22 / 31
金の切れ目が恋の切れ目
しおりを挟む
それから一週間ほど経過したが萩君からのレスポンスは一切無く、メールもエラーメッセージで跳ね返されるのみであった。体はだいぶ元気になり、そろそろ自宅に戻って学校へ行こうと思うのだが気持ちが全く晴れない。百合ちゃんを始めとした、学科で仲良くしている子たちから来る見舞いのメールにもまだ返信していない。
「学校行く前にさ、あの家解約しとこう」
私は沈む気持ちを引きずって、叔母にされるがまま三LDKの自宅マンションの解約手続きをする。短い間だったが彼との思い出がたくさん詰まったこの場所から離れるのは辛かったが、その際不動産屋さんに言われたひと言に私は驚愕した。
「契約一年未満での解約となりますので、日割り分と違約金となる家賃一カ月分三十万円と合わせてお支払い頂きます」
「えっ⁉」
「やっぱりそうきたか」
叔母は私と違って平然と受け入れている。一体どういうこと? 家賃は三万円じゃなかったの?
「申し訳ございません、オーナー様から解除の旨を伝えられまして」
「分かりました」
「ちょっと叔母さん……」
こんなの詐欺ではないか、いきなり『止めます』なんて。
「まぁあちらさんも大変でしょうね、跡取り息子が雲隠れしたとなれば厚意なんて言ってらんないでしょう」
「まぁ……そのようですね」
不動産屋さんも苦笑いなさっていた。にしたって身勝手な話ではないのか、ここは抗議しないと。
「でもそんなのいくら何でも……」
「この分はこっちの責任だから支払って当然なんだよ、それにケチ付けるのは野暮ってもんだ。彼んとこだって大概被害者なんだから」
叔母は不動産屋さんをかばって私の言葉を遮った。
そしてF県の叔母宅へ戻ることになり、復学すると学内はにわかに騒がしくなっていた。聞くとここの学生から逮捕者が出たらしく、その話題でもちきりとなっている。
『長洲物流、多分アウトだね』
『元から評判良くないじゃない、企業も御曹司様もさ』
『しかも『起業するから』って言ってお金巻き上げてトンズラしたらしいよ』
『え~っ、引っ掛かった奴いるの?』
『いたみたい、四千万円くらいだまし取ったってニュースで言ってたから』
『うわぁ~、仲良くしてなくてよかったぁ』
とそんな聞こえよがしのヒソヒソ話を聞きながら教室に向かうと、百合ちゃんが挨拶もそこそこに私の腕を掴んで中庭に引っ張り出した。
「ねぇはるなちゃん、まさかとは思うけど最近誰か宛に大金振り込んでないよね?」
「えっ?」
私は少し前萩君からの催促メールを思い出したが、結果的に振り込めなくて申し訳ないことをしたと今でも思っている。
「どうなの? 結構大事なことなんだけど」
彼女の問いに首を横に振ると、よかったぁ~と本気で安堵したかのように笑顔になった。
「ひょっとして亡くなられたお母様の保険金狙われたんじゃないかってちょっと気になってたのよ、それに県外出身のはるなちゃんなら長洲物流の悪評どころか名前も知らないだろうから」
うん、知らない。ここじゃそんなに有名なの?
「聞いたことない」
「やっぱりね、でないとあのドラ息子と付き合える訳ないもん。私も何とかそれ伝えたかったんだけど、恋は盲目の間じゃ何を言っても無駄だろうなって……」
「私誰ともお付き合いしてないよ」
だって“ナイショ”の恋だもの、マトモに外でデートすらしていないんだから。
「何言ってんの? 当事者たちはコソコソしてた気でいただろうけど結構有名だったんだよ、『また県外出身の子引っ掛けたのか』ってね。『“ナイショ”にしていてね』を常套句にいろんな子引っ掛けて何股もかけてるってゼミの先輩が言ってた」
その言葉に私はドキリとする。
『“ナイショ”にしていてね』
寂しく思いながらもその通りに振る舞ってたのが馬鹿みたいじゃないか、あっても無いようなものにすがりついて本気で愛したこの思いは一体何だったんだ? 私はこの数カ月間を全否定されたような気分になって気付けば涙を流していた。
「はるなちゃん?」
私は子供のように声を上げて泣いた、周囲の目などお構いなしに。きっと百合ちゃんは困惑してたと思うけど、そんな私を見捨てることなく落ち着くまでずっとそばに付いててくれた。
「学校行く前にさ、あの家解約しとこう」
私は沈む気持ちを引きずって、叔母にされるがまま三LDKの自宅マンションの解約手続きをする。短い間だったが彼との思い出がたくさん詰まったこの場所から離れるのは辛かったが、その際不動産屋さんに言われたひと言に私は驚愕した。
「契約一年未満での解約となりますので、日割り分と違約金となる家賃一カ月分三十万円と合わせてお支払い頂きます」
「えっ⁉」
「やっぱりそうきたか」
叔母は私と違って平然と受け入れている。一体どういうこと? 家賃は三万円じゃなかったの?
