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10 大事な妹

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 そして、アイザックと私は喧嘩を繰り返す日々が続いた。エミリーには呆れられたし、両親からも昔は仲良かったのにどうしたのかと心配されたが改善する兆しは一向になかった。

 ――そして、十七歳のあの日の舞踏会。

 私はエミリーと談笑していると、見知らぬウェイターが「お庭でサミュエル様がリリー様をお待ちしていると伝言をいただいております」と言ってきた。

 ――舞踏会でサムから呼び出しなんて何かしら? こんなこと初めてだわ。

「ええ、わかったわ。何かしら?」
「リリー、顔が嬉しそう」
「やだ、わかる? だって二人きりで話せるなんて嬉しいもの。ちょっと行ってくるわね」
「ええ。後で話聞かせてね」

 エミリーはウィンクして送り出してくれた。私は喜びと……なぜこんな場所で呼び出すのかと少しの不安がよぎる。しかし、やはり彼に会える嬉しさで足は早くなっていった。

 彼に会えるかもと精一杯お洒落してきていて良かった。私が綺麗にするのは全て彼のためなのだから。

 庭に着いて実際サムがいることに安堵し、声を掛けようとした時……


「君だけを愛している」
「サム、もちろん私も愛しているわ」


 え……どういう……こと?

 サムが他の女性を愛していると言っている場面を直接目の当たりにしてしまう。

 まさかサム自身が私を諦めさせるために、わざとここに呼んだの? それとも誰かが私に悪意を持ってここに来させたのか?

 でも誰がこの場を見せたかなど、そんなことはどうでもいい。サムは私のことを女として見ていなかったのだとハッキリとわかったのだから。

 本当は気付いていた。

 私は社交界デビューした去年、再度サムに告白しようとしていたからだ。もう世間的にも立派なレディになった私は婚姻できる年齢である。結婚適齢期をとっくに過ぎているサムが未だに未婚なのは、私を待っていてくれたのではないかという淡い期待もあった。

「サム、私やっと大人になったわ」

 私はデビュタントの舞踏会で彼にそう告げた。彼に強請って先程初めて二人でダンスをした私は夢見心地で、とても嬉しくてテンションが上がっていた。

「ああ、おめでとう。あんなに小さかったリリーがこんなに立派なレディになるなんて感慨深いよ」

 彼は相変わらず穏やかな笑顔で私を見つめている。

「あのね、サム。私はサムのことがね……」

 私は頬を染めながらも、ずっとこの日に言おうとしていた言葉を勇気を出して口にしようとした……その時。彼は私の言葉を遮るように先に口を開いた。

「もう君は立派なレディだ。護身術も他のことも俺が教えられることはもうない」
「……え?」
「十六歳になるまで……それがもともと君のお父上との契約だ。俺もこれから仕事が忙しくなりそうだしね。先生は今日で卒業だ」
「そんなこと聞いてないわ!」
「秘密にしてもらっていたからね。可愛い君の成長を間近で見られてとても幸せだった、ありがとう」

 私はショックで呆然としてしまう。彼は私が今夜告白するとわかっていて先に釘を刺したのだ。ずるい……ずるい。まさか「好き」だと言わせてもくれないなんて。ポロポロと涙がこぼれ落ちる。その日の彼は私の泣いている姿を見ても、慰めてくれなかった。

 いつもなら、泣いていたら「どうしたの?」とすぐに抱きしめてくれるのに。

 ポンポンと頭を撫でて立ち上がり「泣かないでくれ。離れたって君が俺のなことに変わりはないよ」と一番私が言われたくないことを言ってその場を去って行った。

 その時に諦めていれば良かったものの、私はどうしても彼を諦められなかった。これはきちんと告白して振られていないせいかもしれない。

 会えなくなった私はこっそり騎士団の練習場に忍び込んだり、警備している姿を街中で眺めたり……半ば無理矢理差し入れをしたりしていた。サムは「困った子だね」と呆れながらも渋々受け入れてくれているような感じであった。

 騎士団の皆さんからは「こんなに慕ってくれる若くて可愛い彼女がいるなんてサムも隅に置けませんね」と揶揄う声が聞こえてくる。私はそう言われてとても嬉しかったが、彼はいつも「彼女は俺の大事な妹で、伯爵家のお嬢さんだ。お前ら絶対手を出すなよ」と怒っていた。

 妹と言われることは不愉快。でも「手を出すな」なんて周囲の男性達を牽制してくれているようで嬉しいなどと、その当時はそんな馬鹿なことを思っていた。

 そうか、あの時は私のことが好きだから周りを牽制していたわけではなかったのね。騎士団の誰かが私と恋仲になったりしたら――世話になったお父様に顔向けができないと思っていただけだったのだろう。

「あまりに滑稽だわ……」

 私の八年の恋が終わった瞬間だった。

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