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2 離れていく距離
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「ティーナ、今度街に出かけないか」
「……すみません、疲れているので」
「そうか。ではまた今度にしよう」
「ティーナ、美味しいお菓子があるんだ。お茶にしないか」
「……すみません、今日は家の用事がありまして」
「そうか。ではまた今度にしよう」
あのクラレンスとの会話を聞いてから、マルティナはハビエルを避けた。誘いを断ると、一瞬ではあるがハビエルが哀しそうな顔をするので胸がズキリと痛んだ。
でもハビエルを自分から解放してあげるためだと自分に言い聞かせて、マルティナは心を鬼にして徹底的に避け続けた。
「ティーナ……私は君に嫌われるようなことを何かしてしまっただろうか?」
「え?」
「最近、君と話す時間がないから」
「いえ、王妃教育が立て込んでいて忙しいだけです。すみません」
マルティナはどうしても『嫌いだ』という嘘をつくことはできなかった。だって、今も胸が締め付けられる程ハビエルのことが大好きなのだから。
――このまま結婚したらいいのに。
――政略結婚ってそういうものでしょう?
ハビエルのことが好きならば何も知らないふりをして、そのまま結婚したらいいとマルティナの心の中の悪魔が囁いてくる。
王妃になれば、生家に恩返しもできる。魔力の少ないマルティナを両親も、兄姉もとても可愛がってくれたしきちんとした教育も受けさせてくれた。
貴族令嬢に生まれた以上、生家のために有益な家に嫁ぐことが当たり前だ。だから、この結婚は『正しい』のだ。
そうして何度も言い訳を繰り返したが、やはりマルティナは自分の心に嘘はつけなかった。
「やっぱりハビエル殿下は好きな人と結ばれるべきだわ」
マルティナはそのために、いろいろ準備をした。若い御令息方から人気のある御令嬢を調べ、その中からハビエル殿下の好みを思い出し選別を繰り返した。
「この方とこの方は……殿下のお好みに近いわね」
マルティナはハビエルにハニートラップをかけることを決めていた。しかしハビエルは頭がいいし、王家の人間らしく疑り深い面も持っているので簡単には引っかからないだろう。
焦らずにゆっくりと関係を深めないと、決定的な浮気の証拠は掴めない。
マルティナはあくまで秘密裏に、婚約破棄をしたかった。愛しているハビエルに不利な状況にはなってほしくないからだ。
マルティナは、ハビエルの婚約者としては評判が悪い。なのでハビエルの浮気で婚約破棄をしたとしても、マルティナが不甲斐ないせいだと言われることはわかっていた。
そして、それでいいと覚悟を決めていた。生家には迷惑をかけるだろうが、ペドロサ公爵家の権力はそんなことでは落ちないだろう。結婚すれば、さらに力が増すというだけだ。
「マルティナ、元気がないな」
「お兄様……そんなことはありませんわ」
思い悩んでいるマルティナを心配して、兄のフィリップは声をかけた。
「殿下が嘆いていた。最近、マルティナとゆっくり逢えないと」
「ご心配をおかけして申し訳ありません。最近、忙しくて」
「もし、結婚のことで悩んでいるなら……私から父上に話してやろうか?」
フィリップは婚約発表をしてから、マルティナが嫌がらせを受けていることを知っていた。もちろん皆も馬鹿ではないので、フィリップがいる場所では悪口は言ってこない。公爵家を表立って敵に回す勇気はないからだ。
だが、口さがない連中がいることには気が付ついていた。
「ありがとうございます。でも大丈夫です」
「何も無理に結婚することはない。ペドロサ公爵家は政略結婚せねば立ち行かなくなる程、落ちぶれていないからな」
フィリップは、マルティナの頭をそっと撫でた。
「はい」
「それに殿下も殿下だ……! マルティナを守れぬようなら夫になる資格はない」
「いいえ。殿下はいつも私を庇ってくださいます」
怒りの声をあげたフィリップを、マルティナは制した。
「……なら、よいが。何かあればすぐに相談するんだぞ。マルティナは私の大事な妹なのだから」
「はい、お兄様」
「マルティナは、他人のためにいつも自分のことを後回しにするだろう? それは美徳だが、我儘になってもよいのだ」
「ありがとうございます」
マルティナは、公爵家の領地内ではとても有名な御令嬢だった。マルティナはペドロサ領の特産物であるオレンジを使って、精油を作っていた。
彼女が発案したものは精度が良く爽やかないい香りであるため、若い御令嬢方にとても人気でオレンジの精油はヘアオイルや入浴剤として大ヒットの商品であった。
マルティナはその製造には、貧困層の領民も雇用することにした。もちろん周囲から反対はあったが、マルティナは決行した。事前に教育を受けさせ、面談をして『真面目に働く意思のある者』のみ雇った。
働くことを条件に住む場所を与え、働いた分きちんと賃金を支払った。領民の識字率が上がり、犯罪率も下がった。
マルティナがこの事業を続けたことで、ペドロサ公爵領はこの国一治安の良い街だと言われている。マルティナは魔力は少ないが、そういう才能があったのである。
幼い頃こそお転婆だったマルティナだが、物心つくころには公爵令嬢として領民たちにできることを一番に考え生きてきた。
フィリップはそんな妹に、どうか幸せになって欲しいと願っていた。
「……すみません、疲れているので」
「そうか。ではまた今度にしよう」
「ティーナ、美味しいお菓子があるんだ。お茶にしないか」
「……すみません、今日は家の用事がありまして」
「そうか。ではまた今度にしよう」
あのクラレンスとの会話を聞いてから、マルティナはハビエルを避けた。誘いを断ると、一瞬ではあるがハビエルが哀しそうな顔をするので胸がズキリと痛んだ。
でもハビエルを自分から解放してあげるためだと自分に言い聞かせて、マルティナは心を鬼にして徹底的に避け続けた。
「ティーナ……私は君に嫌われるようなことを何かしてしまっただろうか?」
「え?」
「最近、君と話す時間がないから」
「いえ、王妃教育が立て込んでいて忙しいだけです。すみません」
マルティナはどうしても『嫌いだ』という嘘をつくことはできなかった。だって、今も胸が締め付けられる程ハビエルのことが大好きなのだから。
――このまま結婚したらいいのに。
――政略結婚ってそういうものでしょう?
