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十
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瑠可や凌恂が止めるのも聞かずに明琳が宴席に戻ると、皇帝付きの侍医とその他の医官が淑妃を取り囲んでいた。
明琳は少し離れた場所にいたため、どんな様子なのかがわからない。遠目でチラリと見えたのは血を吐いてぐったりと横たわる淑妃の姿だった。
幕の裏で青ざめる妃と侍女たち。大臣や貴族たちがざわめく中、馬鹿な野次馬たちが仕事を忘れて傍観していた。
面白がるようにニタニタした顔で状況を窺う官吏や、毒を盛られたとされる妃を心配するでもなく喜んでいるような薄笑いを浮かべる侍女など。
人間の醜さが垣間見える。
厳しい顔つきで淑妃を見つめる皇帝と皇后に明琳は状況が深刻なことを悟る。
さすがの翠季も顔色が悪い。身近で妃が毒を口にしたのだ無理はない。
「明琳!なぜ戻って来た!凌恂は何をしている!」
明琳の姿を見つけた皇帝が珍しく声を荒げた。
「凌恂ったら、本当に頼りにならない子ね」
可哀想なことに、この間の一件から皇帝や姉の翠季からの評価がガタ落ちな凌恂である。
勝手に戻って来た自分のせいで、凌恂の立場が危うくなると思った明琳は慌てて口を挟んだ。
「申し訳ございません!淑妃様が毒を口にされたと聞いて……わたくし凌恂が止めるのを聞かずに戻って来てしまったのです」
「明琳……あまり無茶をするなと言っただろう」
「はい……では、翠季様と後宮へ戻らせて頂いてよろしいですか?」
いくら近衛に守られているといっても、一番危険なのは皇帝と皇后だ。大丈夫だと明琳もわかっている。その為の影なのだから。ただ翠季には少しでも危険な場所にいてほしくない。ほんの僅かでも翠季を危険から遠ざけたいと思ってしまうのだ。
「仕方ないですわ。頼りにならない弟の代わりに姉のわたくしが尻拭いをしなくてはね」
「そうだね」
皇帝は侍医と医官を残し他の妃や大臣、貴族は解散するよう伝え、夏の宴はそのままお開きとなった。
「翠季様、お顔の色が良くないですわ!休まれた方が良いのでは」
一旦、翠季の宮殿に戻ってきた明琳たちは燕花の淹れたお茶でひと息ついていた。
「大丈夫よ。それより淑妃様が心配だわ」
「本当に……翠季様こんな時に申し訳ないのですが、いったい何があったのですか?」
「それが……よくわからないのよ。陛下とわたくしは大臣たちと話をしていたの……するといきなり悲鳴が聞こえて、そしたら淑妃様が……」
翠季はほう……と、悲しそうに息を吐いた。
「……翠季様」
淑妃が毒を口にしたのは間違いないのだが。それを誰がどうやって入れたのか、または何に混入させたのか今のところわかっていない。
それに、あの物静かな淑妃が命を狙われるなど……考えられない。他の上級妃ならまだしも……と明琳は心の中で密かに思った。
「あの、翠季様……とても聞きづらいのですが……」
明琳が言いにくそうに口籠るのを見て翠季は察したのか「言っていいわよ!わたくしは気にしなくてよ」と微笑んだ。その瞳の奥が光っていたのを明琳は見逃さなかった。
(……翠季様だけは敵に回したくないですわ)
では、と明琳は可愛い咳払いをすると「淑妃様と陛下は……その何と申しましょうか……仲はよろしかったのでしょうか?」
翠季は皇帝の后ではあるが後宮の主でもあり。妻という役目以外にも他の妃嬪や後宮の管理をするという役目がある。皇帝が後宮で問題なく過ごせるように計らうのも皇后の努めなのだ。
「そうねえ、淑妃様は控えめな方で、奥手というのかしら……陛下も無理強いはされていなかったと思うわ。それでも陛下は淑妃様の所に通っていらしたし、仲は良かったと思うわ」
「そうですか……それでは淑妃様はどう思われていたのでしょうか?」
「それは……わたくしにはわからないわ」
明琳はう~ん、と考え込んだ。
「これで、何かわかるのかしら?」
「いえ……淑妃様が目を覚まさないことには……何とも」
