2 / 3
笑わない男と廃寺と
しおりを挟む
悠香が“黄泉川荘”にやって来たのが、つい三十分前のこと。
通された十畳ほどの和室で出されたお茶をちびちびと飲みながら喉を潤していた。
廃れた見た目と違い中はふつうで、少し拍子抜けした悠香だが、それよりも驚いたのが令和のこの時代に部屋の灯りがろうそくの灯だったことだ。殺風景な部屋だけに時代劇ドラマに出てくる武家屋敷か何かにいる気分になった。
待つこと数十分ーーーゆらりとろうそくの灯が揺れたかと思うと、スッと襖が開き和服姿の男性が現れ悠香の前に座った。
男性は“黄泉川結人(よみかわゆうと)”と名乗った。
(この男性(ひと)が親戚の人……?)
橙色の優しい光が幻想的な空間を作り出していたこともあるが、悠香は息をするのを忘れるほど結人に釘付けになったーーーー
「えっと、あの……」
ここは旅館ですか?という言葉は飲み込んだ。いきなり失礼な質問だと思ったのもあるが、結人の切れ長の目に怯んでしまったからだ。
「いえ……何もないです……」
シンと静まり返った部屋で会話もなく時間だけが刻々と過ぎていく。
この時間はいつまで続くの?と思いながら、悠香は結人の言葉を待った。
(機嫌悪そう……)
居心地の悪さにいたたまれなくなるが、こんな時間に訪ねてきた自分が悪いんだし!多少の気まずさは仕方ない……と諦める。
でも少しくらい喋ってくれてもいいのに……と内心ムッとするものの、悠香は結人から目を離せずにいた。
それは結人が嫉妬するのもバカらしくなるくらい整った綺麗な顔をしていて、愛想はないが佇まいだったりお茶を飲むときの所作だったりが上品で美しく。嫌でも見惚れてしまうほど、洗練された美しい男性だったからだ。
でも、それも限界!我慢できなくなった悠香は「あのっ!こんな時間に押し掛けて本当に申し訳ないと思ってます!怒るのは無理ないと思いますが、今日一晩だけ泊めて頂けないでしょうか?」と、気づくと結人に詰め寄っていた。
そこには悠香を部屋に通してくれた初老の男性が替えのお茶を運んで来たところで、手に持った盆が微かに震えていた。形的には結人を襲っているように見えたかもしれない。一方、襲われた格好になった結人は少し驚いた表情をしていたが、湯飲みをスッと置くと静かに悠香を見据えた。
綺麗な人が凄むとなんとも言えない迫力がある。
その眼光の鋭さに悠香は蛇に睨まれた蛙のように縮こまってしまった。
(ひっ……ほ、本当に怒らせたかも!?)
旅館の手伝いに来た悠香ではあったけれど、見た目は廃寺でどうみても旅館として機能している感じもなく、親戚が旅館をやっているというのは親の勘違いだったのでは?と思った。
どちらにしても、それはもうどうでもいいことだ。
とにかく泊めて貰えないと、今から他の宿を探すことも出来ないし、なんでもいいからゆっくり休みたい。宿泊代は払うので一泊させてほしい……と思ったのは先程の言動で泡と消えてーーージメッとした夏の夜を虫たちに囲まれて寝るのか……と、悠香は肩をガックリと落とした。
すると結人が初老の男性に何かを指示していた。
初老の男性は恭しく頭を垂れると部屋を出て行った。
「部屋を用意させている。今日はゆっくり休むといい」
……え?と悠香は目を瞬いた。
初めて聞いた結人の声はとても落ち着いていて……意外にも優しかった。
部屋に案内させるからと、「小太郎」と結人が呼ぶと襖の奥から五、六歳の男の子が現れた。
甚平を着たおかっぱ頭の可愛い男の子だ。人見知りなのか足早に結人の背中に隠れるも、悠香が気になるらしくチラチラと顔を覗かせていた。
「小太郎、恥ずかしがってないで、こちらの客人を部屋まで案内して上げなさい」
親戚の子どもが夏休みで遊びに来ているかと思ったが、どうもそうではないらしい。
小太郎は照れながら小さな手で手引きをする。
(か、可愛い!)
