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20 外出の許可

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 私は約束通り来たアイザックを出迎えた。お父様は少し前に帰って来ている。

「すみません、お疲れの時にわざわざお時間いただいてありがとうございます」

 彼はお父様にしっかり挨拶をして頭を下げた。小さな頃から知っているのだから、そんなに改まらなくてもいいのではないのだろうか?

「かまわないよ。私も君と一度ゆっくり話したかった」

 お父様は無表情のままそう言った。私と彼が仲が悪かった時、お父様はよくアイザックに怒っていた。娘に暴言を吐くなど許せないと。まさか……お父様まだ怒ってる?

「お父様、あのね……週末にアイザックが」

 私から話をしたほうがスムーズに事が進むと思った私が口を開きかけたその時。

「リリー、それは君がすべき事じゃない。男女で出かける際に、親に許しを乞うのは男の仕事だよ。アイザックとは別件の話もあるから遅くなる。だから、もうおやすみ」

 お父様は私のおでこにおやすみのキスをした。これは強制的に『部屋に戻れ』という意味だ。

 私は不安気にアイザックをチラリと見たが、大丈夫だというように一度だけ頷いた。

 「お父様、おやすみなさい」

 私はおでこにキスを返し、その後アイザックの前に移動したが、しゃがんでくれないのでじっと見つめてしまう。

 それでやっとアイザックは「何か言いたい事があるのか?」と私と目線の高さを合わせてくれた。

「アイザックもおやすみなさい」

 ちゅっ、と彼のおでこキスをした。すると彼は目を見開いたまま石のように固まった後に、熱があるのではないかと思うほど真っ赤に頬を染めた。

 何故ただのおやすみのキスに、彼はこんなに照れているのか? つられて私も恥ずかしくなってくる。こんなことならしない方がよかった。

「リリー……お、おやすみ」

 初めて聞くような甘ったるい声でそう言った彼は、キスを返そうとゆっくり私のおでこに近付いた。が、唇が触れる直前でお父様の怒ったような声がそれを遮り……触れずにそっと体が離れていく。

「リリー! いいから部屋に戻りなさい」

 お父様は口元は笑っているのに、目は怒っていた。怖い。そしてさっさと寝るように圧をかけてくる。わかってます! 邪魔者は去りますよ。

 私は言われた通り部屋に戻り、ゆっくりと休んだ。

♢♢♢

「お嬢様、おはようございます」
「おはよう。いい朝ね」

 アリスが言うには、昨日あの後二人はお父様の部屋で夜遅くまで話していたらしい。そんなに長時間話すことがあったのだろうか。私は首を捻る。

「お嬢様のお話ではありませんか?」
「私の?」
「たとえば……アイザック様がお嬢様の婚約者になられるとか」

 アリスは嬉しそうにそう言った。アイザックが私の婚約者? そんなことあり得ない。
 
「ええーっ? そんなこと絶対にあるわけないわ」
「そうですか? 小さな頃からお二人を知っている私から見たら、とてもお似合いですけれど」
「だって! 私たちずっ と喧嘩してたし」
「今は仲良しですよね? 何か問題ありますか?」

 確かに問題はない。問題はないけど……今さらではないか。今さらアイザックと恋愛なんて。

「お、幼馴染だし」
「幼馴染だとだめなんですか?」
 
 だめではない。いや、むしろ気心が知れていていいのではないだろうか? 私が一番哀しかった失恋したあの日も彼はとても優しかった。しかも親同士も仲がよい……いや、ない。ない!

「もう、アリス! 揶揄わないで。アイザックが私を好きなわけないじゃないの。以前の彼は可愛い女の子ばっかり選んで、取っ替え引っ替えしてたのよ。女の敵よっ!」
「そうなんですか? アイザック様はそんな風に見えないですけど……」
「実はそうなの。はい! この話は終わりね」

 私はこれ以上この話題をしたくなくて、無理矢理話を終わらせる。アイザックがそんな話をしているわけがない。だって……お父様が渡してくれた釣書の中に彼のものはなかったのだから。

 こんなことを思うなんて、私が彼との婚約を望んでいるみたいじゃないか。ないない! だってアイザックだもん……ないわよ。

「おはよう」
「おはようございます」

 私は両親に朝の挨拶をする。

「リリー、週末アイザックと出かけていいよ。ただし二人きりだと聞いたから、必ず侍女を連れていくようにね」

 お父様はお出かけを認めてくださった。わーい、これで『オ・ソレイユ』に行ける。楽しみだわ。

「もちろんです。お父様、ありがとうございます」
「リリー、良かったわね。楽しんで来るのよ。また今夜にでも着ていくお洋服一緒に考えましょう」
「はい!」
幼馴染相手にそんなお洒落する必要はない」

 お父様が拗ねたようにそう言うので、お母様と目を合わせてくすくすと笑ってしまった。

「……おはようございます」

 目をゴシゴシと擦り欠伸を必死に噛み締めながら、眠そうにアーサーがリビングに入ってきた。その様子は子どもっぽくて可愛いが……少し心配だ。

「おはよう、アーサー。なんだか眠そうね?」
「昨日ずっと魔法の訓練してたら疲れちゃって。最終試験はかなり大掛かりな魔法を使うからその練習なんだけど、魔力消費が半端なくて……」

 弟は来年から魔法学校に入る。彼の魔力量なら特進クラスに間違いないが、特進に入るためには事前に試験がありその練習をしているのだ。

「姉様、ぎゅーっとしてキスして」

 アーサーは十二歳になった今でも甘えん坊だ。私は頑張っている彼を癒すようにぎゅーっと抱きしめ、頬にキスをしてあげる。

「ありがとう。体がしんどい時に姉様に抱きしめてキスしてもらうと、何だかとても心地よくて楽になるんだ」
「ふふ、それは貴方の気持ちの問題なんじゃない?」
「そっか。じゃあ、きっと僕が姉様のことが好きで幸せだからだね!」

 彼はえへへと笑いながら、そんな嬉しいことを言ってくれる。

 その時、朝食を食べていたお父様がガチャンと大きな音を立ててフォークを落とした。いつも完璧なマナーのお父様が珍しいこともあるのね。すぐに執事がフォークを拾い、新しい物を用意する。

「すまないね……手もとが狂ってしまった」

 先程と比べて何となく顔色が悪い。本当に大丈夫なのだろうか? お母様も心配そうにお父様を見つめていた。

「大丈夫だ。さあ、アーサーも席について朝食を食べなさい」
「はい」

 その後はいつも通りだったが、なんとなく元気のないお父様の様子が少し気になった。

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