聖女の私にできること

藤ノ千里

文字の大きさ
上 下
8 / 55
第一章 聖女転生

第七話 お誘い

しおりを挟む
 その患者さんは、園田ソノダさんという名前で、木村さんの弟子の一人なのだそうだ。
 お侍さんのケンカ中に、怪我をした方を治療しようとした木村さんをもう1人のお侍さんが切りつけ、先生を庇った園田さんが切られてしまったということだったらしい。
 私が別室で少し休ませてもらっている間に意識を取り戻した園田さんは、医師というより武士に見えそうな四角い顔のおじさんだった。
「このご恩は一生忘れませぬ」
 体はまだ起こせなかったが、しっかりとした口調には生気がみなぎっているようだった。
「本当になんとお礼を申し上げたら良いのか」
「木村さん、もうそれはいいですって」
 この力でお礼を言われるのにも多少慣れてきていたが、さすがに何度も頭を下げられると居心地が悪くなってしまう。
「医師の先生たちだって毎日誰かを治療して誰かの命を助けてるじゃないですか。私も私にできることをしたまでですよ」
 謙遜ではなく、本心からそう思っているのだ。
 人にはない力を持ってはいるが、ただ貰って使っているだけ。私なんかより人を助ける為だけに沢山勉強して努力している木村さん達の方が断然凄いと思ってしまう。
「聖女殿に提案と申しますか、お願いがございます」
 ようやく頭を上げてくれた木村さんは、怖いくらい真剣な顔をしていた。その目には覚悟の色が見える。
「あなたのお力をこの医療所でお使いいただきたい・・・!」
 何となく、そう言われるのではないかと言う予感はしていた。こんな力を持っている人間が放っておいて貰えるはずもない。
 より多くの人を救えるというのは、私に取ってみれば大きなメリットだし、専門家の下で力の解明をしていけるのはありがたい。断るのが不自然なくらいだ。
 ただ・・・。
「少しだけ考える時間を頂けませんか?」
 ひとつ、私には心残りがあった。

ーーー
 木村さんにいつもの大通りまで送って貰うと、そこからはひとりで歩いた。
「聖女さま」と声をかけてくれる町の人たちに手を振りながら、お福さんの店に入る。
「お福さん、ただいま!」
 机の上で朝は食材だった物達が今は美味しそうな料理へと姿を変えていた。
「おかえり!遅かったんじゃないかい?」
 もう仕込みを終えてしまったのか厨房からひょっこり顔を出したお福さんは、早めのお昼ご飯だったらしい。
「ちょっと色々あってね。あの、後で話してもいい?」
 上手く言えなくて、中途半端な言葉になってしまう。こういう時に取り繕うのは苦手だ。
 そんな私に何かを察したのか、厨房から出てきたお福さんは3角おむすびが山になったお皿をいつもの座敷席にドンと置く。
「まずはご飯!大事な話なら食べながら聞くからね!」
 彼女のこういう豪気なところにはいつも救われる。
 まるで本当の娘にでもなったかのようなくすぐったさを感じながら、私はお福さんの向かいの席に腰を下ろした。


 私の抱えていた心残り。
 それはお福さんのお店の手伝いが出来なくなるということだ。
 最近の店はお客さんが多すぎて完全なセルフサービス状態とはいえ、私が働かなくなってしまうとどうなるかは予想がつかない。
 木村さんに医療所に誘われたことと一緒に、そういった心配事を全て正直にお福さんに話した。
 お福さんは、うんうんと相槌を打ちながら聞いてくれた。そして私が全て話し終わると一言だけ口を開いた。
「それで、あんたはどうしたいんだい?」
 その一言が、彼女の私への愛の証明だった。
 お福さんは、私みたいな記憶も定かではない怪しい人間に衣食住を与えてくれて、その上私の意思を1番に尊重してくれているのだ。
「私、医療所で働きたい」
「そう言うと思ってたよ」
 お福さんは微笑みながら私の頭をぽんぽんと撫でた。
 元の世界の母親にだって、こんなに優しくされたことはなかったのに。
「あんたのその力はきっとたくさんの人を救うためのもんだ。やろうと決めたならやれるだけ頑張ってきな」
 堪えきれずに涙が溢れた。日が出ている時間に別のところに働きに出るだけと言ってしまえばそれまでだが、知らない世界でずっとそばに居て色んなことを教えてくれたお福さんの存在は、私の中で精神安定剤のように重要なものになっていたのだ。
「言っとくけど門限は厳しいからね。そこはちゃんとあちらさんにも伝えておくんだよ」
 「うん」と頷くと、急に恥ずかしくなってきて、泣きながらだと言うのに笑いが込み上げてくる。
 お福さんもつられて笑ってくれたから、なんだか医療所でも頑張れそうな気がした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

病弱な幼馴染と婚約者の目の前で私は攫われました。

恋愛
フィオナ・ローレラは、ローレラ伯爵家の長女。 キリアン・ライアット侯爵令息と婚約中。 けれど、夜会ではいつもキリアンは美しく儚げな女性をエスコートし、仲睦まじくダンスを踊っている。キリアンがエスコートしている女性の名はセレニティー・トマンティノ伯爵令嬢。 セレニティーとキリアンとフィオナは幼馴染。 キリアンはセレニティーが好きだったが、セレニティーは病弱で婚約出来ず、キリアンの両親は健康なフィオナを婚約者に選んだ。 『ごめん。セレニティーの身体が心配だから……。』 キリアンはそう言って、夜会ではいつもセレニティーをエスコートしていた。   そんなある日、フィオナはキリアンとセレニティーが濃厚な口づけを交わしているのを目撃してしまう。 ※ゆるふわ設定 ※ご都合主義 ※一話の長さがバラバラになりがち。 ※お人好しヒロインと俺様ヒーローです。 ※感想欄ネタバレ配慮ないのでお気をつけくださいませ。

「次点の聖女」

手嶋ゆき
恋愛
 何でもかんでも中途半端。万年二番手。どんなに努力しても一位には決してなれない存在。  私は「次点の聖女」と呼ばれていた。  約一万文字強で完結します。  小説家になろう様にも掲載しています。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

身に覚えがないのに断罪されるつもりはありません

おこめ
恋愛
シャーロット・ノックスは卒業記念パーティーで婚約者のエリオットに婚約破棄を言い渡される。 ゲームの世界に転生した悪役令嬢が婚約破棄後の断罪を回避するお話です。 さらっとハッピーエンド。 ぬるい設定なので生温かい目でお願いします。

処理中です...