この時の明琳はあることを思い出していた。
だが今は無事に命が助かることを祈ったーーーー
明琳は少し離れた場所にいたため、どんな様子なのかがわからない。遠目でチラリと見えたのは血を吐いてぐったりと横たわる淑妃の姿だった。
幕の裏で青ざめる妃と侍女たち。大臣や貴族たちがざわめく中、馬鹿な野次馬たちが仕事を忘れて傍観していた。
面白がるようにニタニタした顔で状況を窺う官吏や、毒を盛られたとされる妃を心配するでもなく喜んでいるような薄笑いを浮かべる侍女など。
人間の醜さが垣間見える。
厳しい顔つきで淑妃を見つめる皇帝と皇后に明琳は状況が深刻なことを悟る。
さすがの翠季も顔色が悪い。身近で妃が毒を口にしたのだ無理はない。
「明琳!なぜ戻って来た!凌恂は何をしている!」
明琳の姿を見つけた皇帝が珍しく声を荒げた。
「凌恂ったら、本当に頼りにならない子ね」
可哀想なことに、この間の一件から皇帝や姉の翠季からの評価がガタ落ちな凌恂である。
勝手に戻って来た自分のせいで、凌恂の立場が危うくなると思った明琳は慌てて口を挟んだ。
「申し訳ございません!淑妃様が毒を口にされたと聞いて……わたくし凌恂が止めるのを聞かずに戻って来てしまったのです」
「明琳……あまり無茶をするなと言っただろう」
「はい……では、翠季様と後宮へ戻らせて頂いてよろしいですか?」
いくら近衛に守られているといっても、一番危険なのは皇帝と皇后だ。大丈夫だと明琳もわかっている。その為の影なのだから。ただ翠季には少しでも危険な場所にいてほしくない。ほんの僅かでも翠季を危険から遠ざけたいと思ってしまうのだ。
「仕方ないですわ。頼りにならない弟の代わりに姉のわたくしが尻拭いをしなくてはね」
「そうだね」
皇帝は侍医と医官を残し他の妃や大臣、貴族は解散するよう伝え、夏の宴はそのままお開きとなった。
「翠季様、お顔の色が良くないですわ!休まれた方が良いのでは」
一旦、翠季の宮殿に戻ってきた明琳たちは燕花の淹れたお茶でひと息ついていた。
「大丈夫よ。それより淑妃様が心配だわ」
「本当に……翠季様こんな時に申し訳ないのですが、いったい何があったのですか?」
「それが……よくわからないのよ。陛下とわたくしは大臣たちと話をしていたの……するといきなり悲鳴が聞こえて、そしたら淑妃様が……」
翠季はほう……と、悲しそうに息を吐いた。
「……翠季様」
淑妃が毒を口にしたのは間違いないのだが。それを誰がどうやって入れたのか、または何に混入させたのか今のところわかっていない。
それに、あの物静かな淑妃が命を狙われるなど……考えられない。他の上級妃ならまだしも……と明琳は心の中で密かに思った。
「あの、翠季様……とても聞きづらいのですが……」
明琳が言いにくそうに口籠るのを見て翠季は察したのか「言っていいわよ!わたくしは気にしなくてよ」と微笑んだ。その瞳の奥が光っていたのを明琳は見逃さなかった。
(……翠季様だけは敵に回したくないですわ)
では、と明琳は可愛い咳払いをすると「淑妃様と陛下は……その何と申しましょうか……仲はよろしかったのでしょうか?」
翠季は皇帝の后ではあるが後宮の主でもあり。妻という役目以外にも他の妃嬪や後宮の管理をするという役目がある。皇帝が後宮で問題なく過ごせるように計らうのも皇后の努めなのだ。
「そうねえ、淑妃様は控えめな方で、奥手というのかしら……陛下も無理強いはされていなかったと思うわ。それでも陛下は淑妃様の所に通っていらしたし、仲は良かったと思うわ」
「そうですか……それでは淑妃様はどう思われていたのでしょうか?」
「それは……わたくしにはわからないわ」
明琳はう~ん、と考え込んだ。
「これで、何かわかるのかしら?」
「いえ……淑妃様が目を覚まさないことには……何とも」
この時の明琳はあることを思い出していた。
だが今は無事に命が助かることを祈ったーーーー
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