小太郎のキュートさにメロメロになりながら「あの……ありがとうございます。おやすみなさい」と、悠香は部屋を出た。
結人は相変わらず愛想はないものの、返ってきたおやすみの声もどこか優しく少しほっとした。
案内された部屋はきれいに掃除され整えられた六畳ほどの和室だった。
部屋には悠香のキャリーケースもちゃんと運ばれていて、布団もすでに敷かれており、枕元にはピンク色の花のデザインがあしらわれた浴衣が漆塗りの高そうな入れ物に入って用意されていた。
本当に旅館かもしれないーーー悠香の認識がちょっとだけ撤回された。
とりあえず部屋の灯りがろうそくの火ではなかったことにほっとする。
小太郎がコクリと小さな頭を下げて行こうとしたのを呼び止める。悠香は飴玉を鞄から取り出すと「ありがとう」と、小太郎の手のひらに乗せた。
小太郎はもじもじと照れたように、でもニコッと愛らしい笑顔を返すとぴゅう~と戻って行く。
(ああ~~~やっと、くつろげるぅぅぅ~~~!)
悠香は息を体の底から絞り出すように吐くと、そのまま布団に倒れ込んだ。
温泉はさすがに無理だろうけど、ふかふかの布団で眠れる。それだけで十分……ああ最高!
おんぼろでも夏の夜に虫たちと過ごすよりマシで、雨風がしのげるなら一日くらい我慢しよう!なんて思ったことは……謝ろう……。
今日は本当に色々あり過ぎて疲れてしまった。今はすっぱり忘れて眠りたい…………。
急激な睡魔に襲われた悠香はふかふかの布団に誘われ、そのまま意識を手放したーーーー
通された十畳ほどの和室で出されたお茶をちびちびと飲みながら喉を潤していた。
廃れた見た目と違い中はふつうで、少し拍子抜けした悠香だが、それよりも驚いたのが令和のこの時代に部屋の灯りがろうそくの灯だったことだ。殺風景な部屋だけに時代劇ドラマに出てくる武家屋敷か何かにいる気分になった。
待つこと数十分ーーーゆらりとろうそくの灯が揺れたかと思うと、スッと襖が開き和服姿の男性が現れ悠香の前に座った。
男性は“黄泉川結人(よみかわゆうと)”と名乗った。
(この男性(ひと)が親戚の人……?)
橙色の優しい光が幻想的な空間を作り出していたこともあるが、悠香は息をするのを忘れるほど結人に釘付けになったーーーー
「えっと、あの……」
ここは旅館ですか?という言葉は飲み込んだ。いきなり失礼な質問だと思ったのもあるが、結人の切れ長の目に怯んでしまったからだ。
「いえ……何もないです……」
シンと静まり返った部屋で会話もなく時間だけが刻々と過ぎていく。
この時間はいつまで続くの?と思いながら、悠香は結人の言葉を待った。
(機嫌悪そう……)
居心地の悪さにいたたまれなくなるが、こんな時間に訪ねてきた自分が悪いんだし!多少の気まずさは仕方ない……と諦める。
でも少しくらい喋ってくれてもいいのに……と内心ムッとするものの、悠香は結人から目を離せずにいた。
それは結人が嫉妬するのもバカらしくなるくらい整った綺麗な顔をしていて、愛想はないが佇まいだったりお茶を飲むときの所作だったりが上品で美しく。嫌でも見惚れてしまうほど、洗練された美しい男性だったからだ。
でも、それも限界!我慢できなくなった悠香は「あのっ!こんな時間に押し掛けて本当に申し訳ないと思ってます!怒るのは無理ないと思いますが、今日一晩だけ泊めて頂けないでしょうか?」と、気づくと結人に詰め寄っていた。
そこには悠香を部屋に通してくれた初老の男性が替えのお茶を運んで来たところで、手に持った盆が微かに震えていた。形的には結人を襲っているように見えたかもしれない。一方、襲われた格好になった結人は少し驚いた表情をしていたが、湯飲みをスッと置くと静かに悠香を見据えた。
綺麗な人が凄むとなんとも言えない迫力がある。
その眼光の鋭さに悠香は蛇に睨まれた蛙のように縮こまってしまった。
(ひっ……ほ、本当に怒らせたかも!?)
