わたしの“おとうさん”

谷内 朋

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潮は満ち干きを繰り返す

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 それからしばらくは学校、バイト先、叔母宅の三箇所を巡る生活が続いた。七人の共同生活は相変わらずやかましくて慣れないが、今は時々みんなと一緒に食卓を囲む日もある。そんなある日、リョウが食事中突然休職を申し出た。

「分かった、気が済んだら戻っておいで」

「ありがとうございます」

 奴は相変わらず低い声で叔母に頭を下げる。

「千葉さん、ご面倒かけてすみませんでした」

「それは気にしなくていいよ、そのつもりでここにお邪魔してたんだから」

「えっ?」

 リョウの話題で私が驚かされる場面があろうとは思ってもみなかった。じゃあ何? わたしの“おとうさん”って言ったのは何だったの?

「ごめんねはるなちゃん。ふゆみちゃんから届いた速達、利用する形になっちゃって」

「どういうことなんですか?」

「うん。『私が死んだら親父になって娘を守ってやってほしい』って一文は書かれてたけど、“本当のお父さん”にはなれないからね。私にとって娘はさくら一人だけだから」

 そうりゃあそうだ、私だって千葉さんに関してはさすがに無いと思ってたから。

「じゃあ初めからリョウさんに用があったんですか?」

「そういうことになるね。元々は友人の子で早くに亡くなられたんだ。家で引き取る話で一旦はまとまってたんだけど、ギリギリになって妻が反対しだして」

 そんな時に大学の同窓会で母と再会し、リョウの養子縁組が棚上げされたことを話したそうだ。それならアテがあると言って叔母を紹介し、養育が必要な十八歳までは知り合いの児童養護施設に預けられてから喫茶店の従業員になって今に至るらしい。

「ところが最近になって実のお母さんが生きてらっしゃることが分かってね、聞くとリョウ君のことずっと気にかけてらしたそうで仲介役を頼まれたんだ」

 長いこと闘病生活してたんだって。千葉さんはリョウに視線を移してそう言った。

「今はお姉さんと一緒に暮らしてらっしゃるそうだよ、芸能界引退もそれと関係あったみたいだね」

「なるほど、そういうことか」

 神戸さんは話の全貌が見えているようだが、私にはさっぱり分からない。何? リョウのお姉さんって芸能人だったの?

「ミレーは家族と生き別れてウチの芸能事務所社長の養子になってさ、当時から抜群の歌唱力だったからサウンドプロデュースを任されたんだよ。『生き別れた家族を探す』ため芸能界に足踏み入れてさ、十五年第一線で活躍した甲斐あって母と弟見つけたからって三十歳で引退した」

「似てるとは思ってたけどやっぱりそうだったんだね」

 さくらはリョウを見て口角を上げた。

「嫌だったんだよ、お前がずっとそう言ってくんのがさ」

「何でよ? 褒めてるのに。リョウ君の瞳はすごくキレイよ、ミレーとは逆のオッドアイズ」

「……」

 さくらの茶化しにリョウはむず痒そうな表情を見せている。

「でもこの目を“好き”っつってくれたのはお前が初めてだった」

 それでも瞳を褒め続けた彼女の存在はリョウにとってある意味支えになっていたのだろう。相変わらず前髪が掛かっている瞳は何だか嬉しそうだった。

「そういうことはもっと早く言ってよね」

 そう言ったさくらもきれいな笑顔を見せていた。
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