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危機

その三

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 当日、一人の中性的麗人が『離れ』を訪ねてきた。身長は小野坂とさほど変わらぬくらいだが、線が細く女性的とも言える。麗人は白のワイシャツとチャコールグレーのパンツスタイルで、黒のショートブーツを履いてコツコツと音を立てながらモデルのように歩いていた。
「ごめんください、先日面接の件でお電話致しました石牟礼《イシムレ》と申します」
「お待ちしておりました、どうぞ中へ」
 堀江は自ら玄関に向かい、石牟礼と名乗った麗人を迎え入れる。
「初めまして、私『オクトゴーヌ』のオーナー堀江仁と申します。この度はお忙しい中ご足労頂きありがとうございます」
「石牟礼カスミと申します、こちらこそお時間を頂きありがとうございます」
 二人はリビングのソファーに向き合って座り、石牟礼は早速【履歴書在中】と書かれた封筒を差し出した。堀江はそれを受け取り、中の履歴書を黙読して目を丸くする。
「失礼ですが、女性なんですね?」
「はい。幼い頃から『どちらかよく分からない』とは言われておりました」
 石牟礼は今更言われ慣れているようで、表情一つ変えずにこやかに受け答えした。
「そうなんですね。えーっと、バリスタの資格をお持ちとのことですが」
「はい。あと食品衛生責任者の資格も所持しております、かつて雇われ店長をしておりましたので」
 確かに彼女の履歴書にはそのように書かれてある。普通自動車免許も持っているとのことで、雪道にさえ慣れれば送迎要員にもなりそうだ。それと気になったのがやたらと横文字の多い職歴欄で、夜の繁華街を彷彿とさせそうな会社名もあった。
「すみません、いくつか質問しても宜しいですか?」
「はい。職歴について、ですよね?」
「えぇ、接客業とのことですが……」
「所謂水商売というやつです、“オナベホスト”だった時期もありましたので」
 それでか……堀江は彼女の麗人振りを妙に納得してしまった。
「ということは男装、なさっていたんですか?」
「はい、ホルモン注射で男っぽく見せたりもしていました。今は止めておりますが」
「でも接客経験自体は豊富と見ていいですよね?」
「えぇ、アルバイトも含めると十二~三年くらい接客業をしておりましたので。ただ宿泊施設の接客となるとどこまで応用が利くのか……」
「その辺りはむしろ即戦力になると思います。ただはっきり申し上げてしまうと、体力的にも精神的にもキツい仕事だと思います」
「仕事は職種関係無くどれもキツいですよ」
 石牟礼は三十代らしく冷静な口調でそう言った。
「確かに仰る通りだと思います。宿泊施設である以上原則二十四時間三百六十五日フル稼働させておりますので、シフトも不規則ですし夜勤もありますが……ご住所を見る限りご近所のようですので、通勤は問題無さそうですね」
「えぇ、徒歩でも五分あれば通えます」
 そこからは雑談めいた話題になり、その印象から察した限り川瀬との相性は悪くないと感じていた。
「石牟礼さん、俺を含めここの従業員は全員あなたよりも歳下です。中には十代の者もおりますが」
「はい、中途採用ですのでそれくらいのことは」
「あともう一つ、前科持ちのオーナーの下で働けますか?」
「はい、何の問題もありません」
 石牟礼は涼やかな表情で頷いた。
「俺は人ひとり殺しています、それでも問題無いですか?」
「法に則った償いを済まされているから今ここにいらっしゃるんですよね? であれば私がどうこう言うことではないと思いますし、この機会を反故にするつもりもありません」
 堀江の念押しもきっぱりと切り返し、口角を上げて余裕とも取れる笑みを見せた。
「分かりました。面接は以上ですが、何かご質問はございますか?」
「差し障り無ければ厨房を見せて頂けますか?」
「構いませんよ。併設しているパン屋さんは営業しておりますので、多少散らかってはおりますが」
 堀江は履歴書を封筒に戻してから、石牟礼を連れてペンションに移動する。
「お疲れ様です」
 堀江はひと足先に営業を再開している嶺山と日高に声を掛けた。
「お疲れさん、面接かいな?」
「えぇ。店内も見て頂こうかと」
 堀江と嶺山が会話している間、石牟礼は意外と広々とした厨房内部を見回している。
「思ったよりも広いですね」
「カフェのスペースを考えるとそうかも知れませんね。それと先程申し上げたパン屋『アウローラ』さんの店主嶺山さんと、もうひと方は日高さんです」
「初めまして、嶺山と申します」
 嶺山は紹介されがてら石牟礼に挨拶をする。
「石牟礼と申します。“桜あんぱん”は存じ上げております」
 二人は友好的に握手を交わす。中性的で秀麗な石牟礼でも、筋骨隆々な嶺山と隣り合わせると女性に見えてきた。
「おおきに。女性にしては筋肉質ですね」
「ありがとうございます、一応鍛えてますので」
 嶺山は一発で彼女を女性と見抜いていたが、日高は男性だと思っていたようで驚きの表情を見せている。石牟礼は日高とも握手を交わしてから堀江の方に向き直った。
「普段コーヒーはどのように淹れられているんですか?」
「宿泊業務の時はサイフォン、カフェ営業の時はマシンですね、最近は」
 堀江は普段使用しているコーヒーマシンを指差した。
「なるほど、コーヒーを売りにしていなければマシンで十分だと思います。拝見した限りエスプレッソを淹れられる方がいらっしゃらないようですので」
「仰る通りです、俺に至ってはさっぱり分かりません。それで一つ技能試験をお願いして宜しいですか?」
「そちらのサイフォンでコーヒーを淹れろということでしょうか?」
「えぇ、あなたがどのようなコーヒーを淹れられるのか興味が沸きましたので。お時間に余裕が無ければ結構です、こっちの無茶振りなんで」
「いえ、望むところです」
 石牟礼はバリスタの有資格者なだけあり、本職魂に火が灯ったかのように瞳がキラリと輝く。彼女の変化にわくわくした堀江は、事務所から紅色のエプロンを持ち出した。
「服が汚れるといけませんので」
「ありがとうございます」
 石牟礼は慣れた手付きでさっとエプロンを着け、堀江はメールで技能試験をすると一斉メールを送信した。
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