コーヒーゼリー

谷内 朋

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恋愛編

ー14ー

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 「結婚式を挙げる事にしたんです、今日は招待状を持ってきました」
 休日、再び丞尉と愛梨のカップルが小泉家にやって来て、早苗に
招待状を手渡していた。
 「必ず伺うわ。でも随分と先なのね」
 「えぇ、俺たちが絶対に参列して頂きたい方にだけ先にお渡ししてるんです。一生ものですから良いを作りたくて」
 まだ内緒にしててください。丞尉の言葉に早苗は頷き、二人を家に上げる。この時波那は庭で洗濯物を干しており、二人に気付いて一旦手を休める。
 「いらっしゃい、今日はどうしたの?」
 「結婚式の招待状持ってきた、限定した人にしか渡してないから内緒にしててくれ」
 「分かった、うどすけ君にも?」
 「アイツには渡すから大丈夫だよ。職場ではまだ話さないでくれな」
 うん。波那は再び洗濯物を干し始め、早苗は若いカップルに息子が作ったプリンと紅茶でもてなす。
 「波那が作ったの、良かったら食べてみて」
 「美味しそうですね、頂きます」
 二人はダイニングで美味しそうにプリンを食べ、あっという間に完食してしまった。愛梨はすっかりご満悦で、外にいる波那にごちそうさま、と声を掛けた。
 「こちらこそ、この前のお弁当美味しく頂きました」
 「そう言ってもらえて嬉しいよ。今度はスイーツにも挑戦してみたいなぁ、って思ってるの」
 「それなら再来週奈良橋さんが商品開発部の厨房を借りて料理教室を開くんだ、あの方スイーツ得意だから参加してみない?」
 僕より上手だよ。その誘いに愛梨は是非、と頷き、丞尉もそんな婚約者を微笑ましく見つめていた。そこに恋人の家から朝帰りしてきた麗未が背後から声を掛ける。
 「最近愛梨家事の上達凄いんだって?」
 「うわっ!声掛けるならもっと普通にしてくれよ」
 脅かすなよな。愛梨に見惚れていた丞尉は麗未の存在に気付くのが遅れ、本気で驚いている。
 「そんなにおかしな事してないよ、あんたが愛梨に見惚れ過ぎなだけじゃない」
 二人が良い争いを始めたところで早苗がキッチンに戻ってくる。
 「おかえり、琢磨タクマ君元気にしてる?」
 「うん、相変わらずだよ」
 麗未は着替えのため二階に上がっていく。丞尉も琢磨君の事は知っていて、長いですよね?と早苗を見る。
 「そうね、もう十年位になるんじゃない?ただ最近会う頻度が減ってきてるみたいなのよ、彼の話もしなくなってるし」
 「交際が長いと新しく知る事も減りますから、そういう事だと思いますよ」
 それもそうね。早苗は笑顔を見せて丞尉に紅茶のおかわりを淹れた。

 定期検診の為会社を早退していた波那は、昨年度まで主治医を務めてくださったおじいちゃん医師の紹介で、沙耶果が勤務する大学病院へ通院する様になっていた。今度の主治医は愛弟子に当たる方で、とても物腰の柔らかい四十代後半位の女医さんである。
 待合室で順番を待っていると、仕事を終えて勤務地をあとにしようとしている沙耶果に声を掛けられた。彼女はスーツケースを携えており、普段よりもお洒落をして美人に磨きがかかっている。
 「波那ちゃん、最近顔色良いね」
 「お陰様で。随分と大荷物だけど」
 「これから札幌へ行くの、三日間休みが取れたから」
 その様子から見ても沼口との交際は至って順調な様で、彼の方から、盆休みに帰省して家族に紹介する。と最近メールがあった。沙耶果はこの数年で両親を相次いで亡くしており、転勤の際きょうだいには紹介済みだと言っていた。
 「最近は私とより弟とのやり取りの方が多くなってるみたいなのよねぇ」
 「良い事だと思うよ、先行き明るいじゃない」
 そうだね。沙耶果は微笑みながら頷いた。
 「飛行機の時間があるからそろそろ行くね。それじゃ、お大事に」
 「ありがとう、道中お気を付けて」
 波那は沙耶果の後ろ姿を見送っていると、普段はクールで冷静な彼女の足取りの軽さが何だか微笑ましかった。現実世界を一休みして恋人に会いに行く、そんな事を考えていると中林に会いたくなってきた。
 悠麻君予定大丈夫かな?波那は一旦外に出て早速メールを作成する。
 『検診終わったら家に行ってもいい?』
 送信してすぐに返信があり、『迎えに行く』と言ってくれる。この病院から中林の自宅は近く、彼にとっては生活圏範囲内であった。波那は心踊らせて待合室に戻り、診察の順番を待つことにする。

 診察を終えると中林は待合室で雑誌を読んでいた。見慣れないスーツ姿で違和感はあったものの、細身で背が高いのでなかなかさまになっている。
 「お待たせ、早かったんだね」
 「あぁ、ちょうど仕事帰りだったんだ」
 二人は並んで座り、お互いの顔を見る。
 「診察前に知り合いの女医さんと会ったんだ。恋人に会いに札幌に行く、って。彼女の足取りの軽さを見てたら悠麻君に会いたくなっちゃった」
 「それで連絡くれたのか。実は俺も誘おうかと思ってたとこなんだ」
 ホントに?波那は、以心伝心出来てる。と思って嬉しくなる。今日はお泊まりしようかな?そんな事を考えていると、中林の方から、泊まってくだろ?と誘ってきた。
 「うん。そうしたいな、って思ってたとこ」
 二人は体を寄せ合ってこっそりと手を繋ぐ。この後処方箋を受け取ると、仲良く病院をあとにして中林の自宅へと向かった。

