聖女の私にできること

藤ノ千里

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第四章 宴

第三十八話 告白

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 僧正様への第一印象は、「遠くから眺めてキャーキャー言いたいタイプのイケメン」だった。
 猛アピールを受けた時には「弄ぼうとしてくる危険人物」として、警戒せざるを得なかった。
 罪悪感を感じながらエッチな夢を見ているのを知った時、「自分の気持ちを綺麗に隠す人」なんだと思った。
 信介先生を看病している時に、彼の感情を読んだ私は「家族のために全てを捨てられる人」なんだと言うことを知ってしまった。
 彼がなんのために、僧正というその重い立場にいるのかを、知ってしまった。
 知ってしまえば、もう後戻りは出来なかった。
 胸をふるわせるこの感情をなんと呼ぶのか、私は十分すぎるほどに知っていたから。


 御堂を尋ねると、座禅を組んで目を閉じる僧正様と、お付きのお坊様の2人がいた。
 お坊様は私に気づくとサッと隣の部屋に下がる。宴の時に見た人だった。
 少し広い御堂の中で、私は僧正様と2人きりになる。
 御堂を満たすお香の香り。庭から聞こえる雀の声。
 まるで物語のように美しい光景だった。
 ゆっくりと開かれていく僧正様の瞼にさえ見蕩れてしまう。
 息を吐くように、目が合った。
 整った顔が、着飾ることなく私を見つめる。
「何か、私に御用でございましたか?」
 ゆっくりと言葉を紡ぐ唇。
 見ているだけで切なさに胸が苦しくなった。
 声が震えては駄目だと、気合を入れるように大きく息を吸い、口を開く。
「大事なお話があります」
 上手く伝える自信も、受け入れてもらえる自信もなかったが、伝えねばならないと思った。
 彼のためではなく自己満足のために、話す必要があったのだ。
 僧正様は座禅を解き正座で私に向き直る。
 まるで、私が説法に縋りにきたみたいだなと余計なことを考える。
「私の持つ聖女の業についてのことです」
 慎重に言葉を選びながら続ける。
 僧正様は、私の拙い言葉が紡がれるのをじっと待ってくれた。
「聖女の業には、治す力だけでなく、人の心を読む力もあるのです」
 馬鹿正直に話したところでほとんどの人が信じないだろうし、信じても快く受け入れてくれはしないだろうと思っていた。そして、この人がそのどちらでもないだろうとも、思っていた。
「僧正様のお考えが分からず、何度か心を読んでしまいました。すみませんでした!」
 伝えたかったことの一つ目は謝罪だった。
 よからぬ事を考えていそうだからと、散々心の中を読んでしまった。それに、何度かと濁したが本当はほとんどずっとだ。さすがに人として最低な行為だったと思う。
 頭を上げると、僧正様は口元に手を当て少し俯いていた。以前も見た素敵すぎる仕草だが、考え込む時の癖なのかもしれない。
「それは、こうしている間にも私の考えがすべてお分かりになると、そういうことでございますか?」
「ずっとではなくて、読もうと思った時だけで、読めるのも凄く表面的な事で・・・」
 言いながらとてつもない罪悪感に襲われる。やはりこういう流れにはなってしまうか。
「ただ、その、僧正様のことは、ずっと読んでました」
 顔を直視出来ずに目を逸らす。
 さすがの彼でも怒るのではないかと思った。が、何も返事が帰ってこない。
 恐る恐る顔色を伺うとまた口元に手を当てていて、今度は驚きの表情を浮かべていた。
「ずっと、で、ございますか・・・?」
 今は心を読んでいないので考えは分からなかったが、彼の顔がスッと赤くなるのが見て取れた。
 そうだよね。そうなるよね。だいぶ読まれたくないもの読んでたからね。
 僧正様は目を伏せ、なおも何かを考えている。ごめんなさいと、心の底から本当に思う。
 だが数分も経たない間に、僧正様のお顔の色は元に戻り、平静を取り戻していくのが分かる。
 やはり頭の回転が早い人は気持ちを落ち着けるもの早い。
 考え込む姿勢のまま、目だけでチラリとこちらを見る。
 凄く気まずい上に色気が凄い視線を投げられて頬が緩みそうになるが、なんとか反省顔のまま受け止める。
「聖女様」
「はい」
「私が今考えていることをお読みいただくこともできるのでございますか?」
 どこまで読めるか確認したいと言う事だろう。今更ながら少し気が引けたが、読めと言われたのであれば仕方がない。
 私は、僧正様に意識を集中して、その心の声を聞いた。
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