旅館の手伝いに来た悠香ではあったけれど、見た目は廃寺でどうみても旅館として機能している感じもなく、親戚が旅館をやっているというのは親の勘違いだったのでは?と思った。
どちらにしても、それはもうどうでもいいことだ。
とにかく泊めて貰えないと、今から他の宿を探すことも出来ないし、なんでもいいからゆっくり休みたい。宿泊代は払うので一泊させてほしい……と思ったのは先程の言動で泡と消えてーーージメッとした夏の夜を虫たちに囲まれて寝るのか……と、悠香は肩をガックリと落とした。
すると結人が初老の男性に何かを指示していた。
初老の男性は恭しく頭を垂れると部屋を出て行った。
「部屋を用意させている。今日はゆっくり休むといい」
……え?と悠香は目を瞬いた。
初めて聞いた結人の声はとても落ち着いていて……意外にも優しかった。
部屋に案内させるからと、「小太郎」と結人が呼ぶと襖の奥から五、六歳の男の子が現れた。
甚平を着たおかっぱ頭の可愛い男の子だ。人見知りなのか足早に結人の背中に隠れるも、悠香が気になるらしくチラチラと顔を覗かせていた。
「小太郎、恥ずかしがってないで、こちらの客人を部屋まで案内して上げなさい」
親戚の子どもが夏休みで遊びに来ているかと思ったが、どうもそうではないらしい。
小太郎は照れながら小さな手で手引きをする。
(か、可愛い!)
小太郎のキュートさにメロメロになりながら「あの……ありがとうございます。おやすみなさい」と、悠香は部屋を出た。
結人は相変わらず愛想はないものの、返ってきたおやすみの声もどこか優しく少しほっとした。
案内された部屋はきれいに掃除され整えられた六畳ほどの和室だった。
部屋には悠香のキャリーケースもちゃんと運ばれていて、布団もすでに敷かれており、枕元にはピンク色の花のデザインがあしらわれた浴衣が漆塗りの高そうな入れ物に入って用意されていた。
本当に旅館かもしれないーーー悠香の認識がちょっとだけ撤回された。
とりあえず部屋の灯りがろうそくの火ではなかったことにほっとする。
小太郎がコクリと小さな頭を下げて行こうとしたのを呼び止める。悠香は飴玉を鞄から取り出すと「ありがとう」と、小太郎の手のひらに乗せた。
小太郎はもじもじと照れたように、でもニコッと愛らしい笑顔を返すとぴゅう~と戻って行く。
(ああ~~~やっと、くつろげるぅぅぅ~~~!)
悠香は息を体の底から絞り出すように吐くと、そのまま布団に倒れ込んだ。
温泉はさすがに無理だろうけど、ふかふかの布団で眠れる。それだけで十分……ああ最高!
おんぼろでも夏の夜に虫たちと過ごすよりマシで、雨風がしのげるなら一日くらい我慢しよう!なんて思ったことは……謝ろう……。
今日は本当に色々あり過ぎて疲れてしまった。今はすっぱり忘れて眠りたい…………。
急激な睡魔に襲われた悠香はふかふかの布団に誘われ、そのまま意識を手放したーーーー
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
家路を飾るは竜胆の花
石河 翠
恋愛
フランシスカの夫は、幼馴染の女性と愛人関係にある。しかも姑もまたふたりの関係を公認しているありさまだ。
夫は浮気をやめるどころか、たびたびフランシスカに暴力を振るう。愛人である幼馴染もまた、それを楽しんでいるようだ。
ある日夜会に出かけたフランシスカは、ひとけのない道でひとり置き去りにされてしまう。仕方なく徒歩で屋敷に帰ろうとしたフランシスカは、送り犬と呼ばれる怪異に出会って……。
作者的にはハッピーエンドです。
表紙絵は写真ACよりchoco❁⃘*.゚さまの作品(写真のID:22301734)をお借りしております。
この作品は、別サイトにも投稿しております。
(小説家になろうではホラージャンルに投稿しておりますが、アルファポリスではカテゴリーエラーを避けるために恋愛ジャンルでの投稿となっております。ご了承ください)
ザ・ブレックファースト・ウォーズ
星名雪子
キャラ文芸
住処である「丸くて小さな小屋」を突然壊された「アタシ」は、気づいたら白い服を着た小人の集団の中にいた。その内の一人、顔の大きな小人は言う。
「これから起こることは私達にとって凄く名誉なことなのよ……!」
ある家族の朝の食卓を巡って食材達がドタバタ?バトル(口喧嘩)?を繰り広げる!果たして食卓に並ぶのはどの食材?!どの料理?!選ばれなかった食材達の行き先は?!