 「ところで、検査の方は大丈夫だったのか?」
 二人は中林の自宅で夕食を囲んでいる。この日は彼が自炊している分もあり、波那はほとんど台所に立たなかった。本人は、偏食だから自分で作り始めただけ。と言っているが、言葉以上になかなかの腕前なのである。
 「うん。先生に太鼓判、頂いちゃった」
 波那は嬉しそうに笑顔を浮かべ、中林お手製の里芋の煮付けを美味しそうに食べている。中林も波那が作った鰯のつみれ汁をすすっており、魚は少しずつ食べられる様になっていた。
 「じゃあ職場の親睦会、行けそうだな」
 「うん、キャンプ場なんて凄く久し振り。家族以外の人たちと遠出なんてした事無いからちょっと緊張する」
 正月休みに早苗と麗未と長兄一徹の居る沖縄で新年を迎えたのだが、途中で体調を崩して半分以上兄の社員寮で寝込んでいたのだった。その事がまだ記憶に残っており、家族の居ない泊まりの外出となると何かあった時の不安がどうしても頭に浮かんでしまう。
 「大丈夫、これの延長だと思えば良いんだよ」
 中林は隣に座っている波那に優しい眼差しを向ける。
 「うん、そう考えたら楽になった」
 波那も恋人に顔を向けて頷くと、食事中にも関わらずキスをしてきたのだった。
 「もう、びっくりするじゃない」
 「まじないだよ。波那ちゃんが無事に親睦会を乗り切れる様に」
 波那は彼の心遣いが嬉しかった。悠麻君と出会えて良かった。今目の前に居る恋人とこうして一緒に居られるのが何よりも幸せだった。
 「……ありがとう」
 彼は心を込めて礼を言う。どういたしまして。中林は再び顔を近付けて優しく唇を重ね合わせてきた。波那の心の中にほんの僅かな不安や負の感情が芽生えてしまうとよくキスをしてくれる。そのタイミングがあまりにも完璧過ぎて、一度その事について訊ねた事があった。
 中林の母親は彼が三歳になる少し前に事故で亡くなっているのだが、赤ん坊の頃癇の虫でよく夜泣きをしていた息子を愛情手段としてそこかしこに唇を当ててくれたそうなのだ。
 『俺キスのタイミングだけは何となく分かるんだよ。潜在的に良い思い出になってるんだと思う』
 波那は手にしている箸を置いて恋人の体に腕を巻き付ける。中林も長い腕で波那の体を包み、二人は体を寄せ合って離れようとしなかった。

 親睦会当日、先日退職した志摩の親戚が経営しているホテルとキャンプ場で二泊三日のバーベキューパーティーをする事になっており、土曜日の早朝、会社の最寄り駅に集合した一行は送迎車を借り切って郊外山奥にあるキャンプ場に向かっている。
 「こんな集まりが出来るのも志摩君のお陰だよ」
 一行のリーダー的役割を果たしている小田原は、引率として同行している志摩に礼を言う。
 「庶務課のランチに誘って頂いたお礼です」
 「にしては凄すぎるって」
 小田原ははしゃいでいる部下たちを見て笑う。中には彼の子供たちも居て、すっかり畠中に懐いている。
 「退職は既に決まってましたが、精神的に参っていたので凄く救われたんです。僕も料理は好きなので自宅の食事は僕が作ってるんです」
 「そっか。今は充実してるんだんね」
 はい。志摩はここ最近で一番良い笑顔を見せる。
 この日の参加者は小田原を筆頭に営業一課からは奈良橋、大澄、牟礼、と畠中。営業三課からは昨年頭まで一課に所属していた三井楊花ミツイヨウカ。庶務課からは小林、須藤奈緒スドウナオと波那。人事課からは望月と七瀬瞳ナナセヒトミ。かつて小田原が所属していた宣伝課からは野上真人ノガミマサト三條出水サンジョウイズミ。そして小田原の息子である誠、イサムススムの三兄弟を合わせて計十六名の大所帯となっている。
 小田原三兄弟に優しい表情を見せている畠中に、今や同期の奈良橋とツートップを張っている大澄がチクリとやる。
 「普段その十パーセントでも見せてくれたらねぇ」
 「冗談じゃねぇ、何であんたらオバサン共に……」
 「それでよく外回りが勤まるわね、そのうち痛い目見るわよ」
 「ったく、うっせぇよ」
 面倒臭そうにまともに取り合わない畠中に、小田原三兄弟の長男誠が彼の二の腕を突付く。
 「星哉君、ここにオバサンは居ないよ」
 「えっ?」
 「そういうのってセクハラになるんだよね?気を付けなきゃダメだよ」
 うっ……!畠中は思わぬところからの指摘に絶句してしまい、それを見ていた小田原と志摩が笑い出す。車内は和やかな雰囲気に包まれていて、その中に居る波那も、絶対楽しい旅になる。と予感していたのだった。
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