ハビエルのことが好きならば何も知らないふりをして、そのまま結婚したらいいとマルティナの心の中の悪魔が囁いてくる。
王妃になれば、生家に恩返しもできる。魔力の少ないマルティナを両親も、兄姉もとても可愛がってくれたしきちんとした教育も受けさせてくれた。
貴族令嬢に生まれた以上、生家のために有益な家に嫁ぐことが当たり前だ。だから、この結婚は『正しい』のだ。
そうして何度も言い訳を繰り返したが、やはりマルティナは自分の心に嘘はつけなかった。
「やっぱりハビエル殿下は好きな人と結ばれるべきだわ」
マルティナはそのために、いろいろ準備をした。若い御令息方から人気のある御令嬢を調べ、その中からハビエル殿下の好みを思い出し選別を繰り返した。
「この方とこの方は……殿下のお好みに近いわね」
マルティナはハビエルにハニートラップをかけることを決めていた。しかしハビエルは頭がいいし、王家の人間らしく疑り深い面も持っているので簡単には引っかからないだろう。
焦らずにゆっくりと関係を深めないと、決定的な浮気の証拠は掴めない。
マルティナはあくまで秘密裏に、婚約破棄をしたかった。愛しているハビエルに不利な状況にはなってほしくないからだ。
マルティナは、ハビエルの婚約者としては評判が悪い。なのでハビエルの浮気で婚約破棄をしたとしても、マルティナが不甲斐ないせいだと言われることはわかっていた。
そして、それでいいと覚悟を決めていた。生家には迷惑をかけるだろうが、ペドロサ公爵家の権力はそんなことでは落ちないだろう。結婚すれば、さらに力が増すというだけだ。
「マルティナ、元気がないな」
「お兄様……そんなことはありませんわ」
思い悩んでいるマルティナを心配して、兄のフィリップは声をかけた。
「殿下が嘆いていた。最近、マルティナとゆっくり逢えないと」
「ご心配をおかけして申し訳ありません。最近、忙しくて」
「もし、結婚のことで悩んでいるなら……私から父上に話してやろうか?」
フィリップは婚約発表をしてから、マルティナが嫌がらせを受けていることを知っていた。もちろん皆も馬鹿ではないので、フィリップがいる場所では悪口は言ってこない。公爵家を表立って敵に回す勇気はないからだ。
だが、口さがない連中がいることには気が付ついていた。
「ありがとうございます。でも大丈夫です」
「何も無理に結婚することはない。ペドロサ公爵家は政略結婚せねば立ち行かなくなる程、落ちぶれていないからな」
フィリップは、マルティナの頭をそっと撫でた。
「はい」
「それに殿下も殿下だ……! マルティナを守れぬようなら夫になる資格はない」
「いいえ。殿下はいつも私を庇ってくださいます」
怒りの声をあげたフィリップを、マルティナは制した。
「……なら、よいが。何かあればすぐに相談するんだぞ。マルティナは私の大事な妹なのだから」
「はい、お兄様」
「マルティナは、他人のためにいつも自分のことを後回しにするだろう? それは美徳だが、我儘になってもよいのだ」
「ありがとうございます」
マルティナは、公爵家の領地内ではとても有名な御令嬢だった。マルティナはペドロサ領の特産物であるオレンジを使って、精油を作っていた。
彼女が発案したものは精度が良く爽やかないい香りであるため、若い御令嬢方にとても人気でオレンジの精油はヘアオイルや入浴剤として大ヒットの商品であった。
マルティナはその製造には、貧困層の領民も雇用することにした。もちろん周囲から反対はあったが、マルティナは決行した。事前に教育を受けさせ、面談をして『真面目に働く意思のある者』のみ雇った。
働くことを条件に住む場所を与え、働いた分きちんと賃金を支払った。領民の識字率が上がり、犯罪率も下がった。
マルティナがこの事業を続けたことで、ペドロサ公爵領はこの国一治安の良い街だと言われている。マルティナは魔力は少ないが、そういう才能があったのである。
幼い頃こそお転婆だったマルティナだが、物心つくころには公爵令嬢として領民たちにできることを一番に考え生きてきた。
フィリップはそんな妹に、どうか幸せになって欲しいと願っていた。
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