「申し訳ございません、オーナー様から解除の旨を伝えられまして」
「分かりました」
「ちょっと叔母さん……」
こんなの詐欺ではないか、いきなり『止めます』なんて。
「まぁあちらさんも大変でしょうね、跡取り息子が雲隠れしたとなれば厚意なんて言ってらんないでしょう」
「まぁ……そのようですね」
不動産屋さんも苦笑いなさっていた。にしたって身勝手な話ではないのか、ここは抗議しないと。
「でもそんなのいくら何でも……」
「この分はこっちの責任だから支払って当然なんだよ、それにケチ付けるのは野暮ってもんだ。彼んとこだって大概被害者なんだから」
叔母は不動産屋さんをかばって私の言葉を遮った。
そしてF県の叔母宅へ戻ることになり、復学すると学内はにわかに騒がしくなっていた。聞くとここの学生から逮捕者が出たらしく、その話題でもちきりとなっている。
『長洲物流、多分アウトだね』
『元から評判良くないじゃない、企業も御曹司様もさ』
『しかも『起業するから』って言ってお金巻き上げてトンズラしたらしいよ』
『え~っ、引っ掛かった奴いるの?』
『いたみたい、四千万円くらいだまし取ったってニュースで言ってたから』
『うわぁ~、仲良くしてなくてよかったぁ』
とそんな聞こえよがしのヒソヒソ話を聞きながら教室に向かうと、百合ちゃんが挨拶もそこそこに私の腕を掴んで中庭に引っ張り出した。
「ねぇはるなちゃん、まさかとは思うけど最近誰か宛に大金振り込んでないよね?」
「えっ?」
私は少し前萩君からの催促メールを思い出したが、結果的に振り込めなくて申し訳ないことをしたと今でも思っている。
「どうなの? 結構大事なことなんだけど」
彼女の問いに首を横に振ると、よかったぁ~と本気で安堵したかのように笑顔になった。
「ひょっとして亡くなられたお母様の保険金狙われたんじゃないかってちょっと気になってたのよ、それに県外出身のはるなちゃんなら長洲物流の悪評どころか名前も知らないだろうから」
うん、知らない。ここじゃそんなに有名なの?
「聞いたことない」
「やっぱりね、でないとあのドラ息子と付き合える訳ないもん。私も何とかそれ伝えたかったんだけど、恋は盲目の間じゃ何を言っても無駄だろうなって……」
「私誰ともお付き合いしてないよ」
だって“ナイショ”の恋だもの、マトモに外でデートすらしていないんだから。
「何言ってんの? 当事者たちはコソコソしてた気でいただろうけど結構有名だったんだよ、『また県外出身の子引っ掛けたのか』ってね。『“ナイショ”にしていてね』を常套句にいろんな子引っ掛けて何股もかけてるってゼミの先輩が言ってた」
その言葉に私はドキリとする。
『“ナイショ”にしていてね』
寂しく思いながらもその通りに振る舞ってたのが馬鹿みたいじゃないか、あっても無いようなものにすがりついて本気で愛したこの思いは一体何だったんだ? 私はこの数カ月間を全否定されたような気分になって気付けば涙を流していた。
「はるなちゃん?」
私は子供のように声を上げて泣いた、周囲の目などお構いなしに。きっと百合ちゃんは困惑してたと思うけど、そんな私を見捨てることなく落ち着くまでずっとそばに付いててくれた。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
雪町フォトグラフ
涼雨 零音(すずさめ れいん)
ライト文芸
北海道上川郡東川町で暮らす高校生の深雪(みゆき)が写真甲子園の本戦出場を目指して奮闘する物語。
メンバーを集めるのに奔走し、写真の腕を磨くのに精進し、数々の問題に直面し、そのたびに沸き上がる名前のわからない感情に翻弄されながら成長していく姿を瑞々しく描いた青春小説。
※表紙の絵は画家の勅使河原 優さん(@M4Teshigawara)に描いていただきました。
秘密部 〜人々のひみつ〜
ベアりんぐ
ライト文芸
ただひたすらに過ぎてゆく日常の中で、ある出会いが、ある言葉が、いままで見てきた世界を、変えることがある。ある日一つのミスから生まれた出会いから、変な部活動に入ることになり?………ただ漠然と生きていた高校生、相葉真也の「普通」の日常が変わっていく!!非日常系日常物語、開幕です。
