どら焼は恋をつなぐ

谷内 朋

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懲りずに続編

……星哉君からの頼まれごと

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 波那ちゃんが亡くなられた当時、僕は県南部の臨海エリアにある大学に進学して保育士を目指し勉強中でした。地理的に江戸食品ともさほど離れていなくて、父のコネで社内託児施設でアルバイトをさせてもらっていました。
 星哉君とはほとんど顔を合わせていませんでしたが、波那ちゃんの四十九日法要が終わった頃でしょうか、珍しくバイト先となる託児施設を訪ねて来られたんです。
 『久し振り誠、葬儀に来てくれてありがとな』
 『この度はご愁傷様でした』
 僕は一度仕事の手を止めて彼と挨拶を交わします。
 『ところでさ、バイト終わったら予定あるのか?』
 『いえ、ただ今日は二十時までなんです』
 ラストまでか……星哉はちょっと悩ましげに尖った顎を触っています。最近伽月も彼に似てきて、同居してるからか同じ仕草を見せることがあるんです。
 『明日は忙しいのか?』
 『授業はありませんが実家に戻る予定です、勇の誕生日なので』
 『そっか、なら今日は家に泊まるか?着替えなら伽月の部屋にいくつか置いてんだろ?』
 うっ……今それ言われるとちょっと恥ずかしいです。当時でも既に交際四年を過ぎていましたが、何と申しますか……ごにょごにょ。
 『んじゃ決まりな、淳二さんには今更許可も要らねぇだろ。終わったらメール入れてくれ、一階のカフェで待ってるから』
 はい。予定変更で畠中家に寄ることになった僕は、念のため父にメールを入れてから仕事に戻りました。

 バイトを終えてから星哉君と合流して畠中家にお邪魔すると、先客として田丸君がいらしてました。帰省の話は伺っていましたが、タイミングが合わず今回は見送り覚悟だったので顔を見れて嬉しいです。あっ、ハナちゃん久し振りだね。
 『ンニャ~♪』
 あれ?何だか元気になってない?いつになく動き回ってるみたいだけど。
 『何かの拍子に病気治っちまったんだと』
 その疑問には伽月が答えてくれます。
 『ホントに?』
 『うん、一旦は危篤状態まで悪化したんだけど』
 へぇ、世の中には不思議なことがいっぱいです。ハナちゃんは警戒心が強くて人になかなか懐かない子なのに、今日はやたらと星哉君にまとわりつ付いています。それにミソラちゃんとも……こんなに仲良しだったっけ?
 『このところこんな感じなんだ。家にいても物思いに耽っちゃってるから、いっそここで飼って頂こうかと』
 『えっ?お母様悲しまれない?』
 彼のお母様はハナちゃんをめちゃくちゃ大事に育ててらして、食事はご家族以外が用意なさったものは口に入れない徹底振りだったのに。
 『う~ん……でもこのところ急に性格?が変わったみたく母にも余所余所しくなっちゃってるんだ。この子が一番幸せになれるのであればそれも致仕方ないって……ただここは星哉さんのお宅だから御本人の了承を得ないと』
 それお母様からすると悲しいよね、折角病気が治って元気になったのに。
 『俺は全然構わないよ、家主さんへの申請許可は要るけど』
 多分通るだろ、と星哉君はあっさり了承なさいました。
 『ところで誠、急にどうしたんだ?』
 えっ?そっか僕伽月に何にも言ってなかったことを今思い出しました。
 『俺が誘った、用事は飯ん時に話す』
 星哉君はそう言ってご自分の部屋に入っていかれました。多分部屋着に着替えるんだと思います。
 『じゃあご飯作ろうか?』
 お邪魔してるんだからこれくらいしないと。
 『いや、もう作ってある。ってかお前バイト明けで疲れてんだからここでまで張り切んなくていいんだよ』
 彼は僕の頭にぽんと手を置き、優しく撫でてくれました。

 星哉君が着替えている間に僕たち三人で完成したお料理を配膳しました。ハナちゃんはミソラちゃんとまったり寛いでいて、何だか親子みたいに見えます。仲は悪くなかったけど、こんなにべったり一緒にいるのは初めて見ます。
 『最近あんな感じなんだ』
 『しかもミソラの方が服従してんだよ』
 『そうなの?』
 なんて話をしていると星哉君が部屋着に着替えて出てきました。雰囲気の変わったハナちゃんに視線を向けると、彼女は星哉君の姿をじっと見つめています。
 僕は十歳の頃のことを思い出していました。当時星哉君のことが好きだったのですが、彼は波那ちゃんに恋をしていてバーベキューパーティーの間ずっと視線で追いかけてた……その時の状況によく似てるように感じたんです。
 ひょっとしてハナちゃんの中に波那ちゃんがいるのかな?だとしたらミソラちゃんが服従の意を示していることも、田丸君のお母様に余所余所しくなっちゃってるのも納得です。
 『誠?どした?』
 はっ!僕は考え事に夢中になってしまって現状に付いていけてませんでした。
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