、疲れて寝てしまっているそうだ。

「あの……部屋に行って顔を見てもいいですか?」
「もちろん、行ってやって。寝てるけど」

 私はアイザックの部屋にそっと入る。そこにはすやすやとベッドに寝ている彼がいた。

「怪我をしたと聞いて心配したのよ……目を覚まして。貴方に謝りたいの」

 クロエ様が触れていたところを上書きするように、彼の手を取りそっとキスをする。

 しばらく彼の手を握っていたが、起きる気配が無かった。すっかり外が暗くなってしまったため、アリスに「そろそろお帰りにならないと旦那様が心配されます」と言われ「わかった」と頷いた。

 私は「早く元気になって」と呟き、彼の頬にキスをして部屋を後にした。

 そして、今はおじ様に家まで送ってもらっている。すぐそこなので、大丈夫だと言ったが「夜にレディたちだけで歩かせるわけにはいかない」とついて来てくれた。

「リリー、今日は来てくれてありがとう。アイザックは寝てる時も君の名前を呼んでたから、きっと喜んでる」
「……本当?」
「ああ、あいつは昔から君が好きだからな」

 きっとおじ様は彼が私にプロポーズしたことを知っているだろう。

「そうかしら。おじ様の息子はもてるみたいよ……私だけかどうか怪しいわ」

 私はついそんな可愛くないことを口にしてしまった。

「あいつがもてているだと? いや、絶対に俺の若い頃のほうが何十倍ももてているぞ」

 おじ様がそうハッキリそう言うので、おかしくなって笑ってしまう。そこは張り合うところなのかしら?

「でも、本当におじ様は御令嬢方に人気だったでしょうね。強くて男らしいのに、優しくて紳士的で素敵ですもの」
「そんなにリリーに褒められると、何か買ってやらないといけなくなるな」
「じゃあ、とーっても高いものねだろうかしら?」
「おお、なんでも言え。俺は可愛い娘を甘やかすのが昔からの夢だったんだ。金ならたくさんあるぜ?」
「ふふ。もう、おじ様ったら相変わらずね」

 おじ様はハハハ、と豪快に笑った後……複雑な顔をする私を優しく見つめた。

「あいつと結婚する気はないか?」
「いえ……でも彼にはもっと素敵な女性が、他にいるんじゃないかと不安になるの」
「あいつの中でリリー以上の女はいないさ」
「……」
「何があったか知らんが、女を不安にさせるのは男が悪いに決まってる。だが、我が家の男どもは心の中に決めた女は一人だけだと思うぜ、俺と同じでな」

 おじ様はニッと笑って、わしわしと私の頭を撫でてくれる。

「じゃあ、またな。今度は遊びにおいで」
「はい、ありがとうございました」

 おじ様と話したことで、私は少しだけ気持ちが楽になった。

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