01
ボイス~常識外れの三人~
Yamato
ライト文芸
29歳の山咲 伸一と30歳の下田 晴美と同級生の尾美 悦子
会社の社員とアルバイト。
北海道の田舎から上京した伸一。
東京生まれで中小企業の社長の娘 晴美。
同じく東京生まれで美人で、スタイルのよい悦子。
伸一は、甲斐性持ち男気溢れる凡庸な風貌。
晴美は、派手で美しい外見で勝気。
悦子はモデルのような顔とスタイルで、遊んでる男は多数いる。
伸一の勤める会社にアルバイトとして入ってきた二人。
晴美は伸一と東京駅でケンカした相手。
最悪な出会いで嫌悪感しかなかった。
しかし、友人の尾美 悦子は伸一に興味を抱く。
それまで遊んでいた悦子は、伸一によって初めて自分が求めていた男性だと知りのめり込む。
一方で、晴美は遊び人である影山 時弘に引っ掛かり、身体だけでなく心もボロボロにされた。
悦子は、晴美をなんとか救おうと試みるが時弘の巧みな話術で挫折する。
伸一の手助けを借りて、なんとか引き離したが晴美は今度は伸一に心を寄せるようになる。
それを知った悦子は晴美と敵対するようになり、伸一の傍を離れないようになった。
絶対に譲らない二人。しかし、どこかで悲しむ心もあった。
どちらかに決めてほしい二人の問い詰めに、伸一は人を愛せない過去の事情により答えられないと話す。
それを知った悦子は驚きの提案を二人にする。
三人の想いはどうなるのか?
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】ある神父の恋
真守 輪
ライト文芸
大人の俺だが、イマジナリーフレンド(架空の友人)がいる。
そんな俺に、彼らはある予言をする。
それは「神父になること」と「恋をすること」
神父になりたいと思った時から、俺は、生涯独身でいるつもりだった。だからこそ、神学校に入る前に恋人とは別れたのだ。
そんな俺のところへ、人見知りの美しい少女が現れた。
何気なく俺が言ったことで、彼女は過敏に反応して、耳まで赤く染まる。
なんてことだ。
これでは、俺が小さな女の子に手出しする悪いおじさんみたいじゃないか。
【毎日20時更新】アンメリー・オデッセイ
ユーレカ書房
ミステリー
からくり職人のドルトン氏が、何者かに殺害された。ドルトン氏の弟子のエドワードは、親方が生前大切にしていた本棚からとある本を見つける。表紙を宝石で飾り立てて中は手書きという、なにやらいわくありげなその本には、著名な作家アンソニー・ティリパットがドルトン氏とエドワードの父に宛てた中書きが記されていた。
【時と歯車の誠実な友、ウィリアム・ドルトンとアルフレッド・コーディに。 A・T】
なぜこんな本が店に置いてあったのか? 不思議に思うエドワードだったが、彼はすでにおかしな本とふたつの時計台を巡る危険な陰謀と冒険に巻き込まれていた……。
【登場人物】
エドワード・コーディ・・・・からくり職人見習い。十五歳。両親はすでに亡く、親方のドルトン氏とともに暮らしていた。ドルトン氏の死と不思議な本との関わりを探るうちに、とある陰謀の渦中に巻き込まれて町を出ることに。
ドルトン氏・・・・・・・・・エドワードの親方。優れた職人だったが、職人組合の会合に出かけた帰りに何者かによって射殺されてしまう。
マードック船長・・・・・・・商船〈アンメリー号〉の船長。町から逃げ出したエドワードを船にかくまい、船員として雇う。
アーシア・リンドローブ・・・マードック船長の親戚の少女。古書店を開くという夢を持っており、謎の本を持て余していたエドワードを助ける。
アンソニー・ティリパット・・著名な作家。エドワードが見つけた『セオとブラン・ダムのおはなし』の作者。実は、地方領主を務めてきたレイクフィールド家の元当主。故人。
クレイハー氏・・・・・・・・ティリパット氏の甥。とある目的のため、『セオとブラン・ダムのおはなし』を探している。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる