上 下
87 / 117

quatre-vingt-sept

しおりを挟む
 週末、私は弥生ちゃんと一緒に駅前ビルでバレンタインチョコを物色中。まぁ先日の計画通り『文子洋菓子堂』のマカロンは決まってるんだけど、何と申しますか折角だから色々見て回りましょうや的なノリでフロア内をブラブラと歩いていた。
 「やっぱり混んでるね」
 「何だかんだで皆チョコ買うんだね」
 なんてことを言いながら可愛くディスプレイされているチョコたちを見ていると、偶然隣でディスプレイを見つめている安藤に遭遇した。
 あら随分と真剣な表情で……こっちも弥生ちゃんと一緒だからお声掛けはやめておこうかと思ってたら、これまた見憶えのある女性に声を掛けられた。
 「五条さん?お久し振り」
 え~っとこの子は……木暮さんだ、確か野球部のマネージャーでてつこと仲が良かったわ。有砂情報によると去年ご結婚なさったとか、ご主人のためのチョコ選びですな。
 「お久し振りです……っとご結婚おめでとうございます、内海から軽く伺いました」
 さほど親しい間柄でもないから何のお祝いもしてないのよね、結婚式にも呼ばれてないし連絡先も存じ上げないのでね。
 「あらいたの五条、職場の義理チョコ?」
 あれ?この二人ペアで行動してたの?確かに学科は違えど高校は同じだから接点があったのね。
 「まぁそんなところ。そっちは?」
 「似たようなものよ、あ~味もろくに分からない奴らにあげるくらいなら全部自分で食べたい」
 この子結構なお嬢様なんだけどたまにジャンキーになるのね、何か水無子さんとキャラがかぶってるような気がする。
 「またそんなこと言って、中西君にあげればいいじゃない」
 木暮さん、焚き付けてるつもりなんだろうけどもう昔話になってると思うよ。
 「今年は娘さんにあげようと思って。この春で中学生になるからそのお祝いを兼ねて」
 「やっぱり娘さんと親しくしておいた方がいいものね」
 うん、そこは千引きしてやってよ木暮さん……安藤は今更感半端ない表情で苦笑いなさってるわ。
 「杏璃と会うことあるの?」
 「最近は挨拶程度ね。バレーボールやってるから身長も伸びてて、もうじき追い抜かされそう……って込み合った話はまた今度」
 そうだね。で別れようと思ったのだが、弥生ちゃんが『文子洋菓子堂』の名前を出したのでちょっとだけ事態が変わった。
 「えっ?もうそんな時間?」
 安藤と木暮さんも時計を見て慌ている様子だ。ひょっとして二人ともマカロン狙ってる?
 「あの、お嫌でなければ一緒に行きませんか?私たちもそこに用がありますので」
 弥生ちゃんは安藤&木暮コンビを誘い、二人の了承を得て開店間近の『文子洋菓子堂』に向かう。その道中で唯一全員を知っている私が軽く他己紹介すると、弥生ちゃんと木暮さんは案外気が合って早速仲良く談笑なさってる。
 「やっぱり未婚と既婚の溝ってあるみたいね」
 安藤は後ろを歩く二人に聞こえぬ声でぼそっと呟く。多分てつこの名前引き出されたことを言ってんだろうね。
 「まぁしょうがないんじゃない?」
 う~ん、人によるんじゃない?私で言えば後輩の桃子、ご近所さんの梅雨ちゃん、茉莉ちゃん、ミトちゃんなんかがそうだけどあんまり溝は感じないなぁ。
 「同級生でヘタに過去恋を知ってるから余計そう感じるのかも、くれちゃん……木暮さんとは高校時代一番仲が良かったから」
 「へぇ、そうなんだ」
 まぁ安藤と木暮さんとの仲はまぁいいとして、総合高校の普通科だった彼女と商業科だった有砂とは大して接点が無いと思っていた。それだけにてつこはともかく有砂も結婚式に招待されてたってのを聞かされた時は正直意外だったもん。
 「お~いなつぅ~」
 ん~その声は……開店したばかりの『文子洋菓子堂』の前に有砂が~部長と~おデートちっくに~いらっしゃるわ~。
 「今日はやたらと知り合いに……」
 「みたいだねぇ、おこんち~安藤、くれちゃ~ん」
 なんて軽いノリで後ろを歩いてる木暮さんにも手を振ってらっしゃるわ。今の今まで知らなかったけど、高校時代で結構仲良くなられてたのね。
 「ひょっとして彼氏さん?」
 木暮さんは有砂の方へ駆け寄って親しく話ししている。こんな光景初めて見る……別の高校に通っていた私はちょっとした浦島太郎気分を味わっていた。
 「こういうのって何か良いよね、私も同級生と連絡取ろうかな?」
 木暮さんから離れて私のそばに来た弥生ちゃんは、キャッキャとはしゃいでいる有砂、安藤、木暮さんを微笑ましく見つめている。部長は年齢も出身高校も違うのだが、人見知りしない性分なのであっさり馴染んで楽しく会話なさってるわ。
 むしろ私はここにいる全員とは顔見知り以上の間柄であるはずなのに、彼女たちと私との間には妙な膜が張られているように感じ、その輪に入ることができなかった。弥生ちゃんにとっては全員が知らない人たちなので、ここは輪から離れて別行動を取った方がいいかも知れないな。
 「弥生ちゃん、後で……」
 「お~いなつぅ~、マカロン買うんだろぉ?」
 とこんな時に限って余計なお誘い。
 「煩いから出直そ……」
 「行こう夏絵ちゃん、こういうのはさっさと入って良いのを選ぶに限るよ」
 弥生ちゃんは案外乗り気で私の腕を組み、ヴェールの張られた四人組の輪の中に突進していく。ここでの彼女は人見知りではなく勝負師の性格が前面に出た形となり、私以上にその空気感を楽しんでいらっしゃった。

 「疲れた~っ!」
 『文子洋菓子堂』でマカロンを買った後、何故か盛り上がって例の六人でランチへとなだれ込んだ。有砂、安藤、木暮さんが高校の同級という関係柄、話題の中心は三人の高校時代の与太話だった。てつこのことはまぁ分かるけど依田稔って誰だよ?
 聞けばてつこと同じ総合高校野球部で安藤のクラスメイト、今は社会人野球の選手で木暮さんの旦那らしい。野球経験のある部長は依田とかいう男性をご存知のようで、意外にも弥生ちゃんも彼のことを知っていた。
 『中学時代から有名だったのよ。今は榊原さかきばら建築の主力選手でうんたらかんたら(ゴメン憶えてない)……』
 ……だそうで、とにかく私にはちんぷんかんぷんな内容だった。時々有砂、部長、安藤、弥生ちゃんまでもが私を気遣って補足説明はしてくれたんだけど、それ以上に疎外感が凄くて早くこの場からいなくなってしまいたかった。
 『そう言えば憶えてる?』
 話の主導権はほぼ木暮さんが握っていた。彼女から出てくる話題は中学時代から高校時代の部活動が中心で、中学時代なら所々分かる内容も含まれていた。
 そこを取れば私を気遣ってくれているとも言えなくもないが、野球に大した興味を持っていない私には知らないも同然だった。苦痛だ、とにかく苦痛だ……はっきり言ってしまえば、新人研修の宿坊の方がよっぽどマシだと思った。
 帰りたい……そう言いたいけど、他のみんなは楽しそうに盛り上がっている。まして誰一人面識の無い弥生ちゃんも笑顔を見せていて、何というかこの空気を壊すことすらできず楽しんでいる振りを演じてしまった。
 ひょっとしたら弥生ちゃんも苦痛に耐えてるのかな?そう思うことで自分を慰めている間も木暮さんの話は止まらない。
 『卒業式の後、内海がやらかしたじゃない』
 『あぁ、依田の第二ボタンのやつかぁ』
 『そうそう、建築デザイン科の教室にあった拡声器で……』
 『えっ?アレ内海さんだったんですか?』
 『ん?三井さんまさかの参加者?』
 ねぇ有砂何やらかしたのよ?本来であれば高校時代のことなんてどうでもいいんだけど。
 『いえ友達が。でも私も付き添いで総合高校にいたんです』
 『ホントに?凄い縁じゃない?じゃあアレ見てたんだ』
 『はい。外野で見ていただけで恐ろしかったです』
 私の無理矢理な慰めとは裏腹に心底楽しそうになさってる弥生ちゃん。
 『あのね夏絵ちゃん、校舎の二階……三階だっけ?から依田君の第二ボタンを投げ落として、拾った子にあげますよってのが突発的に始まったの』
 『へぇ、そんなことして怒られなかったの?』
 当然のことを聞いただけなのに一瞬にして空気が止まる。
 『うん、滅茶苦茶しぼられた~』
 有砂が通常運転で返答してくれて空気が元に戻る。何か私いない方がいいみたい……そんな拗ね子的感情が胸を支配し始めた中で、ケータイの振動音が響き渡る。
 多分私だ……そう思ってバッグを漁ると通話着信が。ところが電話帳登録をしていないケータイ番号で、正直出てよいものか躊躇うところだが、ある意味この針のむしろからの脱却のチャンスでもあった。
 『どしたなつぅ?』
 『うん……通話着信だから席外すね』
 私は全ての荷物を持ってから、逃げるように店を出て今に至る。
 
