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quatre-vingt-dix-neuf

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 コンコンコン。

 その音に私に意識は現実に戻る。昨日は朝から書類書いて、レンジ壊して、杏璃が来てって言ってもほぼ姉といたな。それとあとは六年振りに明生君と会って……金曜の夜から含めると濃い一日だったなぁ。

 コンコンコン。

 誰?っていっても家族の誰かなんだけど、休日は滅多に起こしにこないのよねウチの場合。
 『なつ~』
 あっ、昨夜杏璃お泊りで家にいたんだった。私は外でご飯食べちゃってたから先に休んで……今何時?
 『なつ~おはよう、もうお昼だよぉ』
 えっ?もうそんな時間なの?……なんて慌てる必要は無いんだけど、昨夜は八時だか九時だかに帰宅して、遅くとも十時には布団に入ってる。ってことは十四時間も寝てたの私?
 「ん~、着替えてから出る」
 『じゃあ和室で待ってるね』
 「ん、分かった」
 私は体を起こしてベッドから出る。部屋着に着替えてから洗面所で顔を洗い、杏璃に言われた通り和室に入ると兄を含めた五人が揃い踏みで座っていた。
 「おはよう、よく眠れたみたいだな」
 でもいつ来られたんだろう?私が帰ってきた時兄はいなかったはずだ。
 「おはようございます、昨夜いらしてました?」
 「あぁ、訪ねたの遅かったから。十時……過ぎてたかも」
 そっか、なら多分寝ちゃってる時間だわ。
 「ほらなつ、突っ立てないで食べましょ」
 「そうだよ~僕お腹空いた~」
 お前基本それしか言わないな……でも突っ立てても仕方がないので、私は空いている杏璃と秋都の間に座った。
 「うす、なつ姉。顔色良いじゃねぇか」
 「おはよう、よく眠れたからね」
 「じゃ頂きましょうか」
 と姉の音頭で手を合わせ、頂きますと言ってから食事を摂り始める。
 「昨夜哲君?と話させてもらったけど、愚直そうな方だな」
 うん、確かに器用な性格ではないと思う。けど兄はどうしてそんなこと言ってくるんだろう? 
 「至さんとは気が合うと思いますよ」
 と杏璃も乗り気で会話を続けてる。まぁ、このお二人だと合う方だとは思う。
 「だと良いけど、ああいう方は人として好きだから」
 「兄貴が言うと狙ってるちっくに聞こえるよな」
 いやそれは失礼だろ秋都、でも兄もすっかり慣れちゃってる感じて失笑なさってるわ。
 「おいおい、ストレートな方は対象外だよ。俺にははるがいるんだから」
 「そうよあき、おかしなこと言わないで」
 だからてつこに毎度逃げられるんだよ。
 「悪ぃ悪ぃ。でもさ、てつこちゃんって女嫌いっぽいよな」
 「だからって彼はゲイじゃないよ」
 「へぇ、そういうのって分かんのか?」
 「あぁ、ほぼ一発で分かる」
 そうなの?ちょっとその話興味あるわぁ。
 「お姉ちゃんもそうなの?」
 「えぇ、大体はね」
 そういうものなんだぁって思ってたら話題は早くもてつこに戻ってる。
 「にしてもさ、昨夜のてつこちゃんちょっと暗かったな」
 「うん、おとといの夜くらいからフキゲンなのパパ」
 「へぇ、何があったんだろうな?」
 「多分お見合いした女がクソすぎたからじゃないかなぁ?」
 ちょっと待って杏璃、その話ここでするの?
 「何?ブス過ぎたとか?キャライタ過ぎたとか?」
 「ある意味両方、顔はブスじゃないよネンのタメ。何か古い知り合いとか言ってたんだけど、ケンカ売ってんの?って感じで『私知ってる~』ってタイドがチョーゼツイラついた」
 「何だそれ?俺そういうのダメだわ」
 「ウザいね~その女~。顔面パンチで良いんじゃな~い?」
 「ねぇ杏璃、それくらいに……」
 仮にも元カノだよ、いくら知らないにしたって言い過ぎだよ。
 「なつ、ここでくらい良いじゃない。てつこの結婚は杏璃にとっても大事なことなんだから」
 「でもそこまで悪く言うことないと思うけど」
 「なつはその場にいなかったからそんなことが言えるんだよ。パパだってすっごくイヤそうにしてたんだよ」
 それはまさかの展開に戸惑ってただけよ。お断りはするつもりみたいだけど、それだってきっと初婚でいきなり十二歳の子の母親なんてさせられないってことだと思うよ。
 「杏璃と気が合わなきゃどうにもなんないだろ、結婚って惚れた腫れたでどうにかなる問題じゃねぇし」
 まぁこの前も『あの女はイヤ!』って言ってたのは知ってるよ、だからってここで陰口叩くのはやっぱり良くないよ。
 「なつ、これが上手くいかなかったら何を意味するか、分かってるわよね?」
 姉は一旦食事の手を止めて私を見た。こういう時は大体意見の食い違いがあり、しかも『それは違う』って自信を持っている時の表情だ。でも何?ひょっとしてお姉ちゃん、実母が現れててつこに突きつけた条件だってこと、もしかして知ってるの?
 「えっ?」
 「杏璃が望まない形で実母に引き取られるってことなのよ。つまり実母に付いてる弁護士をうまく利用して、てつこから親権を奪う……杏璃にだって人生がかかっているの、これくらいの愚痴許してあげなさいよ」
 何で……?いくら昨夜てつことご飯食べたからって、アイツがそんな話題自分から振らないと思う。杏璃だって家で言えないんであれば、多分その話題には触れないと……。
 「わたしが話したの、去年の秋くらいに。パパはきっと一人で何とかするってガンバっちゃうと思ったから。わたしにとってもシカツモンダイだし、まずははるちゃんに味方になってほしかったの」
 「杏璃……」
 「このままだと多分うまくいかないと思う。でもまだ時間はあるから、わたしもできるだけのことをするの。
 わたしは子供だから、パパの味方になってくれるオトナの人をふやすことしかできないけど。何もしないよりはいい、ただ指をくわえてあのクソババアの思いどおりになるのはゼッタイにイヤ!」
 私は杏璃の気持ちに負けてしまって何も言えなかった。
 「ごめんねなつ。でもナリフリなんてかまってられないんだ、パパと一しょにいたいから」
 この場では泣いてなかったけど、多分杏璃は心の中で泣いてると思う。姉はそれをちゃんと汲み取っていた、私はそれができていなかった。だから昨日は姉と二人きりで和室にこもってたんだと思う。
 「そういうことなら俺は杏璃の味方になるぞ!」
 秋都は沈みかけてる空気を元に戻そう……なんて考えてないだろうけど、こういうことを天才的にやってしまう男なのだ。
 「ありがとあきちゃん」
 杏璃もそれにつられて笑顔を見せていた。
 「でもあき兄ちゃんは役に立たないよ~」
 「何言ってんだ、ミッツとのパイプがある!」
 「それってミッツ君が役に立ってるってことだよね~?」
 「パイプ役も大事なんじゃないのか?」
 「おーだよな兄貴!」
 「甘やかしちゃダメだよいたる兄ちゃ~ん」
 もうこの三人はすっかりトリオ状態で仲良くなっている。姉は向かい合って座ってる杏璃を慰めるような笑顔を見せている。
 ここでは私だけ意見が違った。中西家にとって一番良い形で事態が収まってくれること望んではいるけど、皆が考えていた中身とは違っていたみたいだ。私はここでも疎外感を覚え、居場所が失われているような気がした。
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