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trente-cinq

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 クレープを食べながら四人で我が家に到着するとリビングの窓から冬樹がひょこっと顔を出してきた。
「お帰りなつ姉ちゃ~ん、もうお開きなの~?」
「んな訳無いだろシスコンチェリー、これからバザーに行くから車に乗るのさ」
「え~っ、僕も行く~」
「シスコンは付いてくんな、折角の計画が台無しになるだろうが!」
 有砂はリビングの窓から降りようとする冬樹を通せんぼしてる。普段こんな事言わないし、有砂もここまで必死に拒否ったりはしないのだが。
「ええがな、連れてったりぃな」
 郡司君は弟が混ざることに対して何とも思っていないようだ。
「けどせめて着替えないか? それパジャマだろうが」
 げんとく君は尤もな言い分で冬樹の服を指差してる。お前朝からそのまんまじゃないか。
「着替えたら連れてってくれるの~?」
「ったくぅ、急いでよぉ」
 有砂も矛を収めて冬樹を待つことになった。私も車のキーを取りにいかなければならなかったので、三人にも家に上がってもらうと有砂が勝手にお湯を沸かしてお茶を淹れていた。
「勝手にそんなんしてもええの?」
 郡司君は落ち着かなさそうに辺りをキョロキョロしている。
「良いの良いの、ここの連中全員緩いから」
 有砂はテキパキとお茶の支度をする。緩いと言ってもお前のお股ほどではないが。
「あれ? 戻ってきたのか?」
 秋都が二階から降りてきてダイニングを覗きに来た。
「うん、またすぐに出るけど」
「バザーだろ? 俺らも明日行くんだ……ん? そっちの人は?」
 秋都は郡司君を見ると、彼もどうもと言って席を立つ。
「郡司一啓です」
「弟の秋都です、あれ? 兄さん家に来た事あるよな?」
「何言ってんの、そんな訳……」
 無いでしょ、と言いたかったんだけど。
「あぁ、一度だけ……ってことは今の子ひょっとして!」
 「そうそう! 鍵探しに付き合わせたがきんちょだよ」
 ちょっとあんたたち何の話してるのよ? 何で郡司君が家に来たことあるのよ?
「あ~思い出した! 百科事典抱えてた二歳か三歳くらいの……」
 うん、それ冬樹で間違いないわ。あの子お父さんが遺した百科事典がお気に入りでいつでもどこでも持ち歩いていたもの、眠る前に姉か私に読ませていたクッソ難しい本の一つだ。
「うん、あいつ今大学生だよ」
「そっかぁ……俺も老けるわけや」
 郡司君は感慨深げな表情でリビングに視線を移すと、入ってもええか? と声をかけてきた。
「えっ?あっ、はい」
「何吃ってんだよなつ姉。どうぞ遠慮なく」
 彼はどうもと言ってリビングに移動していく、きっと仏壇が視界に入ったからだと思う。げんとく君は毎月月命日でお経読んでくれてるし、有砂も昨夜手を合わせてくれた。
 チーン……家中に鈴の音が響き渡り、少しの間静寂が訪れる。私のいる位置から彼の姿は見えないけれど、きっと静かに手を合わせて両親に挨拶でもしているんだと思う。
「誰~? お鈴鳴らしたの~」
 冬樹は珍しくちゃんと着替えて下に降りてきた。そう言えばそれお見合い覗きに来た時に着てた服だよね? 前々から聞きたかったんだけどその服どこで買ったのよ?
「お~ふゆ、今日はめかさなくていいんだよぉ」
 有砂は冬樹を見てニヤニヤしている。そう言えばその日一緒にいたんだから服の出所知ってるんだよね?まさかとは思うが有砂が買ってやったのだろうか?
「これしか無かったの、ボタンあるから面倒~い」
 ん~どれどれ? 冬樹はボタン留めるの苦手だからなぁ。私はちゃんと着れているかのチェックをしてみると案の定途中からズレて留めている。
「ここズレてる、直してきな」
「え~っ、なつ姉ちゃん直して~」
「しょうがないなぁ」
 ここで変に自分でやらせるとかえってみんなを待たせてしまう。仕方なく弟の身嗜みを直してやると何故がご満悦の表情を浮かべている、こういうとこ小さい頃から変わっていない。
「うわぁいありがとなつ姉ちゃん」
「どういたしまして、んじゃ行きますか」
 私たちはお茶を飲み切り……あっ、片付け!
「片付けなら俺がしとく、そろそろ出ねぇと売り切れの店出てくるぞ」
「悪いね、んじゃ宜しく」
 片付けを秋都に任せ、四人と冬樹コブ付きでバザー会場へと向かった。

 昼下がりの時間帯となり、昼食を済ませたお客たちでバザーはかなり盛況している。そう言えばてつこんとこ毎年ここで家電製品の実演販売会をやってるよな……直接購入だと大荷物になるのでここで契約してから後日配送するってシステムを取ってるんだけど、食材を扱ったりするから毎度ながら大掛かりで場所もそれなりに取っている。
「あれ? なつじゃない、どうしたのよ? そんなにめかし込んで」
 とは古本屋さんの最上恩もがみめぐさん、一つ上の先輩で私は大学まで同じで何かとお世話になった。う~ん、普段滅多にしない格好なだけに違和感を覚えるようだ。
「えぇ、今日は有砂に……」
「なつにとっては一世一代の大勝負なの! メグちゃんも応援してね!」
「何の大勝負なのさ? お見合いでもさせんの?」
 メグさんは有砂の張り切り様に苦笑いしている。
「そう! 私キューピット役だから! 友の新たな門出に向けて……ふごふごっ!」
 もうお前は黙ってろ、郡司君に聞かれたら今度こそドン引きされるわ。
「別にそんなんじゃないんでお気になさらず~」
 私は深雪さんの時と同様笑ってごまかしたが、メグさんはそう言えば、とニヤッとしてきた。
「国分寺至がこっちに戻ってきてるって、聞いてる?」
 まさかここで先輩の名前が出てくるなんて思っていなかったのでえっ? と聞き返してしまった。有砂の口を塞いでいた手の力も弛み、その隙を突いて手を引っ剥がされた。
「ぷはぁ~、誰なのさ? 国分寺至ってぇ」
 そうか、有砂には名前まで伝えてないわ。でももう十年以上も昔の話、この際黙っておこう。
「高校の同級生だよ、なつにとっては先輩だけど」
 代わりにメグさんが軽く説明してくれた。因みに彼女も事情は知っている。
「姉から聞きました」
「そっか、じゃあ二人の関係も……」
「存じてます」
 私はこくんと頷いた。
「そっか。実は二人でここに来たのよ、午前中のうちに」
 有砂は何か言いたげな表情で私の顔を覗き込んでくる。
「辛かったりする? ここでする話じゃないけど」
 辛いかと言われるというそこまででもない。でもちょっとした後悔はずっと引っ掛かったまんまで、何となく居心地が悪い感覚に襲われる事はある。
「う~ん、これを機に謝った方が良いのかな? って気はしてます」
「そう? 彼気にしてない風だったよ、普通に『久し振りに会って話したい』って言ってたし」
「そうですか」
 取り越し苦労、なのかな? でもあの時あんな嘘を吐かなければ……。
「なつぅ?」
「うん、何でもない」
 私は無理矢理口角を上げた。
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