 ブーン、ブーン、ブーン……
 またしても通話着信だが、『文子洋菓子堂』にいた時に掛かってきた同じ知らない番号。さっきは結局スルーした、仮に知っている人や用事があるのならば、きっと留守電機能にメッセージを残しておくはずだ。
 当然のように今回もスルーでやり過ごすことにする。ただ前回と違って今回は留守電にメッセージが入っていた。
 【留守番電話メッセージ有り】
 と表記されている画面をタップし、内容を聞いてみると……。
 『佐伯明生です、ケータイ番号変えました』
 私は気がおかしくなりそうだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

婚約者が他の女性に興味がある様なので旅に出たら彼が豹変しました

Karamimi
恋愛
9歳の時お互いの両親が仲良しという理由から、幼馴染で同じ年の侯爵令息、オスカーと婚約した伯爵令嬢のアメリア。容姿端麗、強くて優しいオスカーが大好きなアメリアは、この婚約を心から喜んだ。 順風満帆に見えた2人だったが、婚約から5年後、貴族学院に入学してから状況は少しずつ変化する。元々容姿端麗、騎士団でも一目置かれ勉学にも優れたオスカーを他の令嬢たちが放っておく訳もなく、毎日たくさんの令嬢に囲まれるオスカー。 特に最近は、侯爵令嬢のミアと一緒に居る事も多くなった。自分より身分が高く美しいミアと幸せそうに微笑むオスカーの姿を見たアメリアは、ある決意をする。 そんなアメリアに対し、オスカーは… とても残念なヒーローと、行動派だが周りに流されやすいヒロインのお話です。

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

転生嫌われ令嬢の幸せカロリー飯

赤羽夕夜
恋愛
15の時に生前OLだった記憶がよみがえった嫌われ令嬢ミリアーナは、OLだったときの食生活、趣味嗜好が影響され、日々の人間関係のストレスを食や趣味で発散するようになる。 濃い味付けやこってりとしたものが好きなミリアーナは、令嬢にあるまじきこと、いけないことだと認識しながらも、人が寝静まる深夜に人目を盗むようになにかと夜食を作り始める。 そんななかミリアーナの父ヴェスター、父の専属執事であり幼い頃自分の世話役だったジョンに夜食を作っているところを見られてしまうことが始まりで、ミリアーナの変わった趣味、食生活が世間に露見して――? ※恋愛要素は中盤以降になります。

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

帰らなければ良かった

jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。 傷付いたシシリーと傷付けたブライアン… 何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。 *性被害、レイプなどの言葉が出てきます。 気になる方はお避け下さい。 ・8/1 長編に変更しました。 ・8/16 本編完結しました。

処理中です...