食材達の絶対に負けられない戦いが今、始まる!
※全3話です
※とにかく思いつきと勢いだけで書いたのでツッコミどころが満載です。ご了承ください。
【完結】犬神さまの子を産むには~犬神さまの子を産むことになった私。旦那様はもふもふ甘々の寂しがり屋でした~
四片霞彩
キャラ文芸
長年付き合っていた彼氏に振られて人生どん底の華蓮。土砂降りの中、びしょ濡れの華蓮に傘を差し出してくれたのは犬神の春雷だった。
あやかしの中でも嫌われ者として爪弾きにされている犬神。その中でも春雷はとある罪を犯したことで、他の犬神たちからも恐れられていた。
華蓮を屋敷に連れ帰った春雷は、風邪を引かないように暖を取らせるが、その時に身体が交じり合ったことで、華蓮は身籠もってしまう。
犬神の春雷を恐れ、早く子供を産んで元の世界に帰りたいと願う華蓮だったが、春雷の不器用な優しさに触れたことで、次第に惹かれるようになる。
しかし犬神と結ばれた人間は「犬神憑き」となり、不幸せになると言われているため、子供が産まれた後、春雷は華蓮の記憶を消して、元の世界に帰そうとする。
華蓮と春雷、それぞれが選んだ結末とはーー。
人生どん底な人間×訳あって周囲と距離を置く犬神
身ごもりから始まる和風恋愛ファンタジー。
※ノベマにも投稿しています。こちらは加筆修正版になります。
春風さんからの最後の手紙
平本りこ
キャラ文芸
初夏のある日、僕の人生に「春風さん」が現れた。
とある証券会社の新入社員だった僕は、成果が上がらずに打ちひしがれて、無様にも公園で泣いていた。春風さんはそんな僕を哀れんで、最初のお客様になってくれたのだ。
春風さんは僕を救ってくれた恩人だった。どこか父にも似た彼は、様々なことを教えてくれて、僕の人生は雪解けを迎えたかのようだった。
だけどあの日。いけないことだと分かっていながらも、営業成績のため、春風さんに嘘を吐いてしまった夜。春風さんとの関係は、無邪気なだけのものではなくなってしまう。
風のように突然現れて、一瞬で消えてしまった春風さん。
彼が僕に伝えたかったこととは……。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
探偵尾賀叉反『騒乱の街』
安田 景壹
キャラ文芸
いつの頃からか、彼らはこの世に誕生した。体に動植物の一部が発現した人間《フュージョナー》
その特異な外見から、普通の人間に忌み嫌われ、両者は長きに渡って争いを繰り返した。
そうして、お互いが平和に生きられる道を探り当て、同じ文明社会で生きるようになってから、半世紀が過ぎた。
エクストリームシティ構想によって生まれた関東最大の都市<ナユタ市>の旧市街で、探偵業を営む蠍の尾を持つフュージョナー、尾賀叉反は犯罪計画の計画書を持ってヤクザから逃亡したトカゲの尾を持つ男、深田の足取りを追っていた。
一度は深田を確保したものの、謎の計画書を巡り叉反は事件に巻き込まれていく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる