上 下
6 / 117

six

しおりを挟む
 でいざデートとなると霜田さんの運転は案外まともでホッとした。社内の雰囲気は至って和やか、ただ一つ違う事と言えば……。
「ところで、先程の方は妹さんですか?」
 ほぅ、そうきましたか。確かに姉は年齢よりも多少若く見られる事が多いけど、私と並んで歳下と見られる事はほぼ無い。顔立ちが平凡で凹凸の少ない私もどちらかと言えば童顔で、実年齢よりも若く見られる事の方が多いからだ。ん? でも待てよ、『妹を・・宜しくお願いします』って言って送り出してくれたはずなんだけど。
「いえ、姉と言うかです」
 えっ! 霜田さんは素っ頓狂な声を上げて驚いている。はい、お気持ちはよく分かりますよ、見た目は完璧“女性”ですからね。
「ま、まさかお姉様・・・だったなんてっ!」
 オイオイそっちかよ? しかも最後まで話聞いてないし。
「あっ、いえっ、そのぉ。夏絵さんってしっかりなさってるからてっきりご長女なのかと……」
 えぇ私長女ですのよ、だって家のきょうだい編成は男、女、男、男ですからね。さっき姉イコール兄という説明はしたけど間違い無く記憶に留まってないご様子、今更蒸し返すのも面倒臭いのでこのまま話を進める。
「えぇ、まぁ(長女ですから)」
「それにしてもお綺麗な方でしたね、お名前、伺っても宜しいですか?」
 この人ホント素直だわ、興味の有ることには一直線と言うか何と言うか。
「はるかです」
 まぁ正直に答えてあげてる・・・・私も私なんだけど。
「どんな字を書かれるんですか?」
「季節の春に香るではるかです」
「お名前もお綺麗なんですね」
「ソウデスネ」
 えぇえぇ分かってますよ、アナタの心の変化なんぞ三歳児でも気付くわいな。今日は一応私との・・・デートのはずなのではなかったのか? ひょっとして思い過ごしだったのか? まぁ今更どうでも良いか、これは完全に詰みましたね。しかしまぁそこまで露骨だと逆に清々しいわ、多分彼の方から断ってくれるだろうから私はただただ黙っておけば良し。ってかお前から断れ、何なら今すぐこの場で断ってくれても構わん。
「ところで霜田さん?」
「はい、何でしょうか? あっ! 春香さんってお幾つなんですかっ?」
 チッ、嫌味の一つ位言わせろや……とは思ったが敢えて笑顔で応じてやる。
「二つ上ですから三十一です」
「そうですかぁ、歳も近いし話も合いそうですね」
 う~んそれはどうだろうか? 言っておくけど姉は万年筆に興味は無いと思う。一応使ってるよ万年筆、日頃使ってる小物だってほぼブランド物だ。仕事柄どこぞの企業のお偉方を相手してるから、頭のてっぺんから足の爪先まで手入れだって行き届いてる。
 姉の働くオカマクラブはそこらのキャバクラとは一線を画し、どちらかと言えば高級クラブ寄りの客層なのだ。だからホステスたちもそれに見合った勉強が欠かせないそうで、三十路過ぎても指名数上位でいるにはニコニコ笑っているだけではいられないと毎朝六社の新聞を端から端まで読んでいる。この国の情勢をきっちりと把握して、ありとあらゆるジャンルの最先端情報も網羅し、あとは英語も話せてテーブルマナーも滞りなくこなせて……そら女子力も上がりますよね。霜田さんも年齢の割にはきちんとされてる様だけど、男を見る目が異常に肥えてる姉のお眼鏡に叶うとは正直言って思えない……ってそこまで教えてやる義理立ては無いわよね。
 と言っている間に最初の目的地に到着したようだ……と思ったら大型駐車場だった。要はここから歩くのね、別に構わないけどそれなら電車でも良くなかった? 駐車料金って結構馬鹿にならないよ、車出すならもうちょっと自然豊かな場所とかドライブっぽい事がしたかった……って今日で終わるから良いけど。
「夏絵さん……えと、“なっちゃん”と……」
「夏絵さんで良いですよ、ご無理なさらず」
 何が“なっちゃん”だ気色悪い、早くも姉(兄ですけどね)婿気取りかよ。それ以前に私は“なっちゃん”と呼ばれるのが超絶嫌いだ。
『お前“なっちゃん”顔じゃねぇよな』
 多分小学生の頃の心無いジョーク(そやつの中では)のつもりだったのだろうが、当時の私はまだまだ乙女で硝子のハートを持っていた。それが一度二度なら構わないけど飽きもせず六年間毎日吐かしてくれたからな。
『だったら呼ばなきゃいいでしょ?』
 そう言い返してもそいつは挨拶のようにそれをやめなかった。“継続は力なり”とは言うけれど、その“継続”はどう考えても必要無いだろうがと思うのは私だけではないはずだ。今となっては顔も名前も忘れたけどね。
「あの、夏絵さん? 僕何か失礼な事をしたでしょうか?」
 あら、一応気遣ってはくださるのね? まぁ“なっちゃん”ごときで嫌な事思い出して機嫌を損ねるのも大人気ないですわねおほほ。って言うか最初っからずっと失礼ですよアナタの場合、もう今更だけど。
「いえ別に。ところでどこに向かってるんです?」
「古本屋街です」
 一応“初デート”ですよね私とは。いえね、本は割と好きですよ、でもでもだからって顔と名前以外まともに分からない相手との“デート”に適してる場所とは思えないのよ私には。ねぇねぇ誰か教えてよ、七年振りにデートしてる経験値最低ランクのワタクシに。
「夏絵さん、本はお嫌いでしたか?」
「いえ、嫌いではありませんよ。でもどうして?」
 分からなければ聞けばいい、これ鉄則ね。
「本屋に一緒に行けばあなたの趣味が分かるのでは、と思ったんです。夏絵さんは多くを語られない方ですから、前回お会いした時間ではどういったものがお好きなのか把握しきれなかったんです」
 そりゃまぁそうでしょうね。言い訳させてもらうとアナタ万年筆と“浪漫カフェ”の話題で二時間語り通しだったじゃないですか、着物姿で来てた私の気力体力はもう限界でした。
「そういう事でしたら早速行きましょうか、学生時代はよく通っていましたから」
「はいっ!」
 霜田さんはふにゃっと表情が緩んで笑顔を見せた。う~んやっぱり悪い人ではないんだけど今更その顔にはときめかないわ。でもまぁお気持ちはありがたく頂いておきましょう、私は久し振りの古本屋街を楽しむことにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

27歳女子が婚活してみたけど何か質問ある?

藍沢咲良
恋愛
一色唯(Ishiki Yui )、最近ちょっと苛々しがちの27歳。 結婚適齢期だなんて言葉、誰が作った?彼氏がいなきゃ寂しい女確定なの? もう、みんな、うるさい! 私は私。好きに生きさせてよね。 この世のしがらみというものは、20代後半女子であっても放っておいてはくれないものだ。 彼氏なんていなくても。結婚なんてしてなくても。楽しければいいじゃない。仕事が楽しくて趣味も充実してればそれで私の人生は満足だった。 私の人生に彩りをくれる、その人。 その人に、私はどうやら巡り合わないといけないらしい。 ⭐︎素敵な表紙は仲良しの漫画家さんに描いて頂きました。著作権保護の為、無断転載はご遠慮ください。 ⭐︎この作品はエブリスタでも投稿しています。

脅され彼女~可愛い女子の弱みを握ったので脅して彼女にしてみたが、健気すぎて幸せにしたいと思った~

みずがめ
青春
陰キャ男子が後輩の女子の弱みを握ってしまった。彼女いない歴=年齢の彼は後輩少女に彼女になってくれとお願いする。脅迫から生まれた恋人関係ではあったが、彼女はとても健気な女の子だった。 ゲス男子×健気女子のコンプレックスにまみれた、もしかしたら純愛になるかもしれないお話。 ※この作品は別サイトにも掲載しています。 ※表紙イラストは、あっきコタロウさんに描いていただきました。

アラサーですが、子爵令嬢として異世界で婚活はじめます

敷島 梓乃
恋愛
一生、独りで働いて死ぬ覚悟だったのに ……今の私は、子爵令嬢!? 仕事一筋・恋愛経験値ゼロの アラサーキャリアウーマン美鈴(みれい)。 出張中に起きたある事故の後、目覚めたのは 近代ヨーロッパに酷似した美しい都パリスイの子爵邸だった。 子爵家の夫妻に養女として迎えられ、貴族令嬢として優雅に生活…… しているだけでいいはずもなく、婚活のため大貴族が主催する舞踏会に 参加することになってしまう! 舞踏会のエスコート役は、長身に艶やかな黒髪 ヘーゼルグリーン瞳をもつ、自信家で美鈴への好意を隠そうともしないリオネル。 ワイルドで飄々としたリオネルとどこか儚げでクールな貴公子フェリクス。 二人の青年貴族との出会い そして異世界での婚活のゆくえは……? 恋愛経験値0からはじめる異世界恋物語です。

ヤクザのせいで結婚できない!

山吹
恋愛
【毎週月・木更新】 「俺ァ、あと三か月の命らしい。だから志麻――お前ェ、三か月以内に嫁に行け」 雲竜志麻は極道・雲竜組の組長を祖父に持つ女子高生。 家柄のせいで彼氏も友達もろくにいない人生を送っていた。 ある日、祖父・雲竜銀蔵が倒れる。 「死ぬ前に花嫁姿が見たい」という祖父の願いをかなえるため、見合いをすることになった志麻だが 「ヤクザの家の娘」との見合い相手は、一癖も二癖もある相手ばかりで…… はたして雲竜志麻は、三か月以内に運命に相手に巡り合えるのか!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

世界で一番ママが好き! パパは二番目!

京衛武百十
ライト文芸
ママは、私が小学校に上がる前に亡くなった。ガンだった。 当時の私はまだそれがよく分かってなかったと思う。ひどく泣いたり寂しがった覚えはない。 だけど、それ以降、治らないものがある。 一つはおねしょ。 もう一つは、夜、一人でいられないこと。お風呂も一人で入れない。 でも、今はおおむね幸せかな。 だって、お父さんがいてくれるから!。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...