タバコと木札

藤ノ千里

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本編

第6話 図書館と炎

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 水神様の事がバレてしまえば、建前だったバイトは休み休みでいいと言うことになった。
 もちろん木札を外さなければ、だが。
 あんな怖いものが見えてしまうのだ、外そうと思って外すわけもないが、引っ掛けて外れてしまわないかは凄く心配だった。
「そいつは嬢ちゃんが外そうと思わなければ外れねぇよ」と言われたので、そういうものらしいが、それでも心配は消えない。
 数分おきに手首を触って、そこにある木札の存在に安心する。
 水神様の話。おじさんの言葉を疑ったわけではないが、何か私にもできることは無いかと思い、今日は図書館に来ていた。
 郷土史を調べれば何か曲尾山について出てこないかと思ったのだ。
 郷土史のコーナーには、他と違い地味な見た目の難しそうな本しかない。普段立ち入らないので、どこをどう探せばいいか分からなかった。
 ひとまず、片っ端から「曲尾」とか「蛇」とか「水神」とかの単語が書かれている本を探してみるがなかなか見つからない。
 見つからなかったが、一冊「禍尾伝承」という本が気になり、手に取ってみた。
 赤黒く、日に焼けて、少しボロい手書きの本。
 パラパラと捲ると、とぐろを巻いて山に巻き付く大蛇の絵が見えた。
「禍つ尾の水神、怒りて民を呪い殺す。ひと月の内に民は絶え、遠方より来る法師にて封ぜられても尚、その呪いにて毒の雨を降らす」
 私の目が確かなら、絵の横にはそんな文字が書かれていた。
 禍つ尾。曲がる尾ではなく、禍つ尾。
 偶然の一致だろうか。
 こんな恐ろしい話が、たまたま他のところでもあったのだろうか。
 私を狙っているという曲尾山の水神様。ひと月で民を滅ぼして、封印されても毒の雨を降らせた水神様。
 この二柱は同じ神なのでは無いだろうか。
 禍尾は「まがのお」と読むのではないだろうか。
 おじさんはまだ、私になにか隠しているのではないだろうか。
 禍尾伝承を借りることにした。おじさんに聞かなくてはと思った。
                         ※時田セイ様より寄贈


 次の日は、曲尾神社にバイトに行った。
 おじさんは私が着いた時にはいつもの建物にはいなくて、境内を掃いている時に本殿の裏から現れた。
「お、嬢ちゃん今日は来たか」
 ヘロヘロで、煙とお酒の匂い。最初に見た時は気づかなかったが、手のひらには何かの跡がついていて、声が少し枯れている。
「おじさん夜何かしてる?」
 このおじさんは、確かにだらしないおじさんだったが、ただだらしないだけのおじさんではないと、今の私は知っていた。
 おじさんは優しく笑うと「何でもないよ」と言うように手のひらをヒラヒラとさせて、そのままいつもの建物に入っていった。
 だから、確信したのだ。
 おじさんは夜、私のために何かしている。


 おじさんは、夕方は早く家に帰れと言う。
 大人は大体そう言うのであまり気にしてなかったが、おじさんの「早く」は日が陰る前の事で、かなり過保護な人なんだと思い込んでいた。
 今は夜の10時。家族にバレないようにこっそりと家を抜け出し、曲尾神社に来ていた。
 もう8月になるのに、上着を着て来なかったことを後悔するくらいの寒さ。月明かりだけの境内の静けさが寒さを一層引き立てていた。
 おじさんはいつも本殿の裏から現れる。本殿の裏には、あの祠に続く小道がある。
 怖い。正体の分からない怖さではない。この怖さの正体を私はもう見てしまっていた。
 木札を触り、滑らかな木の感触を確かめる。
 きっとおじさんはあの祠にいる。
 そう思うと、足が動いた。
 サクサクと足の裏から伝わる砂利道の感触。スマホのライトに照らされた小さな視界。
 本殿を回り込み小道に入ると、足の裏から伝わる感触が柔らかくなる。
 緑の匂い。一層冷たくなる空気。
 暗かったのでそれはすぐに見えた。
 明々と辺りを照らす炎だ。
 スマホのライトを消し炎に近づくと、暖かい空気と共に人の声が風に乗って流れてくる。
 おじさんの声だ。
いつも喋る時と違うよく通る声で、何かお経のような呪文のような言葉を唱えている。
 さらに近づくと、炎の目の前に座るおじさんの背中が見えた。
 おじさんの横にはお酒の瓶。
 何をしているのかは分からない。けど、絶対に邪魔しちゃいけないことだけは分かる。
 だってあそこは、あの祠が立っていたところだったから。
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