わたしの“おとうさん”

谷内 朋

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金の切れ目が恋の切れ目

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 それから一週間ほど経過したが萩君からのレスポンスは一切無く、メールもエラーメッセージで跳ね返されるのみであった。体はだいぶ元気になり、そろそろ自宅に戻って学校へ行こうと思うのだが気持ちが全く晴れない。百合ちゃんを始めとした、学科で仲良くしている子たちから来る見舞いのメールにもまだ返信していない。

「学校行く前にさ、あの家解約しとこう」

 私は沈む気持ちを引きずって、叔母にされるがまま三LDKの自宅マンションの解約手続きをする。短い間だったが彼との思い出がたくさん詰まったこの場所から離れるのは辛かったが、その際不動産屋さんに言われたひと言に私は驚愕した。

「契約一年未満での解約となりますので、日割り分と違約金となる家賃一カ月分三十万円と合わせてお支払い頂きます」

「えっ⁉」

「やっぱりそうきたか」

 叔母は私と違って平然と受け入れている。一体どういうこと? 家賃は三万円じゃなかったの?

「申し訳ございません、オーナー様から解除の旨を伝えられまして」

「分かりました」

「ちょっと叔母さん……」

 こんなの詐欺ではないか、いきなり『止めます』なんて。

「まぁあちらさんも大変でしょうね、跡取り息子が雲隠れしたとなれば厚意なんて言ってらんないでしょう」

「まぁ……そのようですね」

 不動産屋さんも苦笑いなさっていた。にしたって身勝手な話ではないのか、ここは抗議しないと。

「でもそんなのいくら何でも……」

「この分はこっちの責任だから支払って当然なんだよ、それにケチ付けるのは野暮ってもんだ。彼んとこだって大概被害者なんだから」

 叔母は不動産屋さんをかばって私の言葉を遮った。


 そしてF県の叔母宅へ戻ることになり、復学すると学内はにわかに騒がしくなっていた。聞くとここの学生から逮捕者が出たらしく、その話題でもちきりとなっている。

長洲ナガス物流、多分アウトだね』

『元から評判良くないじゃない、企業も御曹司様もさ』

『しかも『起業するから』って言ってお金巻き上げてトンズラしたらしいよ』

『え~っ、引っ掛かった奴いるの?』

『いたみたい、四千万円くらいだまし取ったってニュースで言ってたから』

『うわぁ~、仲良くしてなくてよかったぁ』

 とそんな聞こえよがしのヒソヒソ話を聞きながら教室に向かうと、百合ちゃんが挨拶もそこそこに私の腕を掴んで中庭に引っ張り出した。

「ねぇはるなちゃん、まさかとは思うけど最近誰か宛に大金振り込んでないよね?」

「えっ?」

 私は少し前萩君からの催促メールを思い出したが、結果的に振り込めなくて申し訳ないことをしたと今でも思っている。

「どうなの? 結構大事なことなんだけど」

 彼女の問いに首を横に振ると、よかったぁ~と本気で安堵したかのように笑顔になった。

「ひょっとして亡くなられたお母様の保険金狙われたんじゃないかってちょっと気になってたのよ、それに県外出身のはるなちゃんなら長洲物流の悪評どころか名前も知らないだろうから」

 うん、知らない。ここじゃそんなに有名なの?

「聞いたことない」

「やっぱりね、でないとあのドラ息子と付き合える訳ないもん。私も何とかそれ伝えたかったんだけど、恋は盲目の間じゃ何を言っても無駄だろうなって……」

「私誰ともお付き合いしてないよ」

 だって“ナイショ”の恋だもの、マトモに外でデートすらしていないんだから。

「何言ってんの? 当事者たちはコソコソしてた気でいただろうけど結構有名だったんだよ、『また県外出身の子引っ掛けたのか』ってね。『“ナイショ”にしていてね』を常套句にいろんな子引っ掛けて何股もかけてるってゼミの先輩が言ってた」

 その言葉に私はドキリとする。

『“ナイショ”にしていてね』

 寂しく思いながらもその通りに振る舞ってたのが馬鹿みたいじゃないか、あっても無いようなものにすがりついて本気で愛したこの思いは一体何だったんだ? 私はこの数カ月間を全否定されたような気分になって気付けば涙を流していた。

「はるなちゃん?」

 私は子供のように声を上げて泣いた、周囲の目などお構いなしに。きっと百合ちゃんは困惑してたと思うけど、そんな私を見捨てることなく落ち着くまでずっとそばに付いててくれた。
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