聖女の私にできること

藤ノ千里

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第一章 聖女転生

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 目を覚まして、目の前に広がっていたのは、時代劇のような世界だった。
 体を起こすと、座布団の下で畳がミシッと音を立てる。
 誰かが寝かせてくれていたらしい。
 辺りをよく見るとテーブルと椅子がきちんと並んでいて、ここが食堂だということが分かる。
 どれもボロボロではあるが、汚れてはいなかった。
 寝かされていたのは小さな座敷席のようで、敷かれた座布団には何回も補修した跡があった。
 先ほど目にした景色をもう一度確認する。
 入口から見える広い通りには、時代劇としか表せない風景が広がっていた。
 着物を着た男女、ふんどしの人もいる。ちょんまげや刀のようなもの、棒で何かを担いでいるのは何をしている人なのか。
 ここは、異世界のはずだ。
 そう言われた。
 神を名乗るあの人に。


ーーー
 私は、いや転生する前の私は、良き夫と可愛い子どもに恵まれて、毎日を苦労しながらも幸せに生きていたのだ。
 あの日、いつも通り戦場のような朝の時間を過ごし、「行ってらっしゃい」を言おうとした時。
 いきなり激しい頭痛に襲われて、ぐにゃりと視界が歪んで。朦朧とする意識の中、夫と子どもが駆け寄ってくるのが見えて・・・私の生きていた記憶はそこまで。
 気づくと白いモヤに囲まれた雲の中のようなところに浮いていた。
 死んだのだと理解した瞬間に激しく後悔した。なぜ今朝は「愛してる」と伝えなかったのか、なぜ昨晩は腕枕をしてあげなかったのか。
 嗚咽のような息が口から洩れる。体があったら泣きながら鼻水も出ていただろうが、何も出てこないのは魂だけだからなのかもしれない。
 取り乱しながらも頭の1部はどこか冷静で、もうどうにもならないのだと、理解している自分がいた。
「やぁ、落ち着いたようで何より」
 ひとしきり悩み終わった私の耳に聞こえてきた声はよく通る少年のようだった。
 肉体がないからか気づかなかったがずっと下を向いていたらしい。顔を上げるとまるでアニメのように整った顔の青年がいた。
「はじめまして。状況は理解してくれたようだね」
 少年のように聞こえた声は今は声変わりをした男性のものに聞こえる。違う声なはずなのに、目の前の青年の声だということが自然と理解出来た。
「ああ、ちゃんと馴染んだね。じゃあ今から君に説明をするね」
 青年が数秒女性のように見えて、また青年に戻った。
 神という言葉が頭に浮かぶ。
「そう、僕のことは神でいいよ」
 こちらの思考を読めるのか、微笑みながら青年は続けた。
「君にはこれから今まで生きていたのとは別の世界に転生してもらうんだけど、そこでやって欲しいことがあるんだ」
 既に決まっていることだという口振りで青年は言った。最も今は青年ではなく老人に見えたが。
「転生する時に君には人を癒す力をあげるから、それで向こうの世界の人をたくさん治してあげて欲しいんだ」
 再び青年に戻った神は、プレゼントをねだる子どものように首を傾げながらこちらを見上げてくる。
 口調や仕草こそおねだりのようではあるが、相手は神だ。もし断れば何をされるか分からない。
 でも、やっとひと人生終えたところにすぐに次の人生などど。しかも、神からの指令付きだなんて苦労するに決まっている。
 安請け負いして後悔するくらいならいっそ・・・と断り方を考えていた時だった。
「君の伴侶と子だけどね」
 青年の口からでた単語に、一瞬で心臓が鷲掴みにされたような恐怖を覚えた。
 青年の姿は、瞬きの間に愛する我が子のものになっていた。
「君が向こうの世界で頑張ってくれるなら、その度に君の伴侶と子に小さな幸せを贈ろうと思っているんだ」
 神の姿が、我が子から夫のものに変わりまた青年に戻る。
 悪い神ではないのだろう。
 しかし絶対に良い神でもないのだと、無邪気な笑顔が物語っていた。
 たとえ言う通りにしたからといて、本当に夫と子どもが幸せになれる保証なんてないだろう。
 でも、それでも。
 自己満足だって構わなかった。残してきた人達のために、その為だけに、私は転生して知らない世界で生きることを決